第50話:光明祭開始!!〜トラウマを乗り越えて〜
ピピピピッ、ピピピピッ、カチッ
「う……ん、もう起きないと……」
いつも通りに鳴る目覚し時計を止めて眼を擦る。もうすぐ夏だということもありかなり早い時間にも関わらず明るくなって来ている空を見てから、優はベッドを降りようとして、気付いた
「行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない」
「そんな隅っこで何してるの?」
朝早くからベッドの隅の方で体育座りをしている翔を見て、優は驚きと言うよりも呆れに近い感情を持って言った
「優……学校行きたくない……」
「……何小学生みたいな事言ってるのよ……」
そう言って優は溜息をついた。今日は光明祭の一日目だ、まぁ行きたくない理由はなんとなく分かっていたのだが、美里によって誤魔化されていたはずだ
「理由を話しなさい」
「…………」
優に言われて翔が指を指したのは50ページ程ありそうな本。これは所謂同人誌と呼ばれる物で、翔と……男だった頃の優を題材とした物だ。これをきっかけに翔には男との同性愛に対するトラウマがついたのだが……
「なるほど、お爺さんね」
恐らくは昨日、光明祭に来るなと翔が言い聞かせたのが原因だろう。その時の進も、今の翔の様な感じで暗くなっていたのを思い出し、優は改めて似ているなぁと思った。……これは多分、仕返しなのだろう。かなり子供染みてはいるが。まぁ、とにかく今は翔を学校に引っ張って行く事が優先である
「翔、駄々捏ねちゃ駄目でしょ?」
「……やだ」
「よ、幼児化してる……」
拒否と同時に俯く翔を見て、優は表情を引きつらせた
「翔が行かなきゃ美里との約束はどうするのよ?」
「うっ……」
「落ち込むわよ、あの子」
「ううっ……」
「ほら、顔を上げて」
優の説得が完了すると翔は渋々顔を上げた。美里で説得したのは不本意だが仕方がない、緊急事態だ
「それじゃあもうちょっと寝てても良いわよ、今から朝ご飯作るから」
「……分かった……」
「とまぁ、そういう事があったのよ」
「翔さんが私の為にですか? うふふ、照れちゃいます♪」
「私はそれよりも優と篠原君が寝起きを共にする新婚生活してる事の方に驚いたわ……進んでるわねぇ」
優と魔夜は大繁盛中の男女逆転コスプレ喫茶の隅に座っている、美里は執事服姿で仕事片手に優から朝の話を聞いていた。して……話題の中心はと言うと
「あ、あの、写真取って良いですか?」
「写真やセクハラは御断りです♪」
「この後俺と一緒に……」
「仕事中ですから♪」
三人が視線を送っているのは完璧に美少女に化けた翔。そう、完璧だ、姿だけでなく行動までもが完璧だった。料理班は少し見えにくい場所にいるのだが、それでも先程から翔に近付いてくる者は絶えない。美里や居座っている二人にも近付いてくるのだが、翔がさり気なくそちらに行かない様にカバーを入れるのであまり被害はない。とはいえ、カバーを入れると言う事は翔の方に来る客は増えると言う事であり、まぁ所謂悪循環
「翔さん優しいですねぇ、惚れ直します♪」
「あー、でもなんか助け船出した方が良くないかな? 絶対無理してるわよ、あれ。なんか現実逃避気味?」
嬉しそうに笑う美里と翔を案じる魔夜とは別に、優はじっと翔の指先を見ていた
「指、怪我してる」
「え……?」
「指……ですか?」
優はそう言うと、二人が反応するのより早く立ち上がり、翔の方へ歩き出した。翔もそれに気付いて完璧なメイド演技を続けたまま表情に疑問を浮かべる。優はお構いなしに翔の手を取って引き寄せた
「優さん、どうかしましたか?」
「料理中に怪我したのね、気付きなさいよ」
優は傷口を見つめながら心配そうにそう言うと、それを口元に持って行き……唐突に口に含んだ
