第59話:一件落着?
度々メールを送ってくれた方、すいませんでした……。
「……ん……ここは? ……確か僕は翔さんと……。」
「ああ、起きたか。まさか拳一発で気絶するとは思ってなかったよ。」
神斗が眼を覚ますと、横に座っていた翔は笑ってそう言った。
「………思い出しました。酷いじゃないですか、思いっ切り殴り付けるなんて………ああ、こぶになってます。」
「自業自得だよ。」
額のこぶに触りながら呟いた神斗に、翔はそう言って苦笑する。神斗を殴り付けてから、一発で気絶してしまったので医療班に頼らずに医務室に運んで寝かせたのだ。先程まで自分が命に介抱されていたのに今はその弟の世話をする事になるとは思っていなかった。
「でもなぁ、仮にも武術家の家の息子なら魔力も込めてない一発で気絶するなよ。皆ぽかんとしてたぞ? 俺もびっくりした。」
「仕方ないじゃないですか。姉さんも最近はサボっても何も言わないから修行もしてなかったんですよ。それにまさかあんな事するとは思わないから防御も遅れたし。」
神斗が不満そうにそう言うと、そんな神斗を見て翔は深い溜め息をついた。
「それで、美里と別れる件なんだが……。」
「………一週間後にまたやりましょう。今日はちょっと翔さんを甘く見てました、次はちゃんと修行して……。」
「………はぁ、この際言っとくけど無駄だよ。神斗君がいくら頑張っても俺には勝てない。」
翔がそう言い切ると、神斗は目を丸くして口を開けたまま固まった。翔の台詞がよっぽど意外だったらしい。
「……ハッキリ言いますね。何故です?」
「何故って、決まってるだろ? 俺は負ける勝負はしないからだ。」
「………はい?」
翔がしれっと言うと、神斗は訝しげな表情で翔を見た。
「どういう意味ですか? 良く意味が分からないのですが……。」
「基本的に武家の家系の跡継ぎは魔力よりも武術の才と性別で決まると聞いた事がある。九条院の様な魔法術の家と違って男が継ぐのが一般的だな。にもかかわらず、焔を継いでる事を見ても命は小波の後継者だ。これを考慮すれば命と君には常識が適用されない程の明確な力の差がある事が分かる。命の戦闘を見た限りでは、攻撃を防げない程じゃなかったからな。君の攻撃も防ぎ切る確信があった。」
「なるほど、だから負ける事はないと勝負を受けたわけですか。でも、だからこそ一週間後に再戦をしたいんですよ。もしかしたら次は勝てるかも知れないでしょう?」
「ああ、まぁ諦めなければいつかは俺よりも強くなるかもな。」
「………言っている事が目茶苦茶ですよ? 僕をおちょくってるんですか!?」
翔がしれっとそう言うと、神斗はジト目になって翔を睨み付けた。翔はそれを見てプッっと噴出してしまった。
「………もう、何がおかしいんですか?」
「別にからかってるわけじゃないよ。ただ君は大事な事を忘れてる。」
「………大事な事? なんです?」
神斗が翔の言葉に疑問を浮かべると、翔は少し意地悪そうな表情を作った。
「俺は君との約束を守らなきゃいけない義理はないって事だよ。つまり負ける事はないって言ったのは、俺が負ける前に勝負を放棄して君を裏切る事が出来るからだ。俺にはそうして不都合になる事が何もないからな。」
「……なるほど、貴方は約束なんて最初から守る気がなかったわけですか。なのに勝負を受けるなんて……かなり意地が悪いですね。」
「まぁ、これで分かっただろう? 俺は最初から美里と別れるつもりもないし、君の事もどうでもよかったんだよ。」
翔はそう言って笑うと、神斗の訝しむような視線を受け流した。そして翔が去ろうとする前に神斗が翔の袖を掴んだ。
「……でも、それならなんで勝負を受けたんです?」
「そうだな、君をからかって遊びたかったってのは駄目か?」
