第3話:学校の地下に行ってみよう
「皆さ〜ん、こんにちは〜♪」
軽いソプラノと共に入ってきたのは、とても小柄な少女だった。髪は青く長い、さらに魔女っ子のステッキと言う言葉が良く似合う杖を持っている。いいとこ中学生。身長は多分百五十あるかないかだ。何故ここにいるんだろう、職員室に連れて行ったほうがいいのか?
「あれ? 皆どうしたの? 緊張してるのかな?」
あんた誰ですか? とは誰も言えない、ただでさえ初日で皆も緊張しているのだ。中学生が迷い込んできたならいいが、未発達な先輩だったりしたら目も当てられない。
「まぁ初日だもんね? でも先生、挨拶くらいしてくれないと泣いちゃうよ? さっきいっぱい泣いてきたけど。」
先生? いやいやそんなはずはないだろう、だって子供じゃん、どっからどう見ても。と言う空気が教室に構成された。しかし少女が教卓の前に立ち先生だと言っていたのは間違いない。
「え、あの、先生です……か……?」
優が少女に問う。信じられないと言った表情だ。その思いは優だけではなかったが。
「そうだよ〜? 先生になったのは今年からだけどね?」
教室が再度硬直する、もちろん翔も硬直した。自称先生は嬉しそうに杖をバトンの様にクルクル回して唖然とした教室を見渡した。
「え、てか、見た目中学生じゃ……。」
「う〜私は中学生じゃない!! 確かにちょーっとだけ背が低いかも知れないけど、私はもう四月一日で十九になったんだよ?」
そう言って頬を膨らませる絶対中学生な先生。本当に良くて中学生にしか見えない。誕生日がエイプリルフールなのは両親が嘘の日を誕生日にしたからだろう。しかしその先生はまったく気にする事なく自己紹介を始めた。
「霜月 奏 (しもづき かなで)、かなちゃんってとかで良いよ? ちなみに恋人募集中でーす!! 格好いいお兄ちゃんがいる人は写真持って職員室まで来てくださいね? というかもう義務です♪」
奏は今言った内容の紙を配り始める。好みのタイプは優しくて包容力があって子供扱いしない人、厳しい審査を通る必要あり、らしい。明らかな職権乱用だ。本当に教師かこの人と言う疑問が浮かんでは消える。
「ちなみに美術担当で〜す!! 美術部に興味ある人は美術室にね? 魔道具や魔導器を使った事がない人も大歓迎だから♪」
別に光明は魔法だけと言うわけでもない。たしかに美術や数学などにも魔法が絡んだりするが基本は一緒だ。部活もそういった物になるらしいと聞いている。今のところ入るつもりはないが。
「んじゃ、入学式とか色々あるからこんくらいにしとくね? あとで自己紹介するからアピールの仕方を考えとくよーに、以上♪」
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時は過ぎ入学式の少し前の事。入学式自体は体育館で行われるらしく、翔は体育館に移動しようとした。そんな時の出来事である。
「……なんなんだこの学校は、迷路か?」
教室を出てから20分程は歩いているが現在位置が全く掴めなかった、本当に無駄に広いなと実感する。しかも誰もいない、完全に孤立無援だ。
「くそっ、地図なんてもらった時に気付くべきだった、失敗したな……。」
最初は皆で体育館までいくはずだったのだが、ちょっとトイレを探して歩いていたらこのザマだ。
「本当にどうなってるんだこの学校は? 地図も良く分からないし。」
入学式は10時から、現在時刻は9時を過ぎたところだ。この時間の多さが体育館の遠さを訴えてくる。おそらく生徒達に迷わせて道を覚えさせようとしているのだろうが、1時間も移動に取らせるなど普通はありえない。
「仕方ない、虱潰しに周るか。さすがに10時までには着くだろ。」
翔はそんなことを言いながら地図を片手に彷徨った。だが現実はそんなに甘くはなく、広すぎる土地を魔法で更に拡大させた場所だ。適当に歩き回って着くはずがない。
「あー駄目だ、広すぎる。……っていうかこれ、新入生を落とす試験とかじゃないだろうな?」
「もうー、なんでこんなに広いのかなぁ? 何度か来た事あるのにまだ迷っちゃうよ……これで変な人とか……ぶつぶつ。」
