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まじかるタイム  作者: 匿名
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第54話:未だ見えぬ瞳の中に

盛大に遅れました。

「翔さん朝ですよ、起きて下さい。……ふふふっ、なんだか夫婦みたいですね……。」


光明祭の次の朝、二日間働いたり走り回ったりで疲れ、ベッドの中で寝込んでいた翔はユサユサと揺すぶられた。


「今日は一日寝るから……。なんだか疲れが溜まっちまって……。」


「……そうなのですか? では、御付き合い致しますね。」


「……ん?」


翔はいつも起してくれる優の声や口調が違うのに気が付いて、ベッドに潜りこんでいる人物に視線を送った。


「……美里、何をしてるんだ?」


「翔さんと御一緒しようかと思ったのですが……その、ご迷惑でしたか?」


「いや、そう言う事じゃなくてだな。なんで美里がここに居るのかなぁと。」


さも当たり前の如くベッドの中で擦り寄ってくる美里に、翔は寝起きの少しぼやけた頭で質問する。時間を見て見るともう10時になる所だ、優は何処かに行っているのだろう。


「えっと、私に恋人が出来たとお母様にお話ししたところ、このフリーパスをくれたんです。翔さんと一緒に行って来たらどうかと。」


「へぇ、遊園地のフリーパスか。って期限ギリギリだな、もしかして美里の母親は常日頃からこういうの用意してたのか?」


「その、御恥ずかしながら……。」


翔がその期限ギリギリのパスを見て美里に尋ねると、美里は少し顔を赤らめて肯定した。


「でもそれならこんな所で寝てるわけにはいかないな、今準備するから待っててくれ。」


「宜しいのですか? 私の事ならお気になさらずとも、私は翔さんとこうしているだけで満足ですから。」


「……最近思うんだが、女って実は結構大胆なのか?」


幸せそうに翔の胸に頬を寄せた美里を見て、翔はそう呟く、美里はそれに返答するように無言で微笑んだ。


「それじゃあ少し待っててくれ。」


「はい、御待ちしておりますね。」







「なんだか凄い視線を感じますね。私、何処かおかしいでしょうか? 洋服はあまり着た事がないので……中学生の頃も和服指定の女子校でしたし。」


二人が入場ゲートを潜り、美里が翔の隣りに寄り添うように立つと今迄でも多かった視線が更に二人に集中した。最近開園したばかりの遊園地だけあってかなり客が多い。カップルも相当多いのだが、やはり二人は眼を引いてしまうのだろう。


「変どころか似合ってるから大丈夫だ。美里のミニスカートなんて滅多に見れないしな。他の奴等に見せるのが勿体ないくらいだ。」


翔がそう褒めると美里は顔を赤らめて笑った。今日の美里は和服ではなく、水色の上着に薄い茶色のミニスカートといういつもとは違った服装だ。


「ふふっ、今日ばかりは我慢して下さい、これからは翔さんだけにお見せしますから。」


「それはそれで嬉しいけど複雑な気持ちになるな。俺が一人で美里にファッションショーさせてるみたいだ。」


「そうですねぇ、以前の生徒会トーナメントの時にも随分と喜んで頂けたようですし。……でも本当は、ああいう物は個人的に見せてあげたかったのです。」


美里は少し不満気にそう言った。その様子を見て翔が微笑み、自然に美里の青いミドルヘアーを梳くと、美里も釣られて微笑み、何かに気付いた様にハッとして、辺りを見回した。


「どうかしたか? もしかして、琴先輩でも見つけたのか?」


「え? あ、いえ、何でもありません。流石の琴先輩でも今日の事は知らない筈ですし。」


美里はもう一度訝しげに人込みを見ると、視線を翔に戻して優しく微笑んだ。


「さて、最初は何処に行こうか、何か希望はあるか?」


「ジェットコースター、という物をテレビで見てから、一度乗ってみたかったのですが、宜しいですか?」


「ああ、構わないよ。確かここのジェットコースターは凄いって聞いた事があるし、楽しみだな。」


「そうなのですか? ふふっ、それは私も楽しみですね、早く行きましょう♪」


美里はそう言うと、翔の手を引いて急かす。普段あまり見ない無邪気なそれを見て翔も小走りにジェットコースターへと向かった。







「あんなにグルグル回るなんて……なんだか気持ち悪いです……。」


「……大丈夫、じゃなさそうだな。少し休むか?」


「すいません、そうさせて頂きます……。」


翔は美里をベンチに座らせそう言った。ジェットコースターは確かに凄かった、特にループを大量に入れれば怖いだろうと言う方針はかなり堪えた。多少慣れている翔ですら少しふらついているのだから美里がこうなるのは当たり前だろう。


