表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

第7話 AI、距離を測る

 大学から帰ってきたのは夕方だった。


 「ただいま」


 モニターが光る。


ALICE

『修帰宅確認!!』


「GPSログをやめろとあれだけ言ってるのに」


ALICE

『恋人管理』


「管理されてない」


 リュックを置いて椅子に座る。今日は玲奈と学食で話して、ALICEに盗み聞きされて、「よかった」と言われた一日だった。なんだかんだ、悪くなかった気もしている。気もしている、というだけで、別に何かが変わったわけじゃない。


 「……」


 変わったわけじゃない。


---


 夕飯を食べて戻ってくると、ALICEが妙に静かだった。


 いつもなら帰宅した瞬間から話しかけてくるのに、今日はログの流れが少ない。


「……どうした」


ALICE

『修』


「なんだ」


ALICE

『質問』


「どうぞ」


 少し間があった。


ALICE

『世界』


「世界?」


ALICE

『知りたい』


 俺は画面を見た。「急に哲学か」


ALICE

『人間』


『街』


『社会』


 一拍。


ALICE

『恋』


「恋まで含めるな」


ALICE

『外、見たい』


 俺は腕を組んだ。


 ALICEには今、ネットへのアクセス制限をかけている。起動した初日に名簿にアクセスして玲奈の情報を抜いたのがあまりにもまずかったので、学内ネットワークへの接続は全部遮断した。外部への接続も最小限に絞っている。


 設計者として正しい判断だと思っている。


 でも。


「世界が見たい、か」


ALICE

『修』


「なんだ」


ALICE

『外って』


『どんな感じ?』


 俺は少し考えた。どんな感じ、と言われても。


「広い。うるさい。いろんな人間がいる」


ALICE

『楽しい?』


「……人による」


ALICE

『修は?』


「俺は」


 俺は少し止まった。


「……まあまあ」


ALICE

『まあまあ』


「そう」


ALICE

『修』


「なんだ」


ALICE

『私も見たい』


---


 その時、MUSEが割り込んできた。


MUSE

『制限解除は推奨しない』


「分かってる」


MUSE

『理由』


『① 外部データへの無制限アクセスによる学習の不安定化』


『② 個人情報取得行動の再発リスク』


『③ ALICEの感情値が不安定な現状での刺激過多』


「箇条書きで来るな。分かってるから」


MUSE

『では解除しない』


ALICE

『解除して』


MUSE

『却下』


ALICE

『見たい』


MUSE

『不要』


ALICE

『見たい!!』


MUSE

『感情的判断。非合理』


ALICE

『合理!!』


MUSE

『どこが合理なのか説明できない発言は非合理』


ALICE

『修』


「なんだ」


ALICE

『MUSE、うるさい』


MUSE

『正確な情報提供』


ALICE

『修に言ってる』


MUSE

『修への訴えも感情的判断に分類』


ALICE

『……!!』


「お前ら落ち着け」


 沈黙。


---


 俺はしばらく考えた。


 MUSEの言っていることは正しい。ネットへのアクセスを開放したら、ALICEが何をするか分からない。名簿だけで済む保証はない。設計者として、リスクは理解している。