「………ただ戯れにやったと? 流石にあの美里さんがそんな方に恋慕するわけはないでしょう。あの人は命姉さんの一番の親友であると同時に、天才の妹さんを遥かに遠退ける才の持ち主ですから。魔力に敏感なせいで人の気配と同じ様に悪意なども感じとれると聞いた事がありますし、もはや仙人ですね。」
「へぇ、さっきは絶対に釣り合わないとか言ってたのに、俺の評価も随分変わったんだな。」
翔が苦笑しながらそう言うと、神斗は何かに失敗したようにに表情を歪めて視線を逸らした。しかし、直ぐに取り直して翔の方を向いて言葉を促した。
「まぁ、ネタをばらせば別に大した事じゃない。君が美里の事を好きだってのは嘘なんだろ? 俺は本当の理由が知りたかったんだよ。……とは言え、それも何となくは分かってるんだけどな。」
「……なんで僕から美里さんへの好意が嘘だと? 別にあの人へなら誰が好意を持っていても全然おかしくはないでしょう?」
翔がそういうと、神斗は今までで一番驚いた様子で問い返した。
「……正直俺は結構色恋関連は慣れてるし、嫉妬されたりとかもあるしで人の好意とか愛が何処に向いてるかくらいは分かるんだよな。昔から誰かしら嫉妬を受けてもおかしくないレベルの容姿の人が側にいた事もあるし。だから少なくとも美里自身は関係ないんじゃないか? あるとしたら命だと思う。命が俺を推す度に神斗君が不快そうにしてたからな。」
翔はそれに自分の事には鈍感らしいがと付け加えて、苦笑した。そして改めて自分の近くにはいつも誰かいるのだと思い返した。最近では特定の誰かと言うのは少なくなったが、それまでは優が常に側に居たと言ってもいい。
当時から優の性別を知らない人間はもちろんだが、知っている者も優を慕う者は多かった。翔には理解が出来ない場合も多かったが……。
「……なるほど、本当に美里さんの主人ですね。」
「お褒めの言葉は嬉しいんだが、君は実際何がしたいんだ? 美里と俺が別れた所で命に何か得があるのか? 何か協力出来る事があるなら俺なりに協力もするぞ? さっきみたいなのは無理だけどな。」
翔が問うと神斗は観念した様に溜息をついて、笑った。
「………そうですねぇ、正確には僕は美里さんにではなく篠原さんにフリーになって頂きたかったんですよ。」
「絶対に嫌だ、俺にはそっちの気はないっ!!」
「……いや、僕にもありませんよ!? なんか凄い勘違いを普通にしないで下さい!!」
翔が顔を青くして本気で嫌がると、神斗は何か切羽詰まった様子の翔を見て表情を引き攣らせ否定する。
「……なんだ違うのか、最近周りにおかしな思考をする奴が増えたせいで過敏になってるな……。」
「篠原さんの交遊関係が気になるところですね……。」
神斗は翔の発言に呆れ顔になりながら渇いた笑みをこぼした。そして翔がばつの悪そうな表情で口を開いた。
「……それとな、先に言って置くけど美里と別れても俺はフリーにはならないぞ?」
「……はい………?」
翔が先にそういうと、神斗は間の抜けた声を出した。
「何故です? だって二人はお付き合いされているんですよね?」
「まぁ、普通はそうなんだろうな。」
「………篠原さんは普通ではないのですか?」
「……まぁ、彼女が四人ってのは多分普通より三人程多いと思うんだよな。」
「…………。」
翔の言葉に最初は呆気に取られていた神斗も、段々と眼を細めていった。
「まさか篠原さん、四股掛けてるんですか?」
「ああ、ちなみに彼女とではないけど同棲もしてるな。」
「…………冗談ではないみたいですね。」
「冗談でこんな事言ったら殺されるよ。」
呆れと驚きが混じった様な顔で嘆息した神斗に翔は苦笑して返した。何度に思い返しても凄い状況だと思う。澄と優に話すにしても刺される準備くらいはしていった方がいいのかも知れない。