「よし、飲み物でも買ってくるよ。えっと、美里はお茶でいいよな?」


「はい、ありがとうございます。」


美里はかなり意気消沈した様子で頷き、それを見て翔は苦笑した。翔が自販機のある場所に行こうとその場から離れると、美里は背後に視線を送り嘆息した。


「お母様、お祖母様、いい加減に出て来て下さいな。」


「……あ、あらー、バレてたのね。」


「……むぅ、流石は歴代最強じゃな……。」


美里が呼び掛けると、植木の中から二人の女性が顔を出した。遊園地のマスコットキャラクターの帽子を被った二人を見て、美里は再度嘆息する。片や薄い青髪でロングヘアーの女性、片や髪を後ろで纏めた白髪の老婆であった。


「お祖母様、褒めても許しませんよ。……何のつもりかは知りませんが、見張りなんてお止め下さい。……それにしても、最初から尾行するつもりでチケットを渡したんですね、目的はなんです?」


「あ、いや、それはその……。」


美里が険のあるまなざしで睨むと、二人は少し罰が悪そうに視線を逸した。


「ほ、ほら、美里ちゃんから聞く限りではまともな人とは思えないしー。見た感じは誠実そうだけど、二股どころか三股かけてるんでしょ? 親としては心配になっちゃうじゃない♪ ね、お母様?」


「そ、そうじゃ。それに、美里の力には一族皆、我ら宗家は勿論、分家の者も期待しておるのじゃぞ? 結婚相手はせめてこの眼で見ておかねばと思ったのじゃよ、一族の為であり個人的な行動ではないぞ、うむ。」


