第44話:ある昼下がりの決闘
「もー本当に格好良くなっちゃって、でもまさか真夕ちゃんと知り合いになるなんて、世間って狭いよねー♪」
「そうですね」
新羅は紅茶を注いだティーカップを片手に笑いながらそう言った。一方、真夕、茉子、蘭はそんな新羅を唖然として見ている。翔はと言うと新羅の向かいに座ってカップを傾けつつ話を聞いていた。
「最近爺ちゃんとは会ってないんですか?」
「まっさか、翔坊君が学校に行ってる間とかに毎日の様に会ってるよ。翔坊君が帰って来る前に帰っちゃうけど」
新羅はそう言って、さっきとは違う苦笑の様な笑みを浮かべた。
「俺がいない時…? またなんでです? 爺ちゃんに会うなとでも言われたんですか?」
「進君はそんな事言わないよ? ちょっと気が多くてかなり最低な性格してたけど今はそうでもないし。進君はもう私を含めて二人としか…その…うん、まぁ気にしないで…?」
「分かりました、後で反省させときます」
顔を赤らめてどもる新羅が言わんとする事を理解して翔はテーブルの下の拳を固めた。取り敢えず手足を縛って何も与えず限界まで虐待してやろうか、あの年甲斐のない節操なしめ。二人の内の一人は婆ちゃんだと思うから聞き出す必要はない。帰ったら早速実行しよう。
「でも、それならなんでです?」
「んー、なんでだろうね? まぁ、そんな事はどうでもいいんだけど」
新羅は本当にどうでも良さそうにそう言って、手に持っていたカップを置いた。なんというかはぐらかされた感じがしたが取り敢えず気にしないでおく事にする。そんな翔の反応を見て新羅は優しく笑って……瞳を輝かせた。
「相手は決まったの? 子供の予定は? もう名前とか決めちゃったかな?」
「貴方もそういう事言う人なんですね…爺ちゃんの知り合いなのも納得です」
新羅はまさしく進の知り合いだと、翔は思った。進もこういう時にはニコニコと無邪気な子供の様に笑うのだ。そして最近では未来の子供予想画なる物まで書き始めている。少しは成長して欲しい物なのだが……。
「もし決まってないなら私考えてあるんだ♪ 女の子なら未来で男の子なら…」
「あーもう、少し落ち着いて下さい!!」
「えー…」
「えー、じゃないですよ。大体そんな予定はありません」
翔がそういうと新羅はあからさまに不満そうな顔をした。本当に似ている。類は友を呼ぶと言う言葉が浮かび鬱になりそうだった
「意気地無しだね、進君なら一週間あればそこまで進展させるのに…翔坊君って女の子と付き合う気あるの?」
「あれと一緒にしないで下さい……それとまあ、ない事はないですけどね」
翔がそう言うと新羅は諦めた様に嘆息した。なんでこの人に不純異性交遊を推進させられているのだろうか。翔が『ない事はない』と言ったのを聞いて、今迄黙っていた蘭がクスリと笑って口を開いた。
「やっぱり真夕ちゃんが良いと思いますよ? ほらほら、無垢な美少女って萌えますよねー? あー、真夕ちゃんは本当に肌白いですねぇ♪」
「…っ…!? …ん…蘭……何して…あっ…」
「あー、蘭ちゃん狡い。私もまざろっと♪」
「ひゃっ!? お母さん…耳…っ…」
目の前で茉子と蘭が真夕に向かって襲いかかった。二人がチラチラ翔の方に視線を送る度に翔は気恥ずかしいと言うか本気で恥ずかしかったのだが、それが翔が声をかけるまで止めない合図だという事が翔にも伝わったので恥ずかしさを堪えつつ溜息混じりで真夕の方を見た
「…翔君……」
「…うっ……」
バッチリ眼があった。蘭と茉子がニヤけているのが分かる。
「奥様」
「蘭ちゃん」
「「ぱーす♪」」
「なっ!?」
「…あ……」
蘭と茉子に突き飛ばされた真夕が翔の方に倒れ込み翔がそれを受け止めた。お互いに腕を回してしる二人を何も知らない人が見れば、まず確実に人目をはばからず抱き付いている様に見えるだろう。
「あら、お似合い♪」
「あ、お母様もそう思います?」
「思う思う! あ、蘭さん、客間のベットをダブルにしておいて頂けますか?」
