第51話:空気邂逅
「くっ、あの悪漢は何処に逃げたのですかっ!?」
「スペード隊隊長から各員へ通達、校門や保健室、及び全ての特別室を封鎖、発見時は男はボコして女は丁重に御帰りいただけ!! 絶対に逃がすなよっ!!!」
『『『了解っ!!!』』』
「くそっ、なんでこんなに隊の編成が早いんだ? というかこのチームワークはなんなんだ? 美里の安全が確保されるのは良いんだけど」
「…………」
猫耳を被った男部隊から逃げる為に、翔と美里は体育館の倉庫へと逃げ込んでいた。何かあれば隠れる事も容易だと言う理由もある。何故か部隊にいる猫耳女子が、お姉様やら、琴様やら言っていたが今は忘れる、というか一生忘れていようと翔は誓った
「美里、悪かったな。折角の学祭なのに」
「いえ、私は翔さんと回れて嬉しいですから……」
「…………?」
何と言うか、先程から様子がおかしかった。走っている途中も黙り込んでいたし、今も何かを考える様に俯いている
「どうした、体調が悪いのか? 保健室は、今は封鎖されてるんだっけ。仕方ない、美里だけでも……」
「い、いえ、そう言う事では……無くてですね……」
「ああ、どうしたんだ?」
やはり、先程のキスは不味かったかも知れないと翔は思った。隠し通す事は出来ないのは分かっているのだが、琴達はなんであのタイミングであんな事をしたのだろうか、と翔は思案した。
「私にも……分かりません……」
美里は特別不機嫌そうなわけでも、体調が悪そうなわけでもなく、本当に何かに悩んでいるだけに見えた。そして、美里の不可思議な態度に翔も困惑した。
「分からないって何がだ?」
「……分かりません」
「美里?」
分からないと連呼する美里に、翔は更に困惑する。ただ翔には、美里の表情がとても不安そうに見えた。暫く重い沈黙が二人を包んだ、そして美里が口を開く
「先輩方は翔さんの事が好きなのですね」
「……そうだな、先日そう言われた」
「翔さんもその……、やっぱり先輩方がお好きなのですよね」
「まぁそうだな……」
翔がそう言うと、美里はまた沈黙した。翔も、美里の言いたい事はなんとなく予想出来たのだが、何を言って良いか分からなかった
「私は、恋愛が良く分かりません。ただ……私は恋愛をしなくてはならなかったんです」
「え……?」
美里が唐突にそう言ったのに対して、翔はその言葉の意味が分からずに反射的に聞き返した
「それってまさか、政略結婚とかなのか? 今の時代にそんなのがあるなんて考えられなかったけど」
「あ、いえ、確かに昔はそう言う物もあったらしいのですが、今はありません。そう言う事ではないのです……」
政略結婚等と言う物は今では完全に廃れているらしい、では、なんであろうか? と考えても分からなかったので、翔は美里の言葉を待つ事にした。美里はそれを確認して続ける
「家には代々の仕来たりがありまして。御恥ずかしい話なのですが、私の母はその仕来たりが嫌で逃げ出してしまったのです。つまりは駆落ちと言う物らしく、今でこそ和解はしていますが昔は言い争いが絶えなかったそうです。」
「なるほど、つまりは美里はその仕来たりとか言う物で無理矢理結婚までこじつけられそうなんだな?」
「い、いえ、その、そうであったならまだ顔も立つのですけどね……」
美里はそれをも否定して少し恥ずかしそうに溜息をついた。
「家の仕来たりと言うのは、二十歳には花嫁修行を済ませて嫁ぐ事なのです。その相手等はまだ決まっていませんし、私にも決定権はあります、更に言えば時間だってまだまだ沢山あるのですが……」
美里はますます暗い表情で、言いにくそうにどもった。翔が聞く限りは、嫌だ、と言うよりは恥ずかしいと言う感情が勝っている様な気がした
「母が駆落ちだと言いましたよね? それで祖母とケンカしました。和解したのだから仕来たりなんてもう要らないだろうと、それが原因だったのです。あれは入学より前、丁度初めて翔さんと出合う、その少し前の事でした」
『仕来たり!? まだそんな事言ってるの? そんな頭ガッチガチだから私は家出したんじゃない!!』
『お前と美里は違うじゃろう、花嫁修行もしなかった者がどんな末路を辿るかお前が一番良く分かっておる筈じゃがなぁ?』
