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悪役令嬢、森で拾った狼が満月の夜にイケメンになる  作者: 夜凪 蒼


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第24話「森の共存」

グリムが認めてくれた翌日から、生活が変わった。


 まず、ルークが張り切り始めた。


 狼の姿のルークが、朝から庭先を走り回っている。何をしているのかと思えば、森の奥からミーナの薬草を咥えて運んでいた。尻尾をぶんぶん振りながら、何往復もする。


「ルーク、そんなに一度に運ばなくていいから」


 聞いていない。すでに三束目を加えて走り去っていく。


 ミーナが呆れた顔で小屋の前に立っている。


「あの子、昨日の夜から急にやる気を出したわね。何かあったの?」


「グリムに認めてもらったの。ここにいてもいいって」


「ああ、そういうこと」


 ミーナが腕を組んで頷く。


「狼族ってのはね、群れの長に認められることが何よりの誇りなのよ。ルークは今、世界で一番嬉しい狼でしょうね」


 四束目を咥えたルークが駆け戻ってきて、ミーナの足元にどさっと薬草を落とした。尻尾が千切れるんじゃないかというくらい振っている。


「はいはい、偉い偉い」


 ミーナがルークの頭を撫でると、ルークは更に尻尾を加速させた。風が起きている。


「で、条件って何?」


「群れに月一で顔を出すことと、薬を届けること」


「薬ね。……まあ、狼族の薬は前から私が作ってたから、流通経路が変わるだけか」


 ミーナが小屋に戻り、棚から何本かの小瓶を取り出した。琥珀色の液体が入っている。


「これが狼族用の解熱剤。人間用より濃度が高いから、間違えないように。こっちの青い瓶が傷薬。これは人間にも使えるけど、狼族には倍量塗るの」


 私はノートを引っ張り出して、必死にメモを取った。前世の動物病院で薬の管理をしていた経験が、まさかこんな形で役に立つとは思わなかった。


「ミーナ、この解熱剤の成分って何?」


「森の北側に生える青苔と、川沿いの白い花の蜜。あと、ちょっとした秘密の調合があるんだけど——」


 ミーナが片目を瞑る。


「それは、もう少し仲良くなってからね」


「ケチ」


「薬師の企業秘密よ」


 午後になって、ルークと一緒に森を歩いた。


 狼族の群れへの道を、ルークが先導してくれる。銀色の毛並みが木漏れ日の中できらきら光って、とても目立つ。野生動物としての隠密性はゼロだと思うのだけれど、本人は気にしていないらしい。


 歩きながら、気づいたことがある。


 ルークの足取りが軽い。


 いつもは私に合わせてゆっくり歩いてくれるのだけれど、今日は少し先を行っては振り返り、私が追いつくとまた先へ行く。子犬みたいだ。四十キロ超えの子犬。


「ルーク、待ってってば」


 立ち止まったルークの横に並ぶ。息が切れる。


 ルークが鼻先で私の手をつんと押した。「早く」と言いたいのだろうが、人間の足では限界がある。


「ここから先が群れの縄張りよ」


 森の雰囲気が変わった。木々がより密になり、地面には獣道がくっきりと刻まれている。鼻をくすぐる匂いも違う。湿った土と苔の匂いに混ざって、動物の気配が濃い。


 ルークが低く一声吠えた。挨拶のようなものだろうか。


 返事はなかった。でも、茂みの向こうに何かの視線を感じる。見られている。


「ルーク、群れの狼たちに私を紹介するの?」


 ルークが振り返って、尻尾を一振り。肯定。


「——今?」


 もう一振り。肯定。


「ちょっと、心の準備が」


 茂みから、灰色の狼が顔を出した。ルークより小柄で、目が青い。じっとこちらを見ている。


 その後ろから、もう一頭。茶色い毛並みの、少し年老いた狼。


 ルークが私の横に寄って、ぴたりとくっついた。「大丈夫だ」と言うように、温かい体を押しつけてくる。


「……わかった。よろしくお願いします」


 灰色の狼がゆっくりと近づいてきた。鼻先を伸ばして、私の手の匂いを嗅ぐ。


 ——動くな。動くな、ローゼマリー。


 前世の知識がフル回転する。初対面の犬科動物には、こちらから触らない。向こうが匂いを嗅ぎ終わるまで待つ。目を合わせすぎない。でも逸らしすぎてもいけない。


 灰色の狼が、私の指先をぺろりと舐めた。


 ルークの尻尾が揺れる。


 受け入れてもらえた——のだろうか。


 茶色い狼も近づいてきて、私のスカートの裾を嗅いだ。少し警戒した様子だったけれど、ルークが小さく鼻を鳴らすと、体の力を抜いた。


「ルーク、あなた今、なんて言ったの」


 もちろん返事はない。狼語を翻訳する能力は、残念ながら私にはない。


 帰り道、夕日が森を橙色に染める中を歩いた。ルークが私の半歩前を行く。影が長く伸びて、人間の影と狼の影が並んでいる。


 ——人間と狼の共存。


 言葉にすると大層なことのようだけれど、やっていることは地味だ。薬草を運び、薬を作り、挨拶をして、匂いを嗅がれて、舐められた。


 でも、こういう小さな積み重ねが「共存」の正体なのかもしれない。


 派手な奇跡なんか要らない。毎日、顔を合わせて、隣にいるだけでいい。


 ルークが振り返って、私の足に鼻先をぶつけてきた。


「痛い」


 尻尾を振っている。反省の色はゼロだ。


 明日は、群れに届ける薬の調合をミーナに教わる予定。忙しくなりそうだ。

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