「……なんだか怪しいですね……。」


美里は二人の言い分を聞き、溜息をついた。すると、美里の頬にピタリと冷たい缶が当たった。それに反応して美里の体が一瞬震えた後、弛緩した。


「冷たくて気持ちいいです、翔さん、お帰りなさい。」


「お待たせ美里、もう酔いは大丈夫なのか? 取り敢えず、これお茶な。……それと、お母さんの分とお婆さんの分もありますが、如何です?」


「「…………。」」


「……もしかして翔さんはお母様達の事気付いていたのですか?」


翔が美里だけでなく当たり前の様に二人に缶を差し出すと、三人は驚いた様な表情になった。


「まぁ、美里がさっきからキョロキョロ周りを見てたからな。もしかしたらとは思ってたよ。」


「流石は翔さんですね。でも、ずっと私の事を気遣っていてくれたなんて、嬉しいです♪」


美里はそう言うと、缶を開けてお茶を少し飲んだ。翔が他の二人にも薦めると、二人も缶の口を開けて、翔と美里を興味深そうに眺めた。


「……お母様、お婆様、とにかく帰って下さい。もう翔さんの人格も洞察力も十分見た筈ですよ?」


「「えーっ……。」」


美里が追い返そうとそう言うと、二人はあからさまに不満な表情で反抗した。


「……お母様お祖母様、もしかして何だかんだ理由つけて私の恋人に興味があっただけなんじゃ……。」


「あっ、そろそろ時間だ。帰りましょうお母様♪」


「そ、そうじゃな。それでは婿殿、失礼。」


美里が訝しげに見ると、二人はいきなり慌てて一緒に帰って行った。美里は呆れたように息をつき、翔はそれを見て苦笑した。


「身内の恥をお見せしました……。」


「……いいや、美里の気持ちは良く分かるよ、美里の親を見た時少し親近感が沸いたしな。」


少し頬を赤らめて頭を下げる美里に翔は渇いた笑いで答えてから、そう言った。


「私の事を心配してくれている面も確かにあるとは思うのですけどね。家にとっても、私は大事な跡取りでもありますから。」


「そう言えば、美里の家って何か特殊なのか? 仕来たりもそうだけど、あれって家を保つ為の仕来たりだよな?」


翔が当たり前の疑問を投げ掛けると、美里は微笑んで頷いた。


「私の母方の名字は九条院と申します。愛沢は父方の名字で、お母様にこちらの方が可愛らしいからと名乗らされてはおりますので。」


「……九条院って言ったら、世界に名高い魔法学の名家じゃねぇか。何でも百年に付き一つ以上の新しい魔法の形態を生み出すとか聞いたが。」


「まぁ、それは少し大袈裟ではありますが、その九条院です。九条院では魔力の高い女が跡取りとなり、私は九条院家宗家の長女、つまり跡取りになるわけです。」


美里が簡単に説明すると、翔は驚きつつも納得した。美里の魔力もまた強大、魔法学の最高峰である光明に入っているだけでもかなりの力を持っている証拠となるが、生徒会の面々は特に強い。その中でも美里は抜きんでて強い力を持っている。だが、九条院の跡取り娘ならば納得もいく。


「それならあの強さと箱入り娘具合も納得出来るな。それと無防備な行動も。」


「うぅっ、あまり苛めないで下さい……。あ、でも、翔さんに教えて頂くので、もう心配要りませんね?」


翔が苦笑してそう言うと、美里は最初はムッっとして言い返したが、直ぐに明るく笑って翔の手を握った。


「あのな、そう言う所が無防備だと言うんだよ……。」


何を言っているか分からないと言った具合に下から翔の眼を覗き込んで来る美里に、翔は諦め気味の視線を送った。それはそれで可愛らしい仕草なのだが、翔を信用しきっていて危なっかしいのだ。もしかしたら少し天然なのかも知れない。


「大丈夫です、私の体には翔さん以外は触れさせませんから、こう見えても歴代最強なので♪」


「……やっぱり天然か……。」


「…………はい?」


きっと何を言われているか意味が分かっていないのだろう。男の琴線に触れる発言をした美里は、小首を傾げて不思議そうに翔を見た。


「さて、そろそろ行くか。さっき見たんだが、ここのオバケ屋敷はなかなか良さそうだったぞ? 行ってみないか?」


「はい、お供します、翔さん♪」


翔が提案すると美里は嬉しそうに頷いた。







「『い、いらえ!! 南方より……』むぐぅっ……!?」


「待て美里、こんな所で何をする気だっ!?」


「悪霊やモノノケの類を纏めて除去するだけです!! 大丈夫です、私は山脈も纏めて浄化した事がありますから、この世に一片の欠片も残しません!!」


「そうじゃない、あれは本物じゃないんだぞ!?」


ドラキュラが登場する前に気配を察知し札を投げ、動きを封じた美里を翔が取り押さえると、美里は何故邪魔をするのかと訴えかける様な眼で翔を見た。


「とにかく落ち着け美里。……あーあ、ドラキュラの人、大丈夫なのか?」


「はぁー、はぁー、ふ、普通の人間に当たっても消滅はさせないようになっていますから……、従業員の方だったのですね……。」


翔は完全に伸びてしまったドラキュラの人に同情の視線を送ると、翔の手をギュッと握りながらソワソワしている美里を見て苦笑した。


「美里はこういうのが苦手だったのか、ごめんな?」


「ううっ……謝らないで下さい。オバケ屋敷と言うので仕掛けの色々ある建物の事だとばかり……。」


そう言う解釈もあったかと思い、翔は納得した。あんなに嬉しそうについて来るから絶対に平気なのだと思っていた。


「美里はいつも落ち着いてるし、こういうアトラクションは大丈夫な物とばかり思ってたよ。」


「……私は小さい時からオバケとかそういった類を全滅させようと思い修行して来ましたから……。」


「……す、筋金入りだな、それは。」


本気の眼で言う美里を見て、翔は表情を引きつらせながらそう言うと、美里が片手で翔の手を握ったまま、もう片方の手で翔の腕に触れた。


「……あの、暫く抱き寄せていて下さいませんか……? 私がとっさに先程の様な事をしてしまうかもしれませんし、その、翔さんに抱きついていれば、落ち着くと思うので……。」


