第60話:赤い空と少女と
一部感想を下さった方にはお返事の際申し上げたのですが、現在私が受験シーズンの真っ最中なので更新が遅れています。
皆様にはご迷惑をおかけしますがどうかよろしくお願いします。
「うん、全く異常無し。魔力が計測不能ってのが気になる以外はね。本当に驚きだわ、美里ちゃんもそうだったけど、びっくり人間を二人も見ることになるなんてね。」
「はは……、どうもありがとうございます。」
「母様が異常無しと言うなら大丈夫だろう、取り合えず一安心だな。」
翔の検査が終わると、命はそう言って安心したように微笑んだ。翔からしてみれば全く心配していなかったのだが、もし翔に何かあったらそれこそ問題になりかねないと精密検査までさせられたのだ。まぁ予想通りいつもと変わらなかったのだが。
「取り合えず今日は色々とあって翔殿も疲れただろう。湯浴みの準備は出来ているから早く入って寝た方が良い、元々体調も良くなかったのだからな。」
「ああ、そういえばそうだったな。じゃあ、お言葉に甘えさせて貰うよ。」
命の提案に翔が同意すると、命が案内すると言って席を立った。そこですかさず母親の眼が光る。
「ふふふっ、命ちゃん、どうせならそのまま一緒に入ってお背中をお流しして差し上げたら? 無論その後までして差し上げても私達は見て見ぬフリを決め込むわよ♪」
「っぁ、ふぇっ!?」
「い、いえ、大丈夫です!!」
その言葉に一瞬で顔を真っ赤にする命を連れて、翔は直ぐに部屋を出た。その場にいるかぎりあの母親は同じ様な提案をしてくるだろう、無いとは思うが命が乗せられてしまったりするとマズイ。命は良くも悪くも素直なのだ。……いや、正直全く嫌ではないのだが。
「あ、す、すまない。あれは母様の冗談だ、気にしないで欲しい。いつもはあんな人ではないのだが……。」
「ああ、分かってるよ。まぁ、その……俺の家にも似たようなのがいるからな。っても爺ちゃんはいつもあんな感じだけど。」
命が申し訳なさそうに言うと、翔が苦笑してそう返した。翔が言っているのは勿論進の事だ。命の親との違いは言葉でなく行動で後押しするところだ。厄介な事この上ない。
「そうなのか? 確かにそちらの御祖父様は気の良い方に見えたが。」
「爺ちゃんはいつの間にか俺の寝具を御島家や真夕先輩の家に送ったりするからなぁ。いつの間にか曾孫の名前が一覧になってるし。」
「……なんだか美里以外の女性とも随分と親密な関係を築いているようだが……。」
「え? あ、えーっとだな。」
しまった。と、翔は口に出しそうになった。今思えば命はまだ翔の周囲の状況を知らないのだ。美里も、翔に黙って話している様には思えない。……だが、いつかは知れる時も来るだろう。命なら言い触らす事も無いだろうし、話しておいた方が良いのかもしれない。
「そうだな。………命、話したい事があるんだけど。聞いてくれるか?」
「ん……しょ、翔殿? どうしたんだ、いきなり真面目な顔になって……。」
「真面目な話だからな。」
「ま、真面目な話……?」
翔が向き直ってそう言うと、命は緊張したように固まった。……心なしか命の顔が赤らんでいる様に思える。
「ああ、その……いつか言わないととは思ってたんだが……。」
「あ、翔殿、ちょ、ちょっと待っ……。」
ドゴオォォォォォォォォォォォォン!!!!!
