第1話:魔法使いの日常
この作品には『恋愛』、『ハーレム』、『ファンタジー』の要素が多分に含まれています。このキーワードを敬遠される方、ライトノベル式の文章に嫌悪感を抱く方は読むのをお控えいただければ幸いです。
この世界にはある御伽噺が伝わっている。
今から数千年も昔の話。地球はもうガタがきてて、地球の人は地球を捨てて火星辺りを開拓するか、外宇宙に行くことを真剣に考えていた。ところが大ピンチの地球に、これまた都合の良い事に外宇宙の宇宙船がコンタクトをとって来た。
その宇宙船の母星はありがたくも地球の危機を知ってやって来たらしいのだが、何故そんなに親切なのかと言うとまた理由がある。実はその宇宙船の母性の人達はその昔、地球に住んでいた人達だった。その人達が宇宙の素晴らしき神秘の力で地球を後に『浄化』と呼ばれる事をして救ったらしい。結果的に地球は救われて、技術的な進歩もかなり進んだわけである。そして、尤も大きく変わったのが……魔法の登場である。
~浄化の噺ダイジェスト~
「翔の浮気者ぉぉぉぉっ!!」
「うわぁっ!? あ、あぶねぇな、おい!!」
「ぐすっ………私、翔が浮気するなんて思って無かった……信じてたのに……。」
緑溢れる自然公園の真ん中で、その見た目麗しい少女は、嗚呼……とか言いながら地面に手をついてそう言った。光の球の様な物を思いっきり投げつけられ、間一髪でそれを回避した翔と呼ばれた少年は、表情を怒りに引き攣らせながらそれに抗議する。
「黙れ、誰が浮気だ!? 人聞きが悪い以前にお前は男だろうが……。と言うか、いきなり攻撃魔法を撃って来るなんて………古典的なチンピラでももっと段階を踏むぞ?」
魔法。その昔はファンタジーの産物でしかなかったが、今では日常的に目にするようになった技術である。科学になり変わった存在であると同時に、様々な方面で使われている今や世界の常識。
「そんなこと性転換すればなんの問題もないじゃないの、そこに愛を紡いで何が悪いのよ?」
そう言って胸を張ったこの美少女……のように見えるのは葉山 優 (はやま ゆう)。艶のある茶髪の髪は肩の辺りまで伸びているミドルカット。目元のはっきりとした瞳。本当は男なのだが周りから見れば女にしか見えない程の容姿である。男でありながら超絶美少女にしか見えないのが悩みの種だ。もっとも、優自身は悩んでなどいないが。
「ああそうだな、それは確かに自由だ。性転換でもなんでもしてくれ。……それじゃあ、後は1人で勝手にどうぞ。」
そう言って溜息を吐く、攻撃された側の青年は篠原 翔 (しのはら しょう)と言う。優と並んでも見劣りする事のない容姿であり、髪は癖の少ない黒髪。優と並べば美男美女のカップルであるが、本人は同性愛などに興味ない、至って普通の青年だ。
「酷いよ、さっきも女の子に言い寄られてデレッとしてたし……。」
「おい、俺がいつそんなことしたんだ? ってその前に泣くのをやめろ。周りからみたら完璧に誤解されるから……お願いだからその容姿を利用するのは止めてくれ。」
「うっ、うう……。」
(ああ、今日の優はいつにもまして……)
「今、ウゼェとか思ったでしょ?」
優がジロッっと翔を睨み付けてくる。翔はそんな視線を軽くスルーしながら溜息をついた。
「心を読むな……。」
「以心伝心だね?」
「また変な読心術だろ? 器用なやつ……。」
「だから以心伝心だって言ってるでしょ?」
翔の言葉に苛立ちを覚えたのか、若干語気を強めた優に対し、また攻撃されそうなので反論は諦めよう。と、翔はかなりへタレた事を考えた。
「はぁ、同性からは普通にモテるんだから俺から離れろ、迷惑だ。」
「酷いわねー、私が愛してるのは翔だけよ。それに外国では同性愛は可能なのよ? ただ性転換は面倒だけどね、主に書類が。良くは調べてないけど。」
だからと言ってやって欲しくはないというのが翔の本音だ。やって欲しいと言えば本気でやりそうだから冗談でも言えない。そんなことを考えていると、聞き慣れた声が遠くから聞こえてきた。
「おー、お二人さん。何してんだ? もしかしてデー……ぐふぅ……。」
「おっと手が滑った。何やら不愉快な言葉が聞こえたんでね。」