「……ん……ちゅ……あむ……」
「「「なっ……!?」」」
優が翔の指に舌を這わせた瞬間、空気が凍った。料理係の手も止まり、騒がしかった店内が一気に静まり返る。優を見ていた魔夜と美里も唖然としている。先程家での事を話してもらったが、何というか、現実に、目の前で、人目をはばからずにこういう事をするのを見ると何も言えなかった
「あの……優?」
「……んぅ……ちゅ……はぁ……取り敢えず、魔法で皮膚を再生するのは良くないから黴菌だけ入らない様にしておくわね?」
「あ、ああ……ありがとう」
「ふふっ、どう致しまして」
優は翔の御礼を聞くと、少し頬を赤らめてからクスリと笑った。そして少し名残惜しそうに翔の手を離して、静まり返った店内に気付いて見渡すと、鼻血を出して崩れ落ちている男子や、同じく顔を真っ赤にして壁に持たれかかって座っている女子にも気付き、机に俯せになっている魔夜を見てから、首を傾げた
「……ねぇ、皆何してるの?」
「「「刺激が強過ぎです……」」」
優は周りの反応に終始首を傾げていた。つまり、美少女同士の絡みは危険ですよ、と言う話だ
「ふぅ、お待たせしました。やはり男性は着替えが早いですね」
「まぁな、服は女物だったけど」
仕事の時間が終わり、誰よりも早く着替え終わった翔は、約束通り美里と回るために待ち合わせをしながら、やっと終わった悪夢に安堵の息を漏らしていた。また明日ある事は今は考えないでおくらしい
「それじゃあ何処から回る?」
「んー、そうですねぇ……」
美里は悩む様にパンフレットを見た。こうしていて改めて思ったが、美里は落ち着いた空気を醸し出す。それに関しては真夕も似た様な雰囲気があるのだが、真夕はちょっと天然混じりな所や、琴と一緒にいるからか少しからかい気味にしてくる時がある。それを考えると美里から出る落ち着いた空気は、翔があまり感じた事のない物だった
「翔さんは行きたい場所とか無いんですか?」
「俺? んー、取り敢えず琴先輩と真夕先輩のクラスには顔を出さないと後が怖いな、白夜と暁のクラスは一応行くつもりだ。白夜には会いたくないけどな」
「じゃあ、近い方から行きましょうか♪」
翔がそう言うと、美里もクスッっと笑って同意した。近い方と言うと、やはり一年のクラスだ。確か、ホスト喫茶をやると言っていた様な気がすると思い出しながら向かった
「これは……凄いな」
「うわぁ……行った事はないですけど、なんかそれっぽいです」
ついて見るとそこには少し暗めな内装の店があった。壁紙も張り替えられて、黒板は外され、代わりに今の売上ランキングが掛けられている。現在は白夜がNo.1、暁が僅差でNo.2、その後はかなり差が開いているから、あの二人がツートップで営業しているのだろう。そう考えている内に受付がこちらに気付いて近寄ってくる
「御指名はどうされますか?」
「白夜と暁……まぁ二人共は無理だろうから暁を頼む。ぶっちゃけ白夜は要らない気がする」
「承りました、それでは3番テーブルで御待ちください」
翔と美里は、指定された本来なら窓がある側の席に座った。暫くすると、少々疲れた様子の暁と白夜が一緒に翔達の所へと来て座る
「お待たせしました篠原さん、愛沢さん。先程の方が離してくれなくて……」
「全くだ、まぁ一応客だから無下には出来ないからな、仕方ない」
「御二人ともお気になさらず。翔さんといれば退屈する事はありませんから」
二人の話を聞く限りは無理矢理時間を作ってくれたらしい、流石に二人は無理かと思っていたが、わざわざ時間を空けてもらって悪い気はしない
「悪いな、でもツートップが抜けて大丈夫か? 後白夜、さり気なく擦り寄るな気持ち悪い」
「そろそろ休憩を取ろうとしてましたし、大丈夫ですよ。後白夜君、こんな所で脱がないで下さい迷惑ですよ」