『ふんっだ、そんな物出来なくても生きて行ける時代だもん!! 女の子はやっぱり恋愛しなくちゃだめよ!! 大切な青春時代を修行して過ごすなんて馬鹿げてるよ!!』
『あ、あの、お母様、お祖母様、落ち着いて下さい……』
紛議する二人を見兼ねて、側にいた美里が声をかけたが二人は全く聞く耳を持たなかった。それを見兼ねたのか、側にいた父親が口を開いた
『んー、確かに家事が壊滅的なのは問題があると思うけど』
『ふふっ、こんな馬鹿娘でも見る目だけはあった様じゃな』
『でも、美里は家事は基本的に出来るし、標準レベルは軽く達してるんじゃないかな?』
『そ、そうだよね、美里ちゃんは青春するべきだよ!!』
二人から期待した眼で見られている父親は、妙案得たりと言った様に笑った
『つまりは二十歳までに花嫁修行をすれば良いんだから、美里の能力なら高校を卒業してからでも問題ないだろう。と、言う事で、高校で相手を探して来て、そのままその人と婚約って感じで花嫁修行に入れば良いんじゃないかな?』
『『それだっ!!』』
『あの……私の意見は……?』
「と、そう言う事になりまして……」
「何か条件が逆に厳しくなってないか? と言うより目茶苦茶な話だな……」
「御恥ずかしい限りです……」
美里はそう言うと、顔を赤くして俯いた。美里は少しそうしていると、顔を上げて翔を見つめ直した
「母は言いました、『結局は本当の人となりなんて付き合って見るまで分からないものよ、だからまずは経験ね。好きになったと思ったらとにかく驀進よ!!』と」
「それもどうかと思うけどな……」
翔は美里の母を思い浮かべようとして、ふと進を思い浮かべた。他人事ではない、事実見合いを組む予定だったと言っていたし、冗談だったとしても似ている。翔は美里に同情すら覚えた
「と、言う事で本などで恋愛について調べたのです。そして、翔さんに逢ったんです。翔さんはとても優しい方でしたし、雰囲気も……その、他の方とは違う、とても安心する物を感じました。あの時は戸惑ってしまいましたが、再び逢った時、これは天啓だと思ったのです」
「…………」
美里の考えもかなり特異だとは思うが、これは一歩間違えれば変な男に騙されたりしていたのではなかろうか。翔はそう思って、溜息をついた
「美里、そんなに焦る必要はないと思うぞ? と、言うより相手はちゃんと考えて選べ、分かったな?」
「え? で、ですが御母様は……」
「その母親の事は聞いちゃいけない、身を滅ぼすぞ」
翔がそう言い聞かせると、美里はクスッと笑った。今まで見せた優雅な笑みとは違い、それは、年相応の物だった様に見えた
「翔さんは私の事も大事にして下さるのですね。……でも、私には分からないのです。判断出来ないのです。恋をしていると言う事が、それがどう言う事なのか」
「そんなに難しい物じゃないと思うけどな。皆自然に覚えていく物だ」
「そうなのですか、では今私が抱いている感情は恋かも知れませんね。良く分かりませんが」
美里は楽しそうに笑った。やはり、美里の笑顔は相手を安心させるな、と翔は思った
「私は先輩方が、いえ、他の女の子が翔さんと接するのを見て、なんだか不思議な気持ちになるのです。むず痒い様な、苛立つ様な、そして私もそれ以上になりたいと思うのです。恋をする為に恋をした事になってしまいますが、私はこれがそうであって欲しい。今、翔さんとこうしている事に、幸せすら覚えてしまうのです。何をするわけでもなく、ここに居るだけなのに」
美里は言い終わると、また、今度はいつも通りに優雅な微笑みを携えながら視線を翔に送った。これはもしかして告白だったのだろうか、と翔は思った。そして美里はそれに気付いたのか、また少し顔を赤くした
「告白と言う物なのでしょうか、でもあまり勇気と言う物は必要ありませんでしたね。私が勇気を出すまでもなく、翔さんがそれをくれたんですよ」
「買い被り過ぎだ。でも、きっとそれは恋なんじゃないか。少なくとも俺は、そう思う」
自分に向けての、と言うには、羞恥心があり過ぎたが、翔がそう言うと美里は相槌を返してくれた。
「翔さん、私に教えて下さいますか? 恋をして、人を愛すると言う事を。誰かと添い遂げるのならば……いいえ、添い遂げたいと思うのです、誰でもない翔さんと」
「俺は我儘だからな? それに、知っての通り気が多い。最近ハッキリと自覚したからな」
