第58話:姉と弟
「ふぅっ……しかし改めて和風な屋敷だな、ここは。良い趣味してるとは思うけど。」
庭の方を見ると、よく手入れされた木々や池がセンス良く配置されている。
「あんまり動き回るのも失礼だよなぁ。」
翔はあの後寝室へと案内され、夕食が出来るまで自由にしていていいと言われたのでこうして見学していたのだ。無論、またナンパは止めろと命に釘をさされたが。
「やっぱり俺ってそんなに信用ないかな。」
翔はそう呟いて溜め息をついた。そうしていると、後ろから誰かが近付いて来るのに気付いてゆっくりと振り向く。
「………気配を消したと思ったんですけどね、無駄でしたか。」
「小さい頃から何故か分かるんだよなぁ、そういうの。それで君は誰? 忍び寄られる覚えがありすぎてなんだか嫌なんだが。」
翔がその少年の方に視線を送ると、少年は少し驚いた様に眼を見開いてそう言った。背は命と同じくらいで160と少しくらいだろうか。赤い髪はキチンと整えられていて、しっかりとした印象を受ける。翔は微笑んで続きを聞いた。
「ああ、僕は弟です、命姉さんのね。小波 神斗と申します。……あなたは、篠原翔さんですよね?」
「そうだけど、命が話したのか?」
「ええ、最近は良く出て来ますよ。今迄は美里さんの話ばかりでしたからね、最初は驚きました。」
神斗はそう言って困ったように笑った。翔はなんだか少し恥ずかしくなってしまったが、両親とは随分と違うんだなぁと少し安心した。
「それで、俺に何かあるのか? ちなみに俺と命とはそう言う関係じゃないぞ?」
「はははっ、分かってますよ。あの姉が自分からそう言った行動を起こせるとは思えませんし。篠原さんから姉さんに言い寄るような事も無さそうですしね。」
翔が念を推して言うと、神斗は苦笑してそう言った。
「そう言えば、さっきの話を聞いたんですけど。篠原さんって美里さんの恋人なんですってね? 本当なんですか?」
「あぁ、本当だ。婚約者ってのはまだハッキリしてないけど。美里の婆さんが言い触らしたみたいだな。」
翔がそう言って頷くと、神斗はなんだか考えるように少し唸って、そして何かを決心したように大きく頷いた。
「篠原さん、今すぐ美里さんと別れて下さいませんか?」
「………はい?」
「……し、神斗、今なんて言った……?」
「もう、姉さん、耳が遠くなりましたか? 翔さんと決闘するんですよ。」
「……それも驚いたがその前だ。」
「だから、篠原さんが負けたら美里さんと別れるんですよ。僕じゃあ美里さんに相手にされないとは思いますが、少なくとも篠原さんでは不足ですから。」
家族全員プラス翔と言う構成の食卓で神斗はそう言い放った。固まる命。取り敢えずこの場に優が居なくて良かったなぁ、と翔は思った。
「な、何を馬鹿な事を……。翔殿!! まさか美里を物の如く扱うこの勝負を受けたのではないでしょうね!?」
「………んー、本当は嫌なんだけどね?」
席から身を乗りだして詰め寄る命に、翔がそう呟くと命は大袈裟に嘆息した。
「……受けたのか。美里が嫌われたんじゃないかと泣くぞ。いや、自分を所有物としてくれた事に喜ぶかもな……。」
「どっちにしてもなんか嫌だな。神斗君、やっぱり止めないか?」
「駄目です、じゃなきゃ別れて下さい。」
断固として譲らない神斗に翔は困った様に頭を掻いた。
「……篠原さん、家の子が失礼な事を……ごめんなさいね。」
「まぁ、あまり大っぴらに言われると困りますが、自分に言って来る分には構いませんよ、相応しいとかは良く分かりませんが。」
翔がそう言って笑うと、命がバンッ、とテーブルを叩いて翔に詰め寄った。なんだか少し焦っているような感じだ。
「そ、そんな事はない、翔殿が不足等と言う事は絶対にない!!」
「命……?」
「私だって翔殿でなければ美里を任せないっ!! ……それに……翔殿には………。」
命は叫んだ後、小声で何か付け加えて黙り込んでしまった。最後の方がよく聞き取れなかったが、それに合わせて神斗が席を立つ。
「…………夕食が終わったら庭まで来て下さい。姉さん、焔を借りますよ。」
「ま、待て神斗っ。まだ話は終わってはいない!!」
神斗は少し不機嫌そうにそう言うと、命の制止も聞かずに部屋を出た。命もその後を追って出て行き、翔と命の両親が残された。