二人で変態的な動きをする白夜を咎めると、白夜は渋々普通に座った
「それにしても、やっぱり客は女の人ばっかりですね。結構儲ってるんですか?」
「ええ、売上は上々ですよ。主に先輩方が来てくれますね、値段も高めの設定ですしね」
「なるほどなぁ、でも良くホストクラブなんてOK貰えたな? 生徒会員のクラスだし、風紀委員だっているのに」
翔が頭に浮かんだ疑問を言うと、暁の顔がフッと暗くなった。そこだけ空気が暗くなった感じだ
「反対? 反対なんてされませんよ、むしろ推されました……。僕は反対だったのに、誰か反対すると思ったのに、権力なんて……権力なんて……大嫌いです……」
「あ、いや、すまん暁……」
何かいけない所に触れてしまった様だと翔は後悔した。何となくこうなった理由も分かるし、かなり同情出来るので尚更悪いと思ってしまう
「篠原さんは悪くありません、いいえ、誰も悪くは無いんです……。もし悪かったとすれば、それは運が悪かっただけですよ、ふふふふふ……」
翔は暁の暗い表情を見て、何があったかは聞かないでおこうと心に決めた。白夜もさり気なく眼を背けてるし
「さ、さて、美里、俺達はそろそろ行くか。長居するのも、うん、あれだしな」
「あ、はい、そうですね、あれですものね。そ、それでは御二人共頑張って下さい」
「もう行くのかい、我が伴侶よ」
「黙れ」
気持ち悪い事を言う白夜に冷ややかな視線を送ってから、翔達はその場から立ち去った
「……あ、翔君……」
「いらっしゃーい、翔ちゃん、美里ちゃん♪」
「うわっ……ここもまた癖があるな……」
「わぁ、凄いネコの数です……」
暗い部屋から一転して、明るい雰囲気の部屋になる。と言うのも、この琴と真夕のクラスの店の名前は『我らのニャンコ王国』、最早約一名の趣味丸出しだ。ここにも権力や人徳を無意味に使う人がいる
「これはまた誰が発案したか簡単に分かりますね」
「……言うまでもなく琴……皆に着いてる猫耳も……」
「凝ってますねぇ、流石は御島先輩です」
美里は感嘆しているが、ただ自分が着けたかっただけだろう、そして皆に着けたかっただけだろう。男子にまで着けてる辺りは徹底していると思うが……
「ほら、美里ちゃんも翔ちゃんも柵の中に入って来なさいよ。和むわよ〜♪」
「……来る……」
琴と真夕が柵の中から翔達を招く。猫耳美少女二人に手招きされると言うのも、先程のホスト喫茶並に風紀的にどうかと思うが猫とは触れ合いたい。翔も美里も小動物は大好きである。二人が入ると何匹かの猫が擦り寄って来た
「ふふっ、可愛いですねぇ」
「ああ、これはなかなか悪くないな……」
周りを見ると、結構色んな幅の年代の男女がいて、ここも随分繁盛しているように見える。猫も定期的に休ませて他の猫と入れ替えているし、衛生面も気をつけているようだ
「ねぇ、翔ちゃん」
「なんです?」
「これでもう満足かしら?」
「…………」
この何か企んでいますと言っている様な言い回しと視線はなんだろうか、ハッキリと目元が笑っているし、薄く分かりにくいが琴の顔が赤い気がする。翔が訝しげに見ると、琴はチラッと美里と猫と戯れあっていた真夕に視線を送る。そのまま二人はスッと翔の方に近付いて……
「……隙あり……」
ぎゅっ♪
「「なっ……!?」」
真夕が呟いた瞬間、前から真夕が、後ろから琴が抱き付いて来る。翔は払い除けて逃げ出すわけにもいかず、両側からのサンドイッチ攻撃を体で受け止めた。ちなみに周りからも色んな視線が突き刺さったのだが、同時に悲鳴をあげた美里の方からの視線が痛い、とても痛い
「翔ちゃん専用の特別サービスよ♪」
「……にゃぁ……」
「ふふっ、気持ちいーい?」
