第37話:光明祭、そして
「翔坊、朝じゃぞ。起きんか!…むぅ、優ちゃんの苦労が良く分かるのぉ…」
「んー…ん?爺ちゃん…?なんで爺ちゃんが起こしに来るんだ?」
翔は眼を覚ますと同時に周りを見渡した。優が遅刻、珍しい事もあるもんだと思いつつ翔は身体を起こした。今日はどうやら雨らしく、雨が窓に当たる音がする
「優が遅刻なんてなぁ。中学時代は俺に強制無遅刻させた位なのに」
優は一度起きない翔の着替えを全て一人でこなして、寝たままの翔を学校に連れて行った事があり、それ以降優に着替えさせられる事を恐れた翔は優の一声で起きるようになった
「…その優ちゃんの事なのじゃが、今日は欠席との事じゃ」
「なっ…優が欠席!?あの完璧超人の優がか!?」
翔が驚いた様子で進に言って、すかさず外を確認した。雨が降っている、槍や魔弾は降ってきていない。どうやら天変地異は起きていない様だ。少なくとも今はまだ。それを見て翔はひとまず胸を撫で下ろした
「翔坊は優ちゃんをなんだと思っとるんじゃ…?」
「いや、つい。…で病気にでも掛かったか?大丈夫なのか?念の為に学校行く前に見舞いに行っとくか…」
翔が心配しているらしい所を見ると進は少し微笑して翔の肩を叩いた
「いや、さっき電話で何か大事な用事があるとかで一日家にはいないと言っておったぞ?そんなに心配せんでも大丈夫じゃ」
「そうか、なら良いんだけど…っておいジジイ!!何を笑ってやがる!!朝食抜くぞ!!」
翔がそう言うと進は途端に土下座の姿勢に入り謝った。翔は舌打ちをして進に部屋から出る様に言った
「今思うと俺ってかなり優に頼ってるよなぁ…。このままじゃいずれはダメ人間だ…何とかしないと…」
翔はそう言って溜息をついた。いつもよりは少し時間がないがそれでも朝食を取っている時間はある。翔は今日の時間割を思い出しながら着替えを始める
「にしても、優の大事な用事か…なんだろうな…」
翔は何となく引っ掛かりを感じながらも着替えを済せ、朝食を作りにリビングへ向かう。作り終わる頃にはそんな疑問は消えていた
「ええ!!優ちゃん欠席なの!?あの優ちゃんが…病気か何か?」
「いや、なんか用事があるらしいぞ?」
翔が教室で優の話をすると澄が驚いた様に声をあげた。魔夜は知っていた様だがそれでも驚きの様だ。翔はそれを見て、呆れた様に言った
「そんなに驚く様な事か?一回用事で休んだくらいで…」
「驚きよ。だって篠原君の事を優が起こしに行かないなんて…。篠原君絡みの仕事を他人にやらせるなんて有り得ないわよ」
「優ちゃんだからこそ、それは有り得ないよ。なんかその用事ってのが気になるなぁ…」
「なんだよそれ…」
魔夜がそう言うと澄がそれに同意した。翔はそれを聞いてますます呆れた。まぁ確かに翔も最初はそれに近い事を思ったが、たかが一日起こしに来ないだけでそこまで色々言う事はないだろう
「はぁ…優にGWの事聞こうと思ってたのになぁ…」
「だから魔夜!!あれはちょっとたまたま偶然買い物中に会っただけなんだって!!」
「そ、そうだよ?偶然優ちゃんがお姉ちゃんさらってどっか行っちゃってね!?」
「…嘘ね」
魔夜のズバッと切り込む様な言葉に翔と澄はたじろいだ。まさかこんなに自信たっぷりに言われるとは思ってなかった。まぁ実際嘘なのだが
「優が篠原君と自分以外の女を二人にする筈ないじゃない」
「うう…そこは本当なのに…」
澄が聞こえない様に呟くが魔夜は態度を変えない。そう言えばおかしいと言えば優が翔の外泊を許可した辺りからだと澄は思案した
「で、どうなのよ?」
ガラッ
「はーいHR…あれ?未倉さんなんでそんなに恨めしそうに先生を見るんですか?先生落ち込んじゃいますよ?」
「助かった…」
