第56話:不安定な心
「……んっ……ベット……? 俺は確か武道場にいた筈じゃ……。」
翔が目を覚まして首を横にずらすと、医薬品が置いてある棚が目についた。どうやらここは医務室か何からしい。
「あ、翔殿……良かった、ちゃんと眼が覚めたか……。」
「その声は………命か。」
翔が起き上がろうとするのを、翔の視界の反対側でタオルを絞っていた命が気付いて駆け寄って来た。翔も体を起こして声がした方を向く。
「命、俺はどうしたんだ?」
「……どうしたも何も、いつまで経っても創造空間内に現れないから、翔殿側の装置を見に行ったら、意識を失っていたんだ。呼び掛けても答えないし、取り敢えず医者を呼んで武道場の医務室まで運んで貰って……。医者の話では疲労が蓄積していたのではないかと言う事だったが……。」
「疲労か、なるほどな。」
どうやらあの世界に行っている間、自分は気絶していたらしい、と翔は納得した。だが、命は疲労かと呟いた翔に何やら不機嫌そうな顔をした。
「疲労か、じゃないっ!! 疲れているなら無理に私に付き合う必要等なかったんだ。……全く、これを美里が知ったらどれだけ自分を責めるか知れないぞっ!?」
「……確かに、美里ならそう考えるか。ごめんな、命にも心配をかけたな。」
「……わ、分かってくれればいい。」
翔が素直に謝ると、命は照れたように顔を赤らめてそう言った。美里の事を考えて捲し立てたのが恥ずかしかったらしい。
「取り敢えず、今日はもう遅いからな。私の家に止まっていくといい。帰る途中に倒れられたらたまらないからな。」
「遅い……?」
翔が時計を見ると倒れてから1時間以上は経っていた。随分と長い間命は付きっきりでいてくれたらしい。それに気付いた翔は命に微笑んだ。
「命、ありがとな。」
「……ぅっ……別に、当然の事をしたまでだ……。」
翔の意図に気付いて、命は視線を逸した。
「本当はあんまり外泊は出来ないんだけどなぁ。」
「駄目だ、このまま翔殿を帰らせては私の気が済まない。優殿には後で連絡をいれれば良かろう。」
「………そうさせてもらうか。」
翔は断固として譲らない姿勢の命に苦笑するとベットを降りて立ち上がった。……やはり体に異常はない。翔は昔から体調管理はしっかりしていたため、大きな怪我をしたり病気になった事すらないので異常な状態と言うのが良く分からなかったが、いつもと変わらないように感じた。
「……やっぱり話しておくべきだろうな、澄に何かあってからじゃ遅い。」
「…………? 澄殿がどうかしたのか?」
「いや、なんでもない。」
翔もあの場所について気付いた事がある。
まずは、自分と澄が確実に何か関係していて、最初に入った時の学園は関係ないだろうと言う事。そしてあの場所は現実の座標にある世界ではなく、魔法的、あるいは精神的、催眠暗示的な場所であると言う事。最後に、最初は気のせいだと思っていたが、澄だけがあの中で攻撃され、澄がいる時だけワープポイントが出ているという事。これは翔にとっては一番重要な事である。
「……翔殿、やっぱり本当は辛いのではないか? なんなら肩を貸すが……。」
「えっ、あ、ああ。本当に大丈夫だ、考え事をしていただけだよ。」
そうか? と訝しげな視線を送る命を見て、翔は思考を中断した。なかなかに命も鋭い。取り敢えず、澄に伝えるまでは考えないでおこうと割り切った。
「やはり少し距離があるからな。辛かったら直ぐに言って欲しい。」
「ああ、分かった。」
そして翔は、そんな命からの心配そうな言葉に微笑んで答えた。
「それではここで待っていてくれ、家の者に話をつけてくるからな。それと、適当に寛いでくれて構わないからな、部屋を出なければ何をしていても良い。………ただ、使用人を口説くのだけは禁じておく。」
「なぁ、俺はどんな信用のされかたをしているんだ……?」
「翔殿にその気がなくとも心配だ。翔殿が当たり前と言う言葉がそのままキューピッドの矢に変わるからな。」
命はそう言って苦笑すると、翔を一人客間に残して何処か……恐らくは親の所に向かった。
「んー、一時は頭が良く回ってなかった事もあって家まで来ちゃったけど……。」
翔はそう言って携帯の画面を見る。そこには翔の家の電話番号、つまりは進か森羅か優の誰かに続く番号だ。
「どっちにしろ死期と覚悟の問題だよなぁ。」
翔が遠い眼をしながらそう言った。正直、最近の翔の行動はかなり中途半端だと自覚していた。真夕だけに絞っていたならともかく、琴、美里、魔夜とかなり親密な関係にある現状だ、簡潔に言えば四股かけている。しかも内部の4人は現状に同意してしまっている、翔がそうさせてしまったのだ。
「オマケに優と同居してて優自体は俺らの関係を知らないし、そんな状態で命の家に泊まりに来るってなんだ? 俺はどうしちまったんだ?」