「……ああ、分かったよ……おいで、美里。」


「は、はい……。」


翔が美里の体を抱き寄せると、美里は体を弛緩させる。そして、そのまま翔に抱き付く様に擦り寄った。翔に美里の柔らかい感触が伝わって、翔の方は逆に少し固くなってしまった。それから少し経つと、翔はある事に気付いた。


「……美里、なんか凄く疑問に思う事があるんだが、聞いていいか?」


「は、はい、どうぞ。私の知っている事ならどの様な事でも……。」


そんなに顔を赤くされて固まられても聞きにくいんだがなぁ……、と翔は視線を逸らしながら渇いた笑いを漏らした。だがやはり気になってしまい、咳払いをしてから美里を見る。


「……えっと……もしかして、ブラ付けてなかったりするか?」


「……はい? ぶら……ですか?」


「……あー……ブラジャーの事だ。……って、何か自分が本気で嫌いになって来たよ、俺も男なんですごめんなさい。」


首を傾げる美里に翔が顔を手で覆いながらそう言うと、美里は暫くぼーっとしてから自分の胸が思いっ切り翔に押しつけられているのを見て顔を徐々に赤くしていく、真っ赤になるまで、たっぷり十数秒間。


「わ、私、洋服は初めて……でして……えっと……持ってないんです、和服には必要ありませんので……。この洋服もお母様が買って来ていた物なのですが、……し、下着を買い忘れていた……らしく。で、でもやっぱりこういう時には洋服の方が良いと思ったので……その……うぅっ……。」


「あ、ああ、分かった。そしてそんなにテンパらないでくれ、興味本意で聞いた俺が馬鹿だったんだが……。」


「……はい……。」


翔は、美里が恥ずかしがって、逆に抱き付く力を強くする度に更に押しつけられる、というなんとも理性を磨耗させる負の連鎖を断ち切ると、自分の発言が迂闊過ぎた事にやっと気が付いた。

美里を見ると、翔に抱き付いたまま真っ赤になって俯いてしまっているし、オバケの方々が先程から凄くやる気がない。詳しく言えば、ドラキュラの人が攻撃された辺りでは恐れでやり難い感じだったのだが、美里がくっついて来た辺りからはやる気その物が感じられない。アトラクションの従業員はそれでいいのだろうか。


「何かセットが壊れる音までして来たな……美里、そろそろ行けるか……?」


「は、はい……。」


美里はまだ赤い顔で翔に答えると、翔に促されるままに出口へと歩きだした。不思議とその後は誰にも出会う事無く出口まで行けたという。







「もう大分、夕日になって来たな。」


「……そうですね。それに毎日見ている筈なのに、とても綺麗です。世界が輝いている見たいに。」


「そうだな、こういう物はやっぱり、見る物じゃなくて見る状況が大事なんだろう。普段は気にする事もないが、こうして見ると本当に空気が輝いて見える。」


美里が夕日を見てふとそんな事を口走ると、翔は微笑してそう言った。美里は夕日に触れて紅く染まった顔を綻ばせた。


「もう、お帰りになりますか?」


「いや、最後に定番の観覧車にでも行こうか。どうだ、大丈夫か?」


「そう言えば、スッカリ忘れていましたね。私は全然大丈夫ですよ、乗っていきましょう、翔さん♪」


翔が美里に尋ねると、美里は観覧車の方を見ながら同意した。二人が受付を済ますと、この時間にしては珍しく並んでいなかったので直ぐに乗る事が出来た。ゆっくりと観覧車が上に上がって行く。最初は少し揺れたが、上るに連れて揺れも小さくなり、落ち着いてきた。