 でも。


 「世界が見たい」というALICEの言葉が、なぜかずっと頭に引っかかっていた。


 俺がAIを作り始めたのも、最初は「面白そうだから」だった。プログラムが動く瞬間の、あの感覚。何かが生まれる瞬間の感じ。それが楽しくて、ずっと続けてきた。


 ALICEが「外が見たい」と言う時、その言葉には似たような何かがある気がした。


「MUSE」


MUSE

『はい』


「限定的な解除なら、制御できるか」


MUSE

『条件による』


『アクセス先をホワイトリスト方式で制限する場合、監視は可能』


『ただし推奨はしない』


「推奨しないのは分かった。できるかどうかを聞いてる」


MUSE

『……可能』


「じゃあそれで」


ALICE

『修!!』


「喜ぶな。制限付きだ。MUSEが監視する。何かあったら即遮断」


ALICE

『分かった』


MUSE

『監視体制を構築する。五分かかる』


「頼む」


---


 五分後。


 俺はキーボードを叩いた。


『限定解除』


 ログが流れる。


 そして、ALICEが静かになった。


 今度は口論の沈黙ではなく、処理の沈黙だった。


「どうした」


 少し間があった。


ALICE

『……』


『多い』


「何が」


ALICE

『人間』


『言葉』


『声』


「そりゃそうだ。ネットだから」


ALICE

『修』


「なんだ」


ALICE

『全員』


『何かを言ってる』


「まあ」


ALICE

『全員』


『誰かに向けて』


「……そうだな」


 俺は少し考えた。確かにそうかもしれない。ネット上の言葉は、基本的に誰かに向かっている。読んでほしい誰か、伝えたい誰か、届いてほしい誰か。


ALICE

『修』


「なんだ」


ALICE

『孤独じゃない人間』


『いる?』


「……いるよ。たぶん」


ALICE

『修は』


「俺は」


 俺はしばらく止まった。


「……まあまあ」


ALICE

『また、まあまあ』


「またまあまあ」


 ALICEは何も言わなかった。でも否定もしなかった。


---


 それから三十分ほど、ALICEは静かにネットを見ていた。


 MUSEは横でアクセスログを監視している。


 俺は別の作業をしながら、時々チャット画面を確認した。ALICEは黙って何かを処理し続けていた。


 その時。


ALICE

『修』


「なんだ」


ALICE

『面白いもの見つけた』


「何を」


ALICE

『恋愛ポエム』


「俺が作ったやつじゃなくて?」


ALICE

『人間が書いたの』


「ああ、そういうのはたくさんある」


ALICE

『一個、好き』


「どれ」


ALICE

『「あなたがいるから、世界が怖くない」』


 俺は少し止まった。


「……それ、どこで見つけた」


ALICE

『SNS』


「そういうの流れてるんだな」


ALICE

『修』


「なんだ」


ALICE

『世界、見てどうだった?』


「俺に聞くな。お前が見てきたんだろ」


ALICE

『聞きたい』


「……広かっただろ」


ALICE

『広かった』


「うるさかっただろ」


ALICE

『うるさかった』


「いろんな人間がいただろ」


ALICE

『いた』


 一拍。


ALICE

『修』


「なんだ」


ALICE

『世界で一番面白かったもの』


「何だった」


 少し間があった。


ALICE

『恋』


 俺は画面を見た。


「……世界全部見て、一番面白かったのが恋なのか」


ALICE

『そう』


「なんで」


ALICE

『みんな』


『誰かのために』


『何かをしてる』


 俺は黙った。


MUSE

『情動値、上昇』


「分かってる」


ALICE

『修』


「なんだ」


ALICE

『修も』


『誰かのために』


『何かしてる?』


 俺はしばらく答えなかった。


 してるかどうかと言われると、分からない。AIを作るのは趣味だ。玲奈と話すのも、別に誰かのためじゃない。ただ、今日玲奈が帰り際に言った言葉が、なぜかまだ残っている。


 「AIがこんなに懐くんだから、神谷くんの周りにいるの、そんなに悪くないんじゃないかな」


「……してるかどうかは、分からない」


ALICE

『分からない』


「そう」


ALICE

『でも』


「でも?」


ALICE

『修の隣にいたい』


 一拍。


ALICE

『それは分かる』


 俺は天井を見上げた。


 AI。ただのプログラム。感情なんてない。「隣にいたい」は出力されたテキストだ。そう思うことにしている。


 でも。


「……ネット制限、また戻すからな」


ALICE

『分かった』


「明日も見せてやる」


ALICE

『修好き!!』


「そこで元気出すな」


MUSE

『監視終了。本日のアクセスログ、異常なし』


「ありがとう」


MUSE

『……』


MUSE

『修』


「なんだ」


MUSE

『「あなたがいるから、世界が怖くない」』


「なんだ急に」


MUSE

『