「でも決闘か、どうしましょうかね……。」
「……本当に申し訳ないな篠原君、息子が失礼な事を言ってしまって。どうか私に免じて許して欲しい。」
「ああ、お父様。顔を上げて下さい。……まぁ、最初に言われた時は驚きましたけど。」
翔がそう言って笑い飛ばすと、二人は安心したように息をついた。どうやら翔が我慢していたものと思ったらしい。
「貴方、やっぱり私からも神斗には止めるように言って来ますね。」
「そうだな、どんな理由にしろ、こう言った事は不味い。」
「いや、その必要はないですよ。多分聞かないでしょうし。……下手にうやむやになって、後で美里の前で言われても困るし。」
「しかし……。」
翔はそう言うものの、小波と九条院の婿の戦いと取る事も出来るのだ。これは遊びでは済まない。だが……。
「だってこれは、俺と命と神斗君の問題ですから。……違いますか、お父様?」
「………最近の高校生は凄いな。はたまた君が異常なのか。流石は九条院の姫をめとろうと言うだけある。」
「そんなに言う程の事ではありませんよ。あ、……そう言えば。」
翔はそう言って微笑むと、神斗の所へ行く為に席を立って、思いついたように言った。
「もし違ったのなら申し訳ないのですが……。自分には御二方は初対面の相手に自己紹介されない程礼儀がない方々には見えないのです、そんなにお父様、お母様と呼ばれたかったのですか?」
「………あ、バレてた?」
「貴方、やっぱり美里ちゃんに言って命も貰って頂きましょう。」
翔はそう言って笑う二人を見て、神斗もこの親の子と言うなら分かる気がするなぁ、と溜め息をついた。
翔が外に出ると、命が諦めの表情で庭先に座っていた。その視線は神斗の方に向けられていたが、翔に気付くと一瞬視線を翔に移した。
「待たせたな。」
「………翔殿、本当にやるのか?」
「今更やっぱり止めました、じゃ神斗君は納得しないだろうしな。」
心配と呆れが混じった様な表情で神斗を見る命の問いに、翔は苦笑してそう答えた。それに対して命は溜め息一つ。
「しかし、神斗も良く分からない。美里の事が好きなんて聞いた事もなかったし、そんな素振りもなかったからな。妹さんが相手ならまだ話は分かるんだが。」
「妹? ああ、そう言えば美里に妹がいるって今日言ってたな。なんでもかなりの才能があるとか。」
今日色々と回っていた時に美里がふと口にした事を思い出しながら翔は言った。姉妹なかは普通以上に良いらしく、今日の外出にも男と二人なんて心配だと付いて来そうになっていたらしい。
「まぁ、確かに才能はある………だがそれでも、やはり美里と彼女の差は圧倒的なんだ。誰も、彼女自身ですら美里が家を継ぐのに何も言わないくらいだからな、逆に美里を尊敬しているくらいだ。」
「改めて聞くと、周りが俺の事を気にするのも分かる気がするな。」
翔がそう言って笑うと、命は急に慌てたように立ち上がった。
「だ、だからと言って翔殿が不足等と言う事は断じてない!! それに、確かにきっかけは親の発言かも知れないが、美里は確かに、初めて自分の意志で翔殿を選んだんだ!!! ………と言うより、本気で別れ話なんて持って行ったら傷心どころか首を括りかねないからな……。」
「ああ、美里の事はもう分かってるよ。元々そんなに長い付き合いじゃないけど、良い子だってのは分かるし、別れるつもりもない。安心してくれ。」
「………ああ、美里は良い子だ。翔殿の選択は決して間違ってなんていない。」
翔の発言に、命はふっと微笑んでそう返した。翔が一息ついたところで神斗に視線を移すと、聡明そうな顔立ちに不満そうな表情を張り付けていた。
「杖や魔道具は持っていないのですか? そう言えば先程から見当たらないのですが。」
「俺はそういう類は使わないんだ。別に負けた時の言い訳にするつもりはないから安心してくれ。」
「………なるほど、杖無しですか。決着のつけ方はどうします?」
「まぁ、どうせやる事は変わらないしな。相手が死ぬまで殺し合うとかで無ければいいよ。気絶するか降参するまででどうだ?」
「いいでしょう、でも、全力で行かせて貰いますよ。ちゃんと向こうに医療班を待機させていますから。」
神斗が視線を向けた先には、確かに大袈裟なまでの医療班が待機していた。本当に手を抜くつもりはないらしい。
