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悪役令嬢、森で拾った狼が満月の夜にイケメンになる  作者: 夜凪 蒼


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第28話「どちらも好き」

人化の時間が長くなってから、一週間が経った。


 日中は人間のルークと過ごし、新月が近づくと狼に戻る。そのサイクルが、少しずつ日常になりつつある。


 今日のルークは狼だった。昨夜の深夜に戻ったらしい。朝起きたら、ベッドの横で銀色の狼が丸くなっていた。


「おはよう」


 耳がぴくりと動いて、尻尾がぱたぱた。


 いつもの朝だ。


 朝ごはんを食べて、薬草を整理して、ルークと森を散歩する。銀色の毛並みが木漏れ日の中をすり抜けていく。


 ——ああ、やっぱりもふもふだ。


 人間のルークも好きだ。不器用にフォークを持つ手も、ボタンを一つずれて留める癖も、「黙れ」と言いながら耳が赤くなるところも。


 でも、狼のルークには狼のルークの良さがある。


 このもふもふ。この毛並み。触ると指の間にふわっと入り込む、銀色の体毛。絹みたいに滑らかで、でも芯がある。冬毛が抜ける時期は部屋中が銀色の毛だらけになって大変だけれど、それすら愛おしい。


 それから、甘え方。


 人間のルークは甘えてこない。無口で不器用で、感情を表に出すのが苦手だ。でも狼に戻ると途端に甘えん坊になる。膝に顎を載せて、腹を見せて、尻尾を振り回す。このギャップに、何度もやられている。


「ルーク、ちょっと座って」


 森の中の開けた場所で、切り株に腰掛けた。ルークが私の足元に伏せる。顎を私のつま先に載せて、見上げてくる。琥珀の目。


「考えてたんだけど」


 ルークの耳が傾く。


「人の時間が長くなって、嬉しいよ。話せるし、一緒にご飯食べられるし」


 尻尾が揺れる。


「でもね」


 手を伸ばして、ルークの頭を撫でた。耳の後ろから首筋にかけて、指を梳くように滑らせる。ルークが目を細めて、鼻からふうっと息を吐いた。


「こっちも好きなの」


 ルークが顔を上げた。


「狼のあなたも好き。もふもふで、甘えん坊で、尻尾振ってて。こっちのあなたといると安心する」


 琥珀の目が、じっと私を見つめている。


「だから、無理に人間でいなくていいからね。狼に戻りたいときは戻っていい。どっちのあなたも——」


 言葉が詰まった。


 ——好き。


 その言葉が、想定より重い意味を持っていることに気づいてしまった。


「……どっちのあなたも、大事だから」


 誤魔化した。「好き」を「大事」に差し替えた。我ながら情けない。


 ルークが立ち上がった。大きな体で、私の膝の上に顔を押しつけてくる。いつものやつだ。重い。でも温かい。


 毛並みに顔を埋めた。鼻の奥に、ルークの匂いが広がる。森と日向と、少しだけ甘い何か。


 ——好きだ。


 もう誤魔化せない。この感情は「大事」じゃない。「好き」だ。狼であっても人間であっても、このひとが好きだ。


 でも、言えない。


 だって相手は狼だ。今この瞬間は狼だ。もふもふの頭を撫でながら「好き」って言ったら、それはペットへの愛情と区別がつかない。


 次の満月に、人間の姿のルークに言うべきだ。目を見て、言葉で。


「ルーク」


 顔を上げた。


「次の満月、大事な話がある」


 ルークの耳がぴんと立つ。尻尾が止まる。


「怖い話じゃないから。たぶん」


 尻尾が恐る恐る揺れ始めた。


「いい話だと思う。——たぶん」


 「たぶん」を二回も言ってしまった。何をびくびくしているのだ。前世では動物相手に堂々としていたのに、狼族の青年相手には途端にこれだ。


 帰り道。小屋が見えてきた頃、ルークが私の手をそっと舐めた。


 足を止めた。


 ルークが私を見上げている。琥珀の目に、夕日が映り込んでいる。


「……何?」


 もう一度、ぺろりと舐めた。それから鼻先を手のひらに押しつけて、目を閉じる。


 これは——返事だ。言葉にはできないけれど、ルークなりの返事。


 次の満月を待とう。


 そのとき、私は言う。ちゃんと言葉にする。


 小屋に入って、暖炉に火を入れた。ルークが定位置に伏せる。私は椅子に座って、膝の上にルークの頭を載せた。


 重い。温かい。毛並みが手のひらに馴染む。


 窓の外で、半月が昇り始めている。あと二週間で満月が来る。


 二週間。


 長いような、短いような。


 ルークが小さく鼻を鳴らして、目を閉じた。寝息が聞こえ始める。規則正しい呼吸。安心しきった顔。


 この子を——いや、この人を、好きだと思う自分が、もう怖くない。


 最初に森で拾ったとき、まさかこんなことになるとは思わなかった。傷ついた狼を手当てしただけだ。前世の職業病で放っておけなかった。


 でも今は、手放せない。


 放っておけないのではなく、手放したくない。


 その違いに気づいたのは、たぶん——もうずいぶん前のことだ。


 ルークの寝息を聞きながら、私も目を閉じた。暖炉の火が爆ぜる小さな音。毛布越しに伝わる体温。


 満月を、待っている。

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