デートとか言いそうだったので、翔は先に鳩尾に肘を沈め男を仕留めた。もう一発くらい入れとこうかな? と思ったが、すでに向こうも体制を立て直して警戒態勢に入っていた為に断念。倉田 辰、優に比べれば圧倒的に最近だが、それでも翔の友人の中では息の長い友人である。別に仲が悪いわけではないのだが、たまに今みたいな悪い冗談を言うとこういう事になる。
「お前はなんだ? 買い物?」
「あ、ああ、高校に上がったら本格的に魔法やるしな。俺も目標としては護を召喚するわけだし、杖を新調しようと思ったんだ。」
「ああ、そう言えば辰も魔法の成績良かったわね? 私達ほどじゃないけど。」
優がふふんと嘲り笑う様に言う。辰がそれでも何も言わないのは優の魔法技術が鬼の域であるからだ。潜在的な魔力も飛び抜けて高く、二人もそれは承知している。
「魔力はともかく技術は直ぐに抜かしてやるさ……。あ、ところで2人とも暇なら買い物付き合ってくれよ。ここら辺一人で回るのも寂しいしさ。土地勘ないんだよ。」
「いいぜ。」
「えー……。」
辰がそういって手をあわせたのに対して、翔は快く了承した。優は少し不満そうに顔を歪めたが、その理由がそのまま翔が快諾した理由になる。翔も先程まで優と買い物に行っていたのだが、本当に不本意ながら周りからのカップルへ向ける視線の様な物が痛くて仕方がなかったのだ。
「暇だったし、優と二人よりマシだ。」
「翔、私はできるだけ合わせようと思ってるけど、そこまでMにはなれないよ? せめてもっと愛を感じられるやり方で苛めて欲しい……。」
「だからそういうのをやめろよ!!」
「安心しろ、お前がどういう考えでもお前を応援してやる……多分な。」
翔と優の掛け合いにどさくさ紛れで台詞を挟んだ辰に対し、プチンと翔の中で何かが切れる。その殺気を感じたのか、辰は少し顔を引きつらせた。
「辰、外見が女の優は殴れないが………、お前は別だぞ?」
「翔………やっぱり愛だね!!」
「え、ちょっ、待て、冗談だ。てかさっき殴っただろお前!!」
「……ちっ。」
仕方ない、さっきの一発分で今回の分までをチャラにしておこう。翔は次はないぞと辰に視線を送り、その拳を開いた。
----
------
--------
その後三人は魔法雑貨店(魔法瓶)へと向かった。この店は最近建てられた店で、こんな名前だが品揃えは良いと結構評判になっている店である。その一方で建てられたばかりなのに老舗という言葉が似合ってしまうような雰囲気がある店だった。
「いらっしゃいませ。」
「あの、杖を新調したいんですけど。」
「ああ、杖はあそこに並んでるので全部だよ。」
店内に入り辰が店主らしい老婦人に尋ねると、店の奥の方を指差した。指の指す方へ翔が視線を滑らせると確かにかなりの種類の杖がある。翔は杖については詳しくなかったが、どうやら辰のはしゃぎようを見る限りそうとうなものらしい。
「おお、流石噂になるだけの事はあるな!!」
「そうだな……、まあ時間かかるみたいだからちょっと自販機で何か買ってくるわ。杖無しの俺が居ても仕方ないし。」
「あ、じゃあ私も行こうかなー。私も翔と一緒で杖無しだし?」
「ちょ、どっちか残ってくれよ。俺は杖の新調なんて初めてだし、意見とか聞かせてくれ。」
「えー、だから私達は杖使わないって言ってるじゃん……。仕方ない、翔が先に言い出したんだし、この優ちゃんが手伝ってあげますか。」
寂しさに耐え兼ねた辰に懇願され、溜息混じりに優が残る事に決まった。少し不満そうだったが、そこは友達甲斐と言う奴だ。
「んじゃ優が残るってことで、俺は行ってくる。」
「飲み物は私の分もよろしくね。お茶で良いわ。」
「はいはい、分かってるよ。」
もはや拒絶の言葉は聞いていない優の希望に対して翔は頷くと、店の外にあるらしい自販機へと向かった。こんなのはいつもの事だ。料金が支払われないのもまた、いつもの事だが。
「ええと、自販機は……。」
自販機は店の裏にあるとお婆さんが言っていたので、今は店の裏まで出てきたのだが、店の在庫の物などが置かれていたりして、かなりの量に翔は感心した。これだけあると掘り出し物的なものを探したくなるのが男の子というものだ。それはともかく……。
「お、あったあった。」
自販機にお金をいれて自分用のお茶を買い、次に優の分のお茶のボタンを押す。そして自販機の取り出し口に手を伸ばした、その時だった。
「きゃっ!!」
「おっと。」
ガシャン!!