猫撫で声で顔を赤らめながら二人から擦り寄られる様子は、周りから見ればかなりの誤解を招きそうな光景だった。いや、誤解も何も無いのかもしれないが、美里に真顔で鬼畜とか変態だと言われるのは宜しくない、出来れば周りの人にも言われたくはないけども
「……琴先輩、此所っていかがわしい店でしたっけ?」
「んーん、猫を愛でる店」
「その格好でその言い方だとそう言う店にしか聞こえませんよ!!」
翔が非難するが全く効果なし、むしろ余計に擦り寄って来る始末だ
「あの、真夕先輩そろそろ」
「……嫌……」
「いや、あのですね」
「……いやぁ……」
視線が痛過ぎるので真夕から先に離れて貰おうとしたが、一回目はキッパリと二回目は甘えた声で拒絶されてしまった。翔は、我ながら真夕に甘いなぁ、と思って諦める
「まゆまゆも私も、今週は仕事のせいで翔ちゃんに会えなかったんだもん……。クラスの仕事で今日は一日使うから翔ちゃんのクラスにも行けなかったし……ねぇ、駄目……?」
「…………」
琴は翔の首に手を回して、肩越しに瞳を潤ませながら懇願した。確かにあんな事があったにも関わらず、琴は出来るだけ翔にはいつも通りにしてきた。確かに噂を広めたりはしたが、それでも澄達の事を気にしていたのだろう
「俺が断れないの知ってて言うんですよね……、人が居ますし、少しだけですよ?」
「ふふっ、ありがと、翔ちゃん」
「……翔君……良い匂い……」
翔が許可を出すと、二人は安心した様に弛緩し、先程よりも積極的に翔に甘え出す。翔はそんな状況を先程とは違って、不思議な物を見る様な眼で見ている美里に気付いた。琴と真夕が望んだ事とはいえ、美里の前でこういう事をしてしまったので、非難の視線を向けられる事くらいは覚悟していた為に翔は少し動揺する
「美里……?」
翔は、そんな美里にどうしたのか聞こうと琴達から視線を外してしまった。そして次の瞬間、空気が待たしても凍る事になる
「翔ちゃん……」
「……翔君……好き……」
ちゅっ
「「「…………」」」
翔の周りの空気が固まった。正確には翔の頬に両側からキスをした二名と翔の周りだ。熱を帯びた瞳で二人はスッと唇を離した。事の起こりから若干5秒の御話しである。そして、時が動き出す
「……キス、しちゃった♪」
ブチッ
「「「我慢出来るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」」」
「くそっ、くそぉ!! 何であいつだけが、何であいつだけがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
琴が微笑んだ瞬間、同じクラスにいたクラスメイトや他の客が悲鳴に近い雄叫びを上げた。翔は身の危険を感じて立ち上がった。琴と真夕も渋々といった感じだったが手を離した
「やばい、美里、逃げるぞ!!」
「あ、は、はい」
「逃げたぞ!! 絶対に逃がすなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「二学年のアイドルを両方共持っていきやがって……お前だけは、お前だけはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「逃走時も女連れなのか!? いい加減にしやがれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
翔が美里の手を引いて教室を出ると、周りのクラスメイト達が部隊を分けて追いかけて来た。猫耳を着けたクラスメイト達が主力部隊の様だ。
「猫耳の男達に追いかけられるなんて、考えても見ればシュールな状況だよな……」
翔はそう言ってどうやって振り切ろうかと考え出した。美里は翔の手に引かれて走っていたが、逃げながらも、何かを考えているかの様に言葉を発さなかった。