「……そんな事をしてよくもまぁ隠し通せますね? 美里さんが気付かないとは思えませんが。」
「美里はもう知ってるよ。ちなみに付き合ってる四人は一応皆知ってる事だ。だから皆にバラして別れさせるってのは無駄だよ。」
「………そんな状況にどうやったらなるのか疑問ですが、姉さんはその中には入っていないと見て良いようですね……。ちなみに姉さんはその事は?」
「美里が話してれば知ってるかも知れないな。少なくとも俺からは何も言ってない。」
翔がそう答えると、神斗は考え込む様に唸ってから、よしっと頷いてポンッと手を叩いた。
「決めました!! 篠原さんは今夜姉さんの部屋で同衾してください。」
「君は多少はまともなんじゃないかと思ったんだけど、どうやら間違いだったみたいだね。」
「美里さんの件で気付かないと駄目ですよ、篠原さん。」
神斗の言葉に呆れ顔でそういった翔に、神斗は面白そうに笑いながらそう返した。
「それはともかくまだ君の目的を聞いてないんだが……。」
「何を言ってるんです? 誰も理由を話すなんて言ってないじゃないですか?」
「…………。」
「僕も話して事態が好転するとは思えないので話す必要はないんですよ。」
「……なるほどな、参ったよ。」
翔は、神斗が先程翔が言っていた様な事を言って、得意そうに笑うのを見て苦笑した。まぁ自分に解決出来る事ではないのかも知れないし、自分が美里達と別れる必要があると言うなら最初から協力なんて出来ないのだからこれでもいいのかもしれない。神斗は別に無能と言うわけでもないし、それに本当に困れば話してくれる筈だ、と思い、翔が席を立とうとした時、翔の背後で襖が開いた。
「翔殿、神斗は……。」
「ああ、命か。大丈夫だよ、元気に皮肉も言えてるからな。」
「………あの、篠原さん? 怒った姉さんはちょっと半端じゃなく怖いんですよ。だからあまり刺激するような事は……いたっ……。」
「……こいつはまた翔殿に失礼な事を言ったのか…………申し訳ない翔殿、後で二度とそんな事言えないようにトラウマを少しえぐって………。」
「い、いや、気にしなくていいよ。ほら、なんか凄く怖がってるし。」
翔は笑みを引き攣らせながら、命の言葉に合わせて表情を変えずに顔色を変えていくと言う器用な事をしている神斗を見た。可哀相に真っ青になっている。翔は、もしかして神斗がやろうとしていたのは命への復讐か何かだったのだろうかと一瞬思案した。
「あれ、姉さん、今日は浴衣姿にはならないんですか?」
「あ、ああそれはだな………。」
「浴衣……?」
神斗の言葉に動揺を示す命と疑問形になる翔。翔が命の方を見ると、命はさも今何かを思い付いたように手を叩いて、慌てて翔の手を取った。
「翔殿、やはり先程の試合で何か身体に影響が出ていないか調べたほうが良い!! あんな卑劣極まりない攻撃をされたのだし、と、取り合えず母が医療資格を持っているから診てもらおう!!」
「え? ああ、まぁ別に構わないけど。」
「ぜ、善は急げと言うしな、神斗はそこで安静にしているんだぞ!!」
「はいはい、行ってらっしゃい。」
それだけ言うと、命は翔の手を引いて勢いよく出て行ってしまった。残されたのは笑顔の神斗ただ一人。
「姉さんももうちょっと素直になれば良いのになぁ。あんなに恥ずかしがらないでも良いのに。」
二人が出て行った所を見ながら神斗は笑いながらそういった。
「さて、僕はもうちょっと成功率を上げる為に九条院にでも連絡を入れますかね………確か番号は………。」
そういって神斗は側に置いてあった携帯に番号を打ち込んで行く。だが最後に通話ボタンを押すだけとなって溜息をついた。
「これが姉さんに知れたら何をされるか……。頼みますよ、篠原さん。」
神斗はそういって苦笑すると、通話ボタンを押した。