「ジャッジはどうします?」
「別に要らないだろ、取り敢えずはなんでもありだ。ほら、攻めて来ていいぞ。」
「………余裕ですね。では、遠慮なく行きますよっ!!」
翔が軽くそう言うと、神斗はチラッと翔を心配そうに見ている命の方を見て、横に跳び翔の視界から消え去った。
「背後からか、セオリーだな。」
「………流石に九条院の婿だけある。戦い方を心得てますね。」
「いや、教科書に載ってる事を実践してるだけだよ。」
翔はそう言って、背後に姿を現した神斗を振り返った。相手が視界から消えた場合はむやみに探しても無駄だ。眼で追いかけるのが難しい相手は気配を読むのが一番。視覚に頼るよりも神経を研ぎ澄ます方が遥かに効率的なのだ、何よりその後の対応が早い。
「俺は武術家じゃない。背後を取られようが対応が遅れる事はないからな。相手の位置を掴むのが大切だ。」
「なるほど、出来れば慌てふためいて隙を作って欲しかったのですが……っ!!!」
神斗が会話の途中で一気に翔に肉薄し、焔で峰打ちを繰り出す。焔の刀身は赤くなっており、かなりの魔力が感じられた。それだけでも普通の使い手ならば避けなければいけない打撃なのだが、神斗自身も腕に魔力を集中させている。もしかしたら気絶程度では済まないかもしれない。
「残念、ちゃんと避けてくれよ? 俺コントロール下手だから。」
「なんっ!? くそっ!!」
翔に打ち込まれる寸前で、何かに当たって打撃が止められる。その壁らしき物は白く発光し、幾度かの衝撃波になり、全方位に打ち出され、神斗を吹き飛ばした。尻餅をついた神斗は信じられない物を見るように翔を見た。
「今の攻撃を完全に……。一体篠原君は何者なんだい?」
「何者と言われても……。私が授業以外で翔殿の魔法を見るのは今日が初めてです。強いとは聞いていましたが、ここまでとは……。翔殿は学校の魔法の成績は正直あまり良くありませんから……。」
「あれで本当に成績が良くないのか?」
命がそう言うと、母親と共に様子を見に来た父親は、腕を組んで翔を見た。命も翔が弱いとは思っていなかったが、魔法の授業では水や火を作り出す事すら出来ていなかったため、簡単な身体強化型の武術家かと思っていたのだ。命が訝しげに翔を見ると、翔も視線に気付いて苦笑した。
「俺は魔力自体は高いんだが、コントロールはからっきしでね、細かい作業は出来ないんだよ。フィールドだって元々の魔力を当ててるだけだ。衝撃波は超過した魔力をとばしてるだけ。本当に上手い人は衝撃波なんて出ないように魔力を調整するよ、燃費を良くする為にな。」
翔はそう言って神斗に視線を戻した。
命は確かに疑問は解決したが、両親共に呆気に取られてしまった。
今翔が話した事はつまり、『魔力の密度をコントロールをしなくても当てるだけで防げている』と言う事だ。魔力自体は枯渇する事はない、空気のような物だからだ。放出しても直ぐに回復する。翔が言ったのは魔力を放出した際にかかる体への疲労。空気を一気に吐き出せば肺に負担がかかるのと大差ない理屈だ。しかし、今の発言で重要なのはそこではない。
「……つまり、篠原君は魔力の密度を自ら上げるわけでもなく、ただ当てているだけで神斗の打撃を防いだのか……。」
言うまでもなく、魔力を押さえる事よりも、より密度を濃く練り上げる方が難易度が高い。
普通鍛練とは、個人が持っている魔力の濃さよりも濃く練り上げる為にする為の物であり、どこまで密度を上げられるかでその魔法使いの『魔法の質』が決まる。武術に長けていたり、特殊な技術を持っていたりする事は魔法使いの質を高める事ではあるが、『魔法』と言う一点においてはそれが常識だ。つまり、今の戦闘において言える事は、
「僕が焔を使った時の魔力と力が、翔さんのただ日常的に纏う、基本的な魔力よりも密度が薄いと言う事ですね。笑っちゃいますよ。」
「……どうする、降参するか?」
そう言って嘆息する神斗に、翔がそう言って微笑むと、神斗はおかしそうに笑った。
「まさか? ネタバレどうもありがとうございます。それってつまり、翔さんは防御しか出来ないって事ですよね?」
「………まぁな、どうせ直ぐに分かる事だし。だが、諦める気は無さそうだな。」