何か、というよりも誰かが背中にぶつかって大きな音を立てる。杖やリング、魔導器の様な物が散乱し、その中心に一人の女の子が座り込んでいた。髪は花の髪飾りをアクセントにした蒼色のセミロングで、髪の長さは似ていても、控えめそうな雰囲気が優とは違った感じの美少女だった。優を美少女と言うのにはかなり抵抗があったが、とにかく控えめでありながら、どことなく気品を感じるような女の子だ。
「あー、だ、大丈夫か? ごめんな、怪我とかしてないか……?」
「え……?」
「えっと……どうかしたか?」
「あ、い、いえ!? すいません、ぶつかってしまって……お客様にご迷惑を。」
「客……? ああ、魔法瓶の。」
翔が手を取って立ち上がらせると、魔法瓶で働いているらしいその少女は何度も申し訳なさそうに頭を下げた。礼儀正しく優とは大違いだと、翔は優に聞かれたら殴られそうな事を考えてしまう。
「いや、まぁこっちの被害は全くないよ、そっちは大変そうだけど……。」
「あっ……、落としちゃいましたね。あー!! 大丈夫ですっ、すいません!?」
翔は雑貨を拾い出した少女を手伝ったが、どうもこの少女は恐縮してしまっている様だ。とはいえ、ここで手伝わないで立ち去ったら完璧に嫌なやつだろう。
「ご、ごめんなさい。手伝って頂いて……。」
「いや、ついでだからね。あんまり恐縮されるとこっちも困るっていうか……。」
「あ、そ、そうですね。すいません。」
本当によく謝る子だなぁ、と翔は思った。こちらがすまなく思えてしまう程に言葉も丁寧で、働いているよりも落ち着いて座っている方が似合いそうな子だと言う印象だ。
「あの……。」
「ん、何だ?」
「……えっと………い、いえ、何でもないです。あ、持って頂かなくても!!」
「まぁどっちにしろ店に戻るからな。それにこんなにまとめて持つの、1人じゃ無理だろうし。」
「は、はい。ありがとうございます。」
少女は翔にそう言われると今度は礼を言うために頭を下げて翔を苦笑させた。
----
------
--------
「それじゃあ、俺はここらで……。」
「ああ、じゃあな辰。」
「それじゃあねー♪」
魔法瓶での買い物を終え、翔達はいつも別れる交差点で辰と別れた。残されたのは翔と、先ほどから不機嫌な優の二人だけ。そして辰の背中が見えなくなり、二人切りになった瞬間に、優から殺気混じりの視線が翔に向けられた。
「さってと、今日2回目の浮気ね? 言い訳はある?」
「………あれ、見てたのか……。」
「見てないわ、感じたのよ。」
「…………おい。」
優の当然だとでも言いたげな表情に翔は戦慄した。もう完全にストーカーの所業だよそれ。何にせよ、言い訳をするだけ無駄な事は知っている。
「さーて、早く帰って飯作らないとな……それじゃっ!!」
「あ、ちょっと!!」
優の視線から逃げるように、翔は物凄いスピードで家まで飛んで帰って行く。文字通り、空を飛んで。それもまた、この世界ではそう珍しくもない光景だ。無論、杖も使わずにと言うとかなり少数の人間だけになるが。杖無しで魔法が使える才能は何処にでもあるものではない。そんな翔を見て、優は苦笑混じりに嘆息した。
「……もう、翔にも困ったものよね、色々と。」
優はそういって、飲み掛けのお茶を飲みほし、空き缶をゴミ箱に放り投げた。空き缶は見事にゴミ箱の中に入る。そして優はその空き缶から興味を失ったように視線を外し、ふと空を見上げた。
「光明学園かあ。今日の調子だと、また油断出来なくなりそうね……。」
人影の疎らな夕闇の中、優はそういって、ふぅっと息を吐き出した。