「「………え……っ?」」
翔の言葉に、命が何やら制止を掛けようとした時、二人の言葉は母家の庭の方に突き立った紅い光りの柱が起こす轟音に遮られた。
「な、なんだ!?」
翔が空を仰ぐと、夕暮れ時はとっくに過ぎた空が朱く染まっている様に見えた。大気を揺るがした轟音が収まる頃、あちらこちらで騒ぎ立てる声が聞こえる。そこに母親も血相を変えて医務室から飛び出して来て、翔達に合流した。
「二人共、怪我はない!?」
「はい、大丈夫です。……今のは魔法ですよね、あまり友好的な魔法には見えませんが。」
「母様、何がどうなっているのですか!? あんな魔法が使われるなんて、なんで警報も起こらないのです!!」
別の場所で、また光りの柱が挑発する様に立った。三人でそちらの方を向くと先程とそう変わりない場所のようだ。恐らくあそこに原因がある……もしくは、居る。そして気配を消している事を考えると相当の魔法使いだろう。翔はこちらに攻撃の手が来ないか警戒しながらそう思考した。
「今警備隊が調べてると思うのだけれど………心配ね。」
「……警備隊……ですか。」
小波家の警備隊が無能とは思えない。だが、警報がなかったとは言えニ射目を撃たれていると言う現実があった。更に先程から他の者の魔法の気配がしない事を考えると……。あまり状況は芳しくない。
「自分が探りに行きます、二人は他の人と一緒に避難して下さい。」
「翔殿一人に行かせる等出来る筈がない!! 私も行く!!」
「命、篠原さん、待ちなさい!!」
そう言って飛び上がろうとした翔と、焔が発光し炎の翼が広がった命に母親が制止を掛ける。あの魔法は確かに強力で、土地の優位があり、腕の立つこの家の者でも太刀打ち出来ていない程だったが、警報を鳴らさずに侵入された事を考えると、恐らく今は何かの理由があって力を押さえているのだろうと推測出来た。……もしくはいたぶっているだけかも知れなかったが、どちらにしろ二人に行かせる事は到底出来なかった。だから二人を止めようとした………だと言うのに。
「………仕方ないわね、でも無理しちゃ駄目よ? ………え……?」
「分かりました、そちらも避難をお願いします!!」
「……あ、ちょっ……。」
その、後押しする様な言葉に翔と命は今度こそ飛び上がった。今度の制止は間に合わない。母家へと飛んだ二人を眺めながら、呆然と自分の口に手を当てた。
「……今、私、なんで……。」
口が勝手に動いた様な気がしたのだ。事実、心にもない事を口走っている。この状況で混乱しているのだろうか?
「別に貴方がおかしくなった訳じゃないわよ、小波立花さん。」
「えっ……貴方……。」
声がして、振り返ったそこにいたのは少女のようだった。……と、言うのも声色が少女のようだと言うだけで、姿が良く認識出来なかった。ぼやけた様な、透けて向こう側が見えている様な感覚だ。これも、魔法なのだろうか? 立花には、それすらも分からなかった。
「……貴方が今回の犯人かしら?」
「いいえ。」
少女の様な存在はそう返すと。先程魔法が使われた方を見た。
「あれは私じゃないわ、まぁ心配する様な事にはならないわよ。……私はここにお願いしたい事があって来たの。」
「お願いしたい事……? 何かしら。」
心配している事にはならないと言い切った少女の言葉に疑問を感じたものの、聞きたい事の内容を促した。恐らく、先程なんらかの方法で言葉を操作し、立夏と翔達を引き離した理由はそれだろう。
「さっきの精密検査の結果、忘れなさい。」
「……見てたのね……。」
「見てないわよ、でも結果は分かる。いつもの事だもの。」
その口調には少しの自嘲のような物も含まれているように感じた。
「色々と試してみたけど、魔力の測定機以外……直接体に対する物に反応しないなんておかしいわ。取り敢えずさっきの戦闘を見る限りじゃ異常なさそうだし、まだ本人が気付いてないみたいだから何も言わなかったけど、あれは多分特異体質みたいなものなんじゃないかしら?」
「そんな感じよ、貴方の予想はそう外れてないわ。その事は翔には黙っていて欲しいのよ。」
「……悪いけど、それは出来ないわね。」
正確な内容を把握した後にそう言い切ると、少女が不機嫌になった気がした。
「……何故かしら?」
「隠しておく理由がないからよ。取り敢えず、もう少し調べたら本人に話すつもり。……それに、いきなり貴方を信用しろなんて言っても無理よ。貴方は篠原君の保護者な訳でもないわけだしね。……それとも、正体を明かしてくれるかしら? 私の事は知ってるみたいだから調べたんでしょうけど、こちらは貴方が誰だか分からないのよね。」
「………自分の立場が分かってないみたいね。」
少女がそういうと、立花は身構えた。いや、身構えようとして気付いた、自分の顔から下の体が動かなくなっている事に。
「そんな、いつ……そんな気配なかったのに……まさか、他にも誰かが……?」
「誰もいないわよ、私がやったの。」
「くっ……。」
立花がなんとか無理矢理解除しようにもまるで効果がない。……魔法ではないのだろうか? と、そんな事を考えた。魔法が使われた感じはしなかったし、何よりこんな直接的に体の自由を奪う事が出来るような魔法は聞いた事がない。最近言われ始めている事ではあったが、身体や心は自分の制御下にある魔力があるため、他者ではコントロール不可能と言われていた。
「……魔法じゃない……か。確かに貴方達に使えるような物じゃないけどね。でも、安心して。これっきり貴方とは縁のない物だから。」
「……その言い方、まるで心を読んだみたいね? 私達には使えないなんて、なら貴方は神様だったり……っ!!」
パァンッッ!!