奏の参入につき停戦。魔夜は不服そうに席についた。翔と澄はホッと胸を撫で下ろす。全く持って危なかった、魔夜は何だかんだで切れ者だなぁと翔は考えを改める
「何だか引っ掛かりますがHR始めますよ♪とここで悲しいお知らせです」
奏が全く悲しくなさそうな顔でそう言った。優が休んだ事だろうと翔達は予想したのだが、次の一言で凍り付いた
「葉山優さんが退学…いえ、私もよく分からないんですけど特例がどうとかで退学扱いになりました」
「………はい?」
沈黙
「司ちゃんもよく分かってないらしくて理事長も権力には勝てないとか言ってましたが、そう言う事で今日はいません」
「「「ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?!?!?」」」
教室内によく分からない悲鳴の様な驚愕の様な声が響く。特例で退学?権力ってなんだ?翔の頭に疑問が多々浮かぶ。澄の方を見るとこちらは口を半開きにして驚愕の表情を作っている
「あ、安心して下さい戻っては来るみたいなんで。ただ戸籍とかを色々いじくる必要があるから学校側も一度退学させるのが良いらしくて」
「…戸籍…。なるほどね…」
魔夜が何やら一人で納得している様だったが翔には全く理解出来ない
「魔夜、一体どういう…?」
「…明日になれば分かるわよ。多分…ね」
魔夜はそう言って澄にニコリと微笑み掛けた。澄はなんで魔夜が笑っているのか分からなかった
「魔夜ちゃん…どうしたの?」
「ううん、なんでもない♪あ、この前何があったか教えてくれたら教えてあげるわよ?」
「うっ…だから何もないわよ…」
澄がどもると魔夜は面白そうに笑う。澄は、やっぱり黒い…と呟いた。
「まぁつまりは葉山さんは欠席なわけですよ♪それじゃあ一時間目はLHRです。今度の光明祭についての話し合いをします♪取り敢えず各クラススローガンを出し合うんですけど…」
奏は優の事をサラリと流して今月末に行われる文化祭、光明祭の話に入った。本来はこの時期は体育祭なのだが、奏と理事長が体育祭は涼しくなってからが良いと勝手に順番を変えてしまったのだ。そしてそのスローガンなのだが…
「実はさっさと終わらして何をするか決めたいので私が勝手に出して来ちゃいました。だから問題ありません♪」
「ま、また傍若無人な…。一応聞きますけど、どんなスローガンなんですか…?」
翔が呆れつつも突っ込むと奏はよくぞ聞いたと教卓の上に上り宣言した
「我がクラスのスローガンは『目指せこの世の桃源郷!!お金と恋は計画的に♪』です!!」
「今すぐに取り下げてこいよ!最後の方が意味分かんないし、生徒に何をさせる気だよあんたは!!」
「えー…。折角作ったんですよ?嫌です!これで行きます!!」
翔は奏の無駄に固い不動の決意の様な物を感じ取り、溜息をつきつつも諦めた。もうこうなったら司を連れて来ないとダメな事は既に分かっている。無駄な事はしない
「さてさて、では何をするのか決めないといけませんね♪それじゃあ…愛沢さんは司会、小波さんは書記、未倉さんは御島さん達のGWの事についての取り調べをお願いしますね♪」
「任せて下さいな、かな先生♪」
「なんて指示を出しやがるこのヘボ教師がっ…!!」
翔の声が聞こえているのかいないのか、奏は鼻歌を歌いながらコスプレ雑誌をめくっている。たまに、『これ司ちゃんに似合うかも…』と呟く様を見ると翔はもう溜め息しか出ない。
「それでは文化祭の出し物を決めます。あ、魔夜さんは後でちゃんと報告して下さいね?最早義務ですから♪」
「モチのロンよ♪」
美里は魔夜にそう言うと教卓の前に立った。
奏の指示を忠実にこなそうとする3人。