「もう変更済みです、大奥様!」
と、翔の隣で翔にとって物凄く危険な話がされていたのだが二人には聞こえていなかった。何というか緊張のあまり固まってしまっていた
「…あの…先輩…?」
「………」
何とかしようと声をかける翔とは違い真夕は真っ赤になったまま動かない。どうしたものかと考えつつ翔はそこで初めて自分の手が真夕の腰に回っているのに気付いた
「うわっ!! すいま……」
「きぃぃぃさぁぁぁぁぁぁぁぁぁまぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「……ちっ、回復早いわね……」
部屋に響き渡る怨嗟の声。それに混じってかなり酷い発言がされた気がしたがそれは気にしないでおく。翔は声の主の方を力なく寄り掛かっている真夕を支えながら見た
「なんですか?」
「なんですか? じゃない!! 分かっているだろうが!!!」
「分かってるけど認めたら過ちを犯しそうだから分からないフリを通しているんですよ、文句ありますかっ!?」
翔の必至な叫びに乱入者、流は少したじろいだ。翔は真夕の方をちょっと見てしまった。身長差のせいで上目使いだし、何の抵抗もする様子がない。翔は見るんじゃなかったと後悔しつつまた流の方を見る。
「それで、何でしょう…」
「ふふふ…篠原翔……俺はお前に決闘を申込む!!!」
「……はぁ…?」
真面目な顔でそう言い渡した流に、翔はまた面倒な事になって来たなぁと真夕の方を見ない様にしながら思った。ちなみに回された腕は終始そのままだったらしい
「えーっと、それで決闘って具体的にどうすれば…?」
翔は綺麗に手入れをされた庭に連れてこられると流にそう聞いた。実際決闘なんて物騒な事はやりたくないのだが何と言うか断っても無駄な事はもう分かりきっているし、翔は自分が周りに流されやすい人間だと分かっているので、出来るだけあまり被害が出ない方法で穏便にと思っていたのだが…
「決闘って言ったら刀で切り合うのが最初に浮かぶけど、お互いに魔法使いなんだし、魔法で勝負するのが良いんじゃないかな?」
「ふふふ……そうだな、それがいい」
茉子がそう言うと流は怪しく笑いながら同意した。なんて事を言ってるんだろうあの人は、止める気とかは全くないらしい。
「あのー、もうちょっと穏便にやりませんか?」
「怖じ気ついたか若造が!! だがまあ人殺しは犯罪だ、仕方ない。真夕のパパとしてそれはいかん。……そうだな、取り敢えず降参するか戦闘不能になるまでで良いだろう」
「ありがとうございます」
早々に降参して負けるかな、とか翔が考えつつ流と間合いを取る。しかし、始めの合図の前に真夕が思い付いた様に口を開いた
「…負けたら…優ちゃんに話す……」
「流さんすみません、人には戦わなければならない時があるんです」
翔は敢えて何を優に話すかは聞かなかった。いや、多分この家に来た事だろう。なんて致死率の高い脅しなんだ。翔はそう思いつつ情けない気持ちになっていた
「始め!!」
「安心しろ若造、眼と耳と手と足を潰すだけで済ませてやる!!」
「もうボロボロじゃないですか…」
蘭が始めの合図をすると同時に流がそう言いながら突っ込んで来る。
刀は鞘に収まったままだ。どうやら抜刀術を使うらしいと先程の言葉に突っ込みつつ翔は推測した。翔はこういった相手は何人も知っている。歳の差も経験はともかく魔力に関しては問題ない。だから自分に出来る事をいつも通りにやるだけだ。
「避けずに受けるか、その意気込みはよし」
「………」
別に意気込みがどうかと言った問題ではなかった。翔は以前琴にやった様に球状のフィールドを張る。
「む、貫けぬか」
抜かれた刀はそのままフィールドを切り付ける。そして同時にフィールドは白く輝き、その輝きは数回の衝撃波となり流を襲った。
「ぐっ」
「すいません、これしか出来ませんから」