翔が愚痴のような事を言っていると、透き通るような綺麗な声が聞こえてきた。まさに天使の福音。翔はその声の方を振り向くと、相手もそれに気が付いて驚いたようだった。
「え、あれ、貴方も迷子?」
「はい? え、迷子って……天使の福音じゃないのか……。」
「え、天使?」
確か、同じクラスだったと思う。黒い服の上から黒いマントを羽織る感じの、魔女っ子タイプの制服を着ている少女で、大きくぱっちりしている瞳に加え、髪は黒いストレートのロングヘアー。全身真っ黒なのだが、何故だかそれが妙にはまっている。優等生と言った感じの雰囲気を纏っているが、少々幼い感じも残った美少女だった。本当にこの学園、というよりもうちのクラスの美少女率は異常だと思う。
「いや、気にしないでくれ。それよりもそっちも迷子なのか? ふふっ、入学式の当日に迷うなんて、君も運が悪いなあ。はっはっはっ。」
「ううっ、どうせ私は方向オンチだもん……って、貴方に言われたくないかも。」
「そりゃあそうだ。」
むっとして言い返してきた少女の言葉に、翔はあっさりと同意した。しかし、やっと見つけた人間が同じ迷子族とは。運がないのは自分も同じだ。
「はぁ、皆ちゃんと着いたかな……。」
「皆の心配してる場合じゃないと思うけど? 迷子なんだし。」
「確かに……でも、君がいて良かったよ、さすがに1人は心細いしな。」
「そ、そう?」
「ああ、迷子じゃなければ最高だった。」
「うぐっ、だ、だからそれはお互い様でしょう!?」
翔が笑ってそういうと少女は顔を赤らめて拗ねてしまった。まあ遊ぶのもこのくらいにしておかないと、まだ距離感が掴めていないうちは失敗してしまうかもしれない。
「とにかく、協力者が出来たのは僥倖だった。」
「……まあそうね。同じクラスみたいだし、これからよろしくって事で助け合いましょう?」
なんとも唐突な出会いだったが、少なくとも道連れは出来たわけだ。一人きりよりはずっといい。何にせよ。
「俺は篠原翔だ。どうとでも呼んでくれ。」
「分かった、翔君ねっ♪」
「……いきなりか。」
いきなり名前で呼ばれたが、まぁこの子らしい感じがする。悪い気はしないし。尤もこんなかわいい子に懐かれて悪い気する男なんているのかという話だが。
「私は御島 澄よ、澄でいいから。」
「ああ、わかった。」
「ところで翔君? 私達は何処に進んでいるのかな?」
「さぁ……?」
「さぁ、って。」
澄は呆れた様に翔を見る。迷子と迷子が一緒になっても迷子なのは変わらない。最悪余計に迷うだろう。
「しょうがないだろ? わからないんだからさ、心当たりっていうか、目印みたいな物もないし。」
「まぁ確かに……。」
さすがは迷った者同士だ。お互い校舎に対する不満は持っているようだ。
「ふぅ、ん? あれじゃないか?」
「えっと……あ、あれはどうだろう……。」
目の前に現われたのは地下に続く階段のようなもの。怪しい、あまりにも怪しすぎる。不思議な世界へ繋がっていそうだ。
「よし、取り敢えず入ってみるか。」
「えぇ!? 危ない場所だったらどうするの!?」
「……いやいや、そんな場所ないだろう。」
学校内にそんな危ない所があってもらっても困るのだが……。
「んん〜、でもあそこ以外に何処に行けばいいんだ? なんか行き止まりみたいだし、これ以上ウロウロしててもな……。誰かいるかもしれないぞ?」
「う……まぁ、そうなるよね……。」
「うしっ、まあなる様になるさ、行くぞ。」
そうして結局、翔と澄は謎の階段を下って行った。
「食らえぇぇぇぇぇっ!!」
翔の手の中に無詠唱で創られた魔力の塊があらわれ、それが敵の砂の石像に命中し崩れていく。
「おしっ!!」
「おしっ!! じゃないわよぉ!!」
澄が後頭部を思いっきり叩いてくる。さっきあったばかりだが何故だかすっかり仲良くなっていた。
「痛いぞ、どうしたんだ澄?」
「なんで学校の地下にモンスターが……それもあれって分類が中級タイプのやつでしょう? 初めて見るけど、地球にいるモンスターって居ても弱いのしかいないんじゃないの……? それにあんな魔力の塊だけで中級を一瞬で倒すなんて……翔君って強いんだね。」
「まぁまぁ、良いじゃん? 細かい事は。」
「……良くないと思うんだけどなあ。」