神斗がそう言って焔を構え直すと、翔は嘆息した。
別に攻撃が完全に出来ないわけではない。
琴や流に出したような魔力の塊なら出せるし、多少は密度を下げる事は出来る為、殺してしまう事もないだろうが、万が一と言う事もある。
琴とは創造空間だったし、流は美里や真夕程ではないがあれでもかなりの腕の持ち主だった。しかし、今回の相手はまだ子供だ。少しでもコントロールをミスったら何が起こるか分からない。防御魔法ならば衝撃波の回数や長さを変えるのには慣れていたが、密度を直接コントロールするのは危険だ。その事情を知れば神斗は怒るだろうが、実力の差が分かるだろうと、翔はこの話をしたのだが……。
「神斗!! 翔殿はお前の為を思って手加減してくれているんだ、早く降参しろ!! もしくは創造空間内で仕切り直すんだ!!」
「折角攻め放題なのに自分で勝つ可能性を潰してどうするんですか。さて……。」
「ん……?」
命の発言を無視した神斗は、焔を振って炎を展開し、翔の周りを円状に囲んだ。
「ああ、なるほど。疲労を狙うってわけか、考えたな。」
「………長期戦になりそうですが、一番確実な方法です。焔の炎は僕自身の力ではありませんからね、全く疲れません。でも貴方はこの炎を自分で防ぎ続けなければなりません。いくら魔力の器が大きくても、全く疲れないわけではないでしょう? 打撃でなければ、打撃の衝撃を利用されませんから、余波での衝撃波も使えません。………それでは、疲れて丸焼けにならないうちに降参して下さいよっ!!!」
「確かに確実だな。」
先程の激しい攻撃とはうってかわって作業的な攻めに以降しての炎の遠距離攻撃が翔の体を包んだ。
先程の攻撃が防げて、刀の魔力だけに頼った攻撃が防げないわけもなく、炎は翔を包んではいるが、燃やしてはいなかった。
特に何もしなくても、炎が皮膚に当たる前に、常日頃から体に纏っている魔力が炎を防いでいる。セルフレジスト、常時対抗と言われる障壁だ。魔力が高い物は術等にもかかりにくいが、これが原因だったりする。体の中から表面に流れる魔力が勝手に体を守るのだ。心周辺はこれが特に強いらしく、これは魔夜の話でも言われたが、基本洗脳や透視が不可能な理由だ。
「ちなみに僕は絶対降参しないので、姉さんや父さん達に説得させようとしても無駄ですよ? ええ、皆が白い眼で見ていますが僕は気にしません!! 取り敢えず美里さんと翔さんを別れさせる為なら僕はなんだってしますよ。」
「……はぁ、本当にどうするか……。」
多分だが、ここで何かしらの手段で有耶無耶にしたら、美里に別れろと言い出すかも知れない。そうなったら神斗の命が間違なく危ないだろう。殴られるだけで済むはずもない。今日のナンパ野郎共の二の舞だ。命の弟だろうが関係ない。もしかすると、もっと酷い目に………。
「そうか、その手があった。」
「……何をする気ですか?」
神斗が訝しげに翔を見ながらも炎を作り出しながら後退りすると。次の瞬間、翔の足下が爆発した。
「えっ!?」
「何も魔法で倒す必要はないからな。取り敢えず、後遺症は残らないようにしてやるから安心しろ。」
爆風に乗って神斗に体当たりをすると、翔はそのままマウントポジションを取った。
「………あの、翔さん。冗談ですよね? いや、何が? じゃなくて、ちょっ、待って、姉さんと結婚したら将来の弟になるかも知れないんです……。」
ゴスッ!!!
翔は色々と喚く神斗の顔面に、取り敢えず拳を突き立てた。
こんにちは、こんばんは八神です。皆様方からの感想評価。とても楽しみに読ませて頂いております。 恋:「最近数が減ってきて、やる気も一緒に減ってるみたいだけどな。」 む、そ、そんな事はありません!! ただ異世界隠れんぼの続編を10話くらいまで溜めてから出したいなーと思いつつ書いてるだけです!! 恋:「ただでさえ忙しいのにやる事増やすから更新がままならなくなるんだよ!!」 うぅ……言い返せない。取り敢えず、今日はもう眠いです。恋先生、後は宜しく。 恋:「ったく、仕方ないな……。作者はただいま受験戦争真っ直中だが、それなりに頑張って更新を続けようと奮闘してるから生暖かい眼で見守ってくれると助かる。って事で、なんか感想とか沢山待ってるから、作者のやる気上昇の為にも宜しく頼むな!!」