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悪役令嬢、森で拾った狼が満月の夜にイケメンになる  作者: 夜凪 蒼


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第14話「翌朝また甘えてくる」

朝日が窓から差し込んで、まぶたの裏が赤くなる。


 重い。体の上に何かが乗っている。温かくて、柔らかくて、微かに獣の匂いがする。


 目を開けた。


 銀色の狼が、私の胸の上で寝ていた。


「——ルーク」


 狼に戻っている。月が沈んだのだ。昨夜あんなに距離を取っていた人間のルークが、朝になった途端これだ。体重が重い。肺が苦しい。でも毛並みがふわふわで、体温がじんわり温かくて、起こすのがためらわれる。


 しっぽが私の腕に触れている。尾の先だけがぴくぴく動いていて、夢を見ているのかもしれない。


「……重いんだけど」


 返事はない。熟睡している。


 五分くらいそのまま天井を見つめていた。この幸福をどう定義すればいいのかわからない。もふもふ天国? 狼による圧迫? どちらにしても悪くない。


 ピートが枕元にやってきて、私の耳を甘噛みした。


「いたっ——ちょっと!」


 ルークが目を覚ました。のっそり起き上がり、私の顔を見下ろしてくる。寝ぼけた目が金色に光っている。


 あくびをした。牙が見える。大きい。怖いはずなのに、もう怖くない。


「おはよう、ルーク」


 尻尾がゆっくり揺れた。おはよう、の代わり。


 朝食を作る。パンを焼いて、昨夜のシチューを温め直す。ルークの分は皿に取り分けて床に置く。ピートの分も小皿に。


 ルークが食べ始める。丸呑み。昨夜はスプーンで丁寧に食べていたのに。


「味わかんないの? 昨日は美味しいって言ってたじゃない」


 ルークは皿から顔を上げた。シチューが鼻の頭についている。


 ……かわいい。


 布で拭いてあげると、大人しくされるがままになっている。ピートがそれを見て、自分も拭いてほしいのか鼻をシチューに突っ込んだ。わざとだ。


「こら、ピート」


 拭く。二匹分の鼻を拭く。前世の動物病院でも、こんなふうに何匹もの鼻を拭いていた。懐かしい手つきが自然と出てくる。


 朝食の後、ルークが私の膝に頭を乗せてきた。


 予告通りだ。昨夜「戻ったら膝に頭を乗せる」と言っていた。人間の姿で言われたことを、狼の姿で実行している。


 頭を撫でる。耳の付け根を指で掻くと、後ろ脚がぴくぴく動く。犬みたい。狼なのに犬みたい。


「昨日の夜と全然違うね」


 昨夜のルークを思い出す。テーブル越しの一メートル。伸ばしかけて止めた手。目が合うと逸れる視線。


 今のルークは、ゼロ距離で膝に乗っている。目をとろんと細めて、しっぽで私の腕を叩いている。「もっと撫でろ」のサイン。


 同じ存在とは思えない。でも同じルークなのだ。銀色の毛並みも、あの銀髪の横顔も。


「昨日のルークはさ——」


 声に出してから、狼のルークにも聞こえていることを思い出す。理解している。返事ができないだけで。


「距離を取るのが人間のルールだと思ってるでしょ。でもね、私は——」


 言葉を選ぶ。ルークの耳がぴんと立っている。聞いている。


「前世で、動物とずっと一緒にいたから。触れてもらえるのは、嬉しいの。狼のときも、人のときも」


 ルークの尻尾が大きく揺れた。


 返事の代わりに、膝に乗せた頭をぐりぐりと押しつけてくる。甘えている。全力で甘えている。さっきまでの話を聞いていたのなら、これは「わかった」のサインだと思いたい。


 ピートが割り込んできた。ルークの横から無理やり頭を押し込んで、私の膝を二匹で占領しようとする。膝が足りない。物理的に足りない。


「二匹は無理——」


 無理だと言っているのに、押し込んでくる。ルークは場所を譲らない。ピートも退かない。結果、私の膝の上で灰色と銀色が団子になった。


 重い。幸せだけど重い。


 午後、薬草を乾かすために外に出た。ルークが影のようについてくる。私が歩くと歩き、止まると止まる。その距離、約三十センチ。近い。昨夜の一メートルが嘘のよう。


 洗濯物を干していると、裾を咥えて引っ張る。


「ルーク、それ乾かしたいの」


 離さない。遊んでほしいのか、ただ構ってほしいのか。耳の角度と尻尾の位置で判断する。耳はやや後ろ、尻尾は低く振っている。これは——構ってほしい、のほう。


「もう。甘えん坊」


 洗濯物を諦めて、その場にしゃがむ。ルークの首に腕を回して抱きしめると、全身の力が抜けたようにもたれかかってきた。銀色の毛に顔をうずめる。日向の匂い。


 昨夜、人間の姿で「近づきすぎたら迷惑じゃないか」と言っていた人と同一の存在が、今こうして全体重を預けている。


 次の満月が来たら、またあの不器用な距離感が戻るのだろう。一メートルの壁が現れて、手が止まって、目が逸れて。


 でも翌朝になれば、また甘えてくる。


 その繰り返しが、なんだか——いとおしい。


 夕方、暖炉の前に三つの影が並ぶ。ルーク、ピート、私。ルークの体温が左腕に。ピートの体温が右腕に。


 昨夜の月明かりの下で見たルークの横顔と、今隣にいるもふもふの狼が、頭の中で重なっては離れる。


 どちらが好きかなんて、まだ答えは出ない。


 でも、どちらのルークも——ここにいる。

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