「ふふふっ、覚悟はしています。でも翔さんは、私も愛して下さるのでしょう?」
美里はそんな答えを予想していたかの様に微笑む。もう不安そうな表情は消えてしまっている。
「古風と御思いになるかも知れませんが、妻は夫に尽くすものなのですよ? ねぇ、旦那様?」
「全く、本当に危なっかしいな。放っておけないよ、美里は」
翔はそう言って美里を引き寄せると、美里は翔を見つめながら眼を閉じた。外はまだ騒がしいが、気にする事もないだろう。今は美里の方が断然大事だ。翔はそう思い、美里に軽くキスをした。心無しか周りが静かになった気がした。……しかしそんな空気の中、入口の付近から音が聞こえて来た
ガタガタガタッ……
「「…………」」
その音を聞いて、翔と美里は固まった。なんと言うか、いたたまれない空気が場を支配する。良い雰囲気だったのだが、と翔は少し残念な気分になったが、今はそれどころではない
「いつから見てたんですか?」
「あ、あははははー……バレちゃったか」
「……琴がうるさいから……いけない……」
「ううっ、恥ずかしいです……」
翔がそう言うと、琴と真夕が入ってくる。真夕は琴を非難する様に見ているが、真夕も同罪だ
「いやー、美里ちゃんの様子がおかしかったからつい。私達が暴走しちゃったのが原因だし、仲違いしてたら不味いなーと……」
「……逆だった……」
「まぁそれは……む……!!」
翔が言い吃っていると美里はクスッと笑って二人の前で素早く翔の唇を奪う。翔が驚いた様に美里を見ると、美里は眼を細めた
「次からは、私も交ぜてくれなきゃ、嫌、ですよ?」
「…………」
この空気は何なのだろうか、翔が周りを見てみると琴はニヤニヤと真夕は柔らかく笑っている。美里もおかしそうに笑っていた。そんな空気の中、琴はポケットから何かを取り出した
「にしても、美里ちゃんの発言もギリギリよねー、ポチッと♪」
『次からは、私も交ぜてくれなきゃ、嫌、ですよ?』
「…………え?」
何度も何度もボイスレコーダーを再生する琴に美里は固まった。まさか、からかう為だけに、ここまで準備をしていたのだろうか
「……琴……準備だけは良い……」
「まゆまゆの時のもあるわよ? 翔ちゃんの声のだけど」
『真夕……』
「っ……!?」
続いて真夕も固まった。恐らく、真夕の家でのやり取りを琴は聞いていたのだろう。帰ったと思っていたが隠れていたらしい。全く持って無駄な事に頭が回るな、と翔は嘆息した
「こ、琴先輩!! それを貸して下さい!!」
「……それを渡して……ダビングして……消す……」
「えー、やーよ。後でアルバムみたいにするんだもの」
琴がボイスレコーダーを持って逃げ、真夕と美里がそれを追いかける。先程から何度も何度も空気が変わる。しかし、それも良いかと思う。誰が作る空気も翔にとっては居心地の良い物だ。翔は賑やかな三人を見ながら奇遇なこの状況に苦笑を漏らした
こんにちは、こんばんは、八神です。やっと文化祭美里編が一段落しました、次は魔夜編ですね、出来るだけ早く出せる様に頑張ります。 そういえば魔法的要素がもっと欲しい、と言うのを良くいただきます。これから終盤にかけては、私独自の魔法理論がかなり出て来ますので、そう言った物が好きな方はもう少し御待ち下さい、気に入って頂ければ良いのですが(笑) 恋:「まぁ、一応タイトルでも分かるように魔法の関係する物語だからな」 また、いきなり出て来ますね? たまには遠慮して下さい。あ、そう言えば『天使で悪魔な居候』の方もしっかりと更新しますよ? かなりぶっ飛んだ設定で申し訳ありませんが…… 恋:「あちらに当てる時間をこちらに使ったら、恐らく後10話は進んでいるな」 うっ……良いじゃないですか、伏線とかあんまりなくて直進するだけの話って言うのを書きたかったんですよ。 恋:「まぁ、今回は更新が少し早かったな。昔に比べればまだ遅いが」 一週間に二本ですか、今じゃ考えられないですね 恋:「もう少し努力をしたらどうだ? まぁ、次も縮める事だな」 はいはい、分かってますよー。 さて、まじかるタイムでの感想、評価を宜しくお願いします!! 毎回感想をくれるラグさん等には本当に力を貰っているので♪ 恋:「と、いうことで作者に直接送るメッセージでも構わないからどんどん送って欲しい」 それじゃあ皆様、次の後書きで会いましょう♪