澄の方を見ると魔夜にジリジリと近寄られて絶体絶命だ。クラスの女子に関しては恋愛絡みの事への興味満点だから止めないだろうし、男子に関してはまた篠原かよ…と言う嫉妬の視線を向けてくる始末だ。ちなみにカズだけは事情を知っている辰に聞いたのかデータをまとめている。敵だらけのまさしく四面楚歌だ
「さぁさぁさぁ、澄ちゃん吐いちゃいなさいな♪早く楽になりたいでしょ?この魔夜さんが楽にしてあげるから…」
「い、言えないもん…。何もないから言えないんだもん…。翔君も見てないで何とか言ってよぉ…」
翔は捨てられた子猫の様なまなざしを向ける澄に少したじろぎつつも、何と言い訳をすればこの状況を打開出来るかを考えるが特に良い案が浮かばずにただ苦笑するしかなかった
「ほれ、準備だけはしといたから何時でも出来るぞい」
「しっかし…私は何も言ってなかったのに…よく私の考えが分かったわね?何でよ?」
暗い倉庫の様な場所で、優は呆れた様に呟いた。それを見て進はさもおかしそうに笑う
「特に理由はないわい。ただ一度成長してからじゃと色々と面倒じゃしのぉ。幼い時の様にはいかん…まぁあれも相当無茶苦茶じゃったが…。いずれにせよ、その内必要になると思っとったからの…」
「私は準備なんてしないでやるつもりだったんだけど…ありがとお爺さん」
優がそう言って礼を言うと進は、やっぱりのぉ…と肩を竦めた。優の無茶にはもう慣れたし、大体の無茶も優の魔力と知識があれば通ってしまう。そんな事は進も分かっていた。
「でも、おかしな話よね、自分への戒めを自分で…。それにその理由までも…これじゃあ何の為に男になったんだか分かったもんじゃないわ…。本当に私…何やってるんだろ…」
優が自嘲する様に微笑する。しかし進はその言葉を聞いていないかの様に何も言わずにテーブルの上の杖を取った。
「手伝った方が良いかの?」
「いい、一人で出来るわ…。…ねぇ…翔は…」
「…?」
優はそれっきり黙り込んでしまう。進も孫の名前を出したまま喋らない優を訝しげに見た
「翔は…どう思うかな…?」
「………」
「それに…もし私のせいで…また…」
それより先を言う事をためらう様に口を閉じた。そしてまた口を開く
「やっぱり私…」
「翔坊はもう高校生じゃ、きっとそれはワシ以上に優ちゃんが知っとる筈じゃぞ?」
「…お爺さんは…良いの…?」
優は弱々しく言った。自分が怖がってるだけだと自覚していた。そうする事で翔にそして翔との関係に何かマイナスが生まれる事が怖かった
「優ちゃんはいつも翔坊の事ばっかりじゃ。たまには我儘くらい言っても良いじゃろ?もっとも、それも翔坊に関する事じゃし、ワシからみれば我儘ですらないわけじゃが…」
悩む優に向かって、進は何かを考える様に顎に手を当てた後に言った
「ならもし、ワシが優ちゃんに翔坊の側から消えろと言ったらどうする…?」
「嫌よ…冗談でもそんな事言わないで…」
即答した後、優は自分自身を抱き締めながら言う。それを見て進は先程の様に笑った
「そう言ってくれる優ちゃんじゃからこそ翔坊を任せられるんじゃ。ワシとしては、これからも頼みたいのじゃが…。優ちゃんもそのままじゃ苦しいじゃろうしの」
「うん…」
優が頷くと進は微笑した。そして今度はいつもの調子で笑い出した。優はそれを怪しい物を見る様な眼で見た
「ライバルが多いなら裏界もあるしの…あそこは無法地帯じゃ…一夫多妻とかどうじゃ?ワシもやろうとしたんじゃがなぁ、あいつに素で殺しかけられてのぉ…」
「翔を任せられる人がいたら第一夫人は譲るわよ♪まぁ存在しないけどね…うふふふふ…」
優は怪しげにいつもの調子で笑いながら魔方陣を展開する
「翔の事は任せて。翔は天国に行くだろうけど、もし私が地獄へ墜ちても天国までお世話しに行ってあげるわ」
優が笑って進にそう言うと魔力を魔方陣の中で放出する。進はその放出する光を眼を細めながら見守った