はぁっ、と澄が呆れているが翔は気にしない。現実逃避とも言うがあえて言ってはいけない。翔もこの完全なる非日常に脳が麻痺し始めていた。
「それにしても、此所は何処なのかしら?」
「学校の地下……。」
「そんなのわかってるわよ!!」
澄はそういって怒鳴った。こんな場所に連れてこられて当然なのだが……やはり、あの選択が全ての失敗の原因だった気がする。
「……あー、すまん。巻き込んで……。」
「……もう、そんなの良いわよ。あ、また来た!! 翔くんは右宜しく!!」
「ああ、了解!!」
澄は杖の先から光の刃を出して薙刀の様にして戦っている。杖自体は元々体から魔力を引き出す媒体となっているため、直接武器とするのは効率のいい使い方でもある。事実、澄はそれを使いこなして土で出来たゴーレムをスパスパと気持ちよく寸断していた。
「そう言えば、今更だけど翔君って杖無しよね? 私、杖無しって現実で初めて見たわ。たまに凄い魔法の修練をしたお爺さんとかが、テレビで杖を使わずに魔法を使ってるのを見るけど、本当にいるのね。」
「ああ、うちの家系は婆ちゃんと俺だけだ。まあ婆ちゃんの顔は知らないけどな。俺も特に何もしてないけどこうして魔法が使えるぞ。って言っても魔力の塊を出すくらいなもんだが。」
「へぇ、お婆ちゃん譲りか。」
杖は人の中に眠る魔力と呼ばれる物を具現化するために必要な物で、翔の様に自分で具現化出来る物もいる、世界でも極めて少数しかいないらしいが、優もそうだったりする。とはいえ、今の澄の杖を変形させた戦い方も珍しい。それは実際にその武器を使いこなせなければならないと言う理由が大きいのだが。
「そういう澄も薙刀なんて珍しいな? 俺はそういうオカルト的なモンスターって詳しくないから分類は分からないけど、あいつらって中級の敵って奴なんだろ? 俺も仮想空間で見たくらいだけど、俺と優以外に倒せてるやついなかったぞ。」
とはいえ、攻撃魔法自体が難しかったりするので、普通は犬や猫にも苦戦するはずなのだが。普通に戦えている澄は実際この光明に入るだけの魔法使いと言う事なのだろう。
「まぁ魔力は高い方だから……。」
「そうなのか? 俺も魔力だけは……ってどれだけいるんだよ、こいつら。」
砂の人形は次から次へと沸いてくる。きりがないが逃げられない。
「このままだとまずいわね。入学式始まってるんじゃないかしら?」
「入学式か、忘れてたよ。」
「忘れてたの……?」
澄が呆れた様に言って、また溜息をつく。当初の目的は入学式だったと思い返した。とはいえ、こんな状況では……。
「戦いに集中しててな。実践での攻撃は初めてだ、回避の方はしょっちゅうだけどな。喧嘩もしないし、仮想空間じゃ優がいつも一緒にやりたがるから自分で敵を倒したりってのはなんか新鮮だ。」
「全くもう……。」
「冗談はとにかく、入学式に間に合わなくなるのはまずいな。」
「そうね。取り敢えずここから移動しましょ……っ!」
冗談を交えつつもこれからの意向が決まったその時、澄が敵の攻撃を交わした拍子に足を挫いた様だった。
「おい澄、大丈夫か!?」
「う、うん。大丈夫……って……ちょっと翔君!?」
翔は澄を抱えあげた、お姫様抱っことかいうかなり恥ずかしい状態だ。こんな非常時でもなければ出来ない芸当……恥ずかしさ的な意味で。
「ちょ、ちょっと、気持ちは嬉しいけど、これ凄く恥ずかしいよ……。」
「我慢してくれ、緊急だしな。見てるやつもいない。出来れば恥ずかしいくらい人がいるところに出られればいいんだけど。」
翔がそう言って澄の意見を封殺しつつその場を離脱する。その間、澄は顔を赤くしてしまったが、抵抗はしなかった。
「もう……あれ? 翔君、一方通行だけどワープポイントがあるよ。」
ワープポイントの種類には2つあり、どちらからも入れる物は青く、一方通行は緑に光っている。目の前にあるのは緑色に光る魔方陣。
「一方通行か……この際しょうがない、賭けに出るぞ!!」
「あーもう、翔くんに任せるよ!!」
あまりに出来すぎた逃げ道の出現になんだか不安になったが、澄はもう覚悟完了しているらしい。そうと決まれば遠慮は要らない。翔は無事に出れる事を祈りつつそのポイントに突っ込んだ。