衝撃波を数回に分ける事で流へのダメージを軽減したつもりだったが流の魔力を含んだ斬撃による攻撃が予想以上に強かったらしく返す力も増えてしまったようだ。人を攻撃するのは好きではない、創造空間ですらためらった程である。現実で人に攻撃するなど絶対にやりたくなかったのだが…
「負けたら……」
「分かってますよ……はぁ…」
優は最近怒り方と言うか攻め方が変わって来ている。この前朝に澄が家に来た時には澄が帰った後には暴力ではなく甘える様に擦り寄って来て大量の精神攻撃を加えられたし、メイド服の件もある。最近の優の言葉には何故か反論出来ない。
「若造…なかなかやるじゃないか」
「そりゃあどうも…出来たら降参とかして欲しいんですけどね」
「断る、真夕は渡さん!!」
なんで真夕を掛けて戦っている事になっているんだろうか、真夕の意志などお構いなしだ
「仕方ない…俺に出来る戦闘魔法なんて限られてるしな…」
「何を言って……なっ!!」
翔は手を天に伸して魔力を集中。その手に向かい魔力の柱が形成されていく。琴の時よりは魔力密度を押さえてあるが、一般的にはかなり高いとされる密度を持っているはずだ。勿論当たれば痛いでは済まない。
「降参して下さい、魔法も打撃も俺には効きません。掌サイズの玉では流さんは倒せないでしょうし、俺にはこんな何の工夫もない魔力の塊をぶつけるくらいしか出来ませんが、攻撃を全て防いでしまえばいつか当たるのは貴方も分かる筈です」
「くっ…」
翔の言っている事が嘘ではない事を流は先程身を持って知っていた。流の最初の攻撃は渾身の力を込めた物であったのだ。それを完璧に、しかも反撃付きで防がれては流に対抗出来る手段はない。魔法による戦闘は確かに魔力だけでなく、武術や戦略も大きく関係してくるが、流は翔の力を知らなかった為になんの準備もしていなかった。
流は心の中にあった油断すら翔に見抜かれた事を知って困惑する。だが流は引く気は全くなかった。流の勝手な思い込みではあるが真夕を賭けて戦っているのだから流には負けられない理由がある。流が覚悟を決め、刀を握り直す。そして困った様に顔をしかめる翔に向かって突進しようとした、その時だった。
「……お父さん……見苦しい……」
「ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
真夕の侮蔑の視線と同時に発せられた言葉に流はよろめいて崩れ落ちた
「ま、真夕。パパはお前の為を思って…」
「…翔君が手加減してる…それくらい分かって……恥ずかしい……」
真夕は溜息混じりにそう言った、最後に視線を逸らすオマケつき。
「ま…真」
「…しつこい人…嫌い……」
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
ドサッ
「旦那様戦闘不能の為、勝者、篠原様♪」
「………」
蘭が明るくそう言うのを聞いて、翔は『嫌い』の一言で意識を失った流に同情の視線を送りつつ、天に伸びていた魔力を霧散させた。一方真夕は流に侮蔑の視線を送るのを止めて翔の方に近付いて行き、翔の目の前で立ち止まり、そのまま先程と同じように抱き付いた。
「…えーっと…真夕先輩?」
「……賞品……」
「え、いや…」
「……賞品……」
「あのですね…」
「………要らない……?」
「うっ」
真夕は寂しそうに翔を上目使いで見る。なんだろうか、優の時とは違うのだが全く逆らる気がしない。と、いうより逆らえる奴がいたらそれは相当なサディストだろう。勿論翔にはいたいけな少女を突き放して喜ぶ特異な性癖はない。
「いや、要らなくはないんですが…って、そう言う事ではなくてですね!!!」
抱き付いたままの真夕は焦って諭す翔に『じゃあ何?』とでも言う様な表情で首を傾げる。実は真夕は翔と流の戦闘中に今少し離れた所で事の次第を見ている三人組に入れ知恵をされていたのだが、翔がそれに気付いて真夕を諭し終わるのにはまだまだ時間がかかりそうだった。