ハァッ、と翔は溜め息をついた。そんな事を言いながらも4人との関係をどうするかと言われれば、継続させると言う選択肢しか出てこない。前に真夕に言った様に、離したくないと思っている。なんだかんだで翔は4人全員に、いや、澄や優を含めた6人に好意を持っている。
「世間体や周りの視線はどうでもいい、でも、俺はなんでこんな事を実行出来たんだろう。」
真夕と琴に仕組まれたようにも思えるし、美里と魔夜が受け入れてくれたと言うのもある。それぞれの性格や生い立ちが普通じゃないから故の結果だが、それは結果論。この状態を少なからず望んだのは自分自身だ。
「……優達の事、どうしようか。」
4人はもう裏切れないし、そのつもりもない。だからいつかは何らかの変化があるだろう。隠し続けるのは嫌だし、悪い事をしているつもりもない。真夕が自分を動かした、それを自分は否定しない。だから優と澄に何かを求める時がくる。そうなった時、彼女達はどうするのだろうか? 自分に好意を示し続けるのか、それとも離れていくのか。
今思えば、自分は気付かぬ内に選択させられていた。誰かを選ぶ事、選ばない事も選択だ。真夕が言った選ぶ必要がないという事は選ばないと言う選択であった。真夕は自分に迫ったのだ、選ばないでくれと。そして自分はそれに答えて、望んだのだ。
「今更考えも望みも変える気はないし、優と澄が俺の決断をどう捉えるかは……。」
翔はふと視線を画面に戻した。指で今度は澄の番号にカーソルを合わせる。そして暫く無言でそれを見つめて、嘆息し、頭を掻いた。
「それなりに正直に生きたいって思ってたんだけどなぁ。」
真夕達の事は自分に正直になった結果だ、後悔はしていない。だが、これは明らかに騙す事だ。翔はそれを分かって携帯を閉じた。
「これじゃあ、俺も爺ちゃんの事何も言えないな……っ!?」
翔がそう呟くと、閉じた携帯がいきなり音を出して震え出した。画面を見ると自宅と言う文字が表示されている。
「優……だろうな、多分。」
翔は流石に出ないわけにもいかず、通話ボタンを押した。
「翔坊君遅いねぇ、やっぱり朝帰りかなぁ?」
テーブルに座っていた森羅はファッション雑誌を広げて唐突にそう切り出した。この場には森羅と進しかいない。
「翔坊はあれで真面目じゃからな。ちゃんと戻って来るとは思うが。」
「……そうね……女の子複数人をちゃんと同意の上で恋人にするような真面目な子だわ。」
森羅がそう言って溜め息をつくと、進はやれやれと言うように表情を歪めた。
「ところで、優ちゃんは?」
「ああ、さっき何処かに電話をかけていたようじゃが、恐らく翔坊の携帯にじゃろう………っと優ちゃん。翔はなんと言っていた?」
ちょうど話題に出ていた優が姿を見せると、進はそのままの調子で翔の事を尋ねた。森羅も雑誌から目線を優に向ける。
「………翔は向こうに泊まるそうよ。」
「やっぱり朝帰りかぁ、泊まるって事は美里ちゃんの家?」
「…………違うわ。」
森羅が俯いて立っている優を見て言うと、予想とは違う答えが返って来た。
「命の家に泊まるそうよ。……翔が帰る途中に命の自主トレに付き合って、倒れたって言ってたわ………疲労でね。だから命に今日は泊まっていけって誘われたんだって。」
「………疲労……? ……そうなんだ、まぁそれならしょうがないよね。」
「…………しょうがない……ねぇ、貴方は何を言ってるの?」
優は森羅の発言を聞いて苛立ったような口調で返し、睨み付ける。進はそれを仲裁するように溜め息をついた。
「優ちゃん、たまにはそう言う事もあるだろう。」
「………お爺さん、貴方までそういう事を言うんですね……?」
優はそう言って森羅と進を汚い物を見るような眼で一瞥すると、その後一言も話さずに何処かへと出かけて行った。と言っても、目の前から掻き消える様にいなくなった為、そう予想しただけだったが。
「………進君、なんだかさ、二人だけの夕食って久し振りよね。」
「…………そうじゃな……。」
進はそう言うと、俯いたままの森羅の髪を優しく撫でた。
皆様、散々遅くなって申し訳ありませんでした……。皆様からの怨嗟の声が心に……うぅ……。 恋:「毎回毎回遅れて、もうそろそろ読者の皆も飽き始めてるだろうな。」 ぐっ……痛い所を……。でも最後までの粗筋的な物は立っているんです!! ただ翔君達がなかなか思うように動いてくれないんですよ……。今回も少しイチャラブさせようとしたのに……。 恋:「まぁ、次は早く更新してイチャラブさせればいいんだよ。」 は、はい……頑張らせて頂きます……。 恋:「さて、今回は私が宣伝をしよう。皆様の感想はこの駄目作者の元気と勇気とやる気に繋がっている。事実今迄のも全て読ませてもらっているからな!! と、言う事でなんでもいいからガシガシ八神を催促してやってくれ。」 ……ガンバリマス。