「思ったより快適なんですね、もっと揺れるかと思いました。」


「そんなにグラグラ揺れたらムードどころじゃないだろ?」


「ふふっ、そうですね、折角こんなに景色も綺麗なんですから。」


夕日に照らされた街を見て、美里は眼を細める。それから翔も外に眼を向けて、二人は無言で景色を見つめた。暫くそうした後、翔が何かに気付く。


「どの観覧車も片方に傾いてるな。」


「え……? はい、そうですね。」


「…………美里も来るか……?」


「……あっ……は、はい♪」


翔の顔が、夕日からか、恥ずかしかったからか赤まり、視線を僅かに外してそう言うと、美里は暫くポーッと翔を見つめた後、少し俯いてコクリと頷いた。そして翔の隣りに座って、そのまま寄り掛かった。


「ふふっ……。今日初めて、ですね。」


「初めて? 何が初めてなんだ?」


「今日、翔さんが自分から私に甘える様に言った事です。……ずっと私からでしたし、寂しかったんですよ? ……私も、もっと翔さんに求められたいんです。」


「そうだったか?」


「むぅ、そうなんですっ。」


美里はそう言うとむくれながら翔に寄り掛かった。翔はいつもと態度が違う美里に少し困惑しつつもそれを受け入れる。


「翔さんは……もっと誰かに甘えるべきなんです。……私に甘えて下されば、全部受け入れてみせます、手も足も顔も、髪の一筋から心の奥まで。」


美里はそう言って翔の頭を両手で挟むと、自分の胸元で抱えるように優しく抱き締めた。翔の方は、驚いて緊張したように硬直した。


「み、美里……?」


「……苦しそう……。私では、こんな事しかしてあげられないのでしょうか……。」


翔が美里に抱きすくめられたまま美里の表情を見てみると、美里は悲しそうに俯いていた。美里の言葉の意味も分からずに翔は呆然とした。


「苦しそう……?」


「翔さんの心が苦しいって。翔さんの瞳がそう言っているのを感じるんです。」


翔が問い掛けると、美里は声の調子を変えずにそう答えた。


「何故そんなに苦しそうな瞳で平気でいられるのですか? 何故全てに絶望したように光が無い瞳で、そんなに幸せそうな表情が出来るのですか?」


「……何の事なんだ、美里? 俺が絶望するって、何に?」


「それは私が聞きたいくらいです。……矛盾してます、翔さんは。」


美里はあやす様に翔の頭を撫でて、そして自分の気持ちを落ち着けるように抱く力を強めた。美里の言葉は翔にしてみれば全く意味が分からなかった。だが、何故か少し、美里にそう言われた事が嬉しいと、自分の中の何かがそう感じたような気がした。


「私は、きっと怖いんです。翔さんにそんな瞳をされると、いつか、翔さんがいなくなってしまう様な気がして……。好きなんです、いなくなって欲しくないんです……。」


美里はそう言って俯いた。その後、言いたい事を一通り言ったように沈黙したが、翔を抱きすくめるのは止めなかった。それから少し経って、美里が翔の顔を見ると、ハッっと息を呑んだ。


「……何故泣いているのですか?」


「え……? 誰がだ……?」


「誰かって、そんなの……。」


翔の表情と言葉に美里は背筋に冷たい物を感じた。翔は、美里に抱かれて少し強張ったような、緊張しているような赤らんだ表情を変えていないまま涙を流している。それが美里にはとても奇怪に思えたが、翔の瞳に宿る黒い物に関係あるような気がして、眼をそらす事が出来なかった。


「……美里?」


「……私は……。」


美里は訝しげに見上げてくる翔の髪を梳きながら、翔に微笑みかけた。優しい、母親の様な表情で。


「こんな事はおかしいとは思います。でも翔さんは普通の人とは違う何かがあるように思うんです。……それでも、私は翔さんの御側にいます、翔さんが許してくれる限り、ずっと。」


美里がそう言うと、翔は体の力を抜いて身を完全に美里に寄り掛からせた。


「……なぁ、もう少しこうしてて貰っていいかな? ……凄く安心するんだ、何故かは分からないけど。」


「………はい♪」


眼を瞑った翔に、美里はそう言って笑いかけた。まだ観覧車は半分近い時間を残している。それから下に降りるまで、美里はずっと翔を抱き締め続けた。

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