神様だったりするのかしら? と立花が言いかけた時、少女の姿が一瞬消え、廊下に平手打ちをされたような音が響いた。音と同時に頬に痛みを感じた立花には一瞬だけ、少女の怒気が感じられたような気がした。
「……そんなものと一緒にしないでくれる? 神とやらが何をしてくれるって言うのよ。」
「………貴方……。」
立花が気付くと、少女はまた元の場所にいた。今の一瞬でどうやって平手打ちをして戻ったのか。立花には分からなかったが、なんとなく、目の前の少女が悪人には見えなくなってしまった。
「……ふう、分かった。黙ってるわよ、あの子の体質の事。」
「……なんですって……?」
立花がそう言って微笑すると、少女は驚いた様な返事をした。だが気付いた時には弛緩した空気は直ぐに、先程と同じ張り詰めた物へと戻っていた。
「……口約束はあまり信用しないの。もし、翔に知れる様な事になったら貴方だけじゃない、貴方の家族も皆、消えて貰うわ。」
「やっぱり最初から脅迫するつもりだったのね? ……ふふふっ、まぁ良いわ、そうなったら好きにしなさい。どちらにしろ貴方には敵いそうにないし。」
立花がそういうと、少女は暫く沈黙した。微笑する立花の前で、何かを考えるような間の後、少女は訝しむ様に言った。
「………理由を聞かせて。」
「理由ねぇ、言うなれば女の勘かしら。それに、何となくだけど、貴方は篠原君の事を大切にしてる気がしたから。貴方はあの子を苦しめるような事しないと思うわ。」
「……それだけ?」
「うん、それだけ。でも大事な事よ。貴方は私よりもあの子の事に詳しいんだもの。……これは多分、部外者が口を出していい事じゃないのよね?」
立花がクスッと笑ってそう言うと、暫く少女は沈黙して、その後、場の空気が多少弛緩した。
「変な人ね、貴方。」
「そんな事ないわよ。私だって自分の身が可愛いし、家族もいるしね。でも貴方こそ大変ね? 機械に反応しないって事は身体検査とかの度に脅迫して回ってるんでしょ?」
「……一々脅迫なんかする必要ないわ。タイミングさえ分かれば機械なんてどうとでも出来るから。」
立花がおどけて言うと、少女はそれに平淡な口調で返した。少女が軽口に乗って来るとは思っていなかったので立花は少し驚いたが、そのまま続けた。
「確かに、貴方なら不正し放題かもね。……でも貴方なら、機械だろうと人間だろうと関係ないんじゃないかしら?」
「……いざという時にはそうするわ、貴方への脅しは嘘じゃない。」
「でも、出来る限りしたくないんだ? そうね、多分、篠原君はそういうの嫌いだものね。」
その回答が不満だったのか、はたまた図星だったのか、少女は暫く何も言わなかった。そして、次に少女から出た言葉は、立花には意外な言葉だった。
「でも、貴方がその場で直ぐに翔にこの事を言わないでいてくれたのには礼を言うわ。少し目を離した隙にこんな事になるなんて思ってなかったから………ありがとう。」
「………え……?」
「それじゃあ、もう会うこともないと思うわ。さよなら。」
「え……ちょっ……。」
少女の礼に立花が些か呆気に取られていた間に、少女はそう言い残して消えた。そして一人残された立花は、少女の居た辺りを暫く眺めて、緊張が抜けた様に溜息をついた。
「……あの子が良い子で助かったわね。……それにしても、疲れたわ。」
そう言って、立花は振り返り母屋の方を見て、眼を細めた。
「さて、大丈夫とは言ってたけど、私も様子を見に行った方が良いかしらね。」
立花はそう言うと、先程の問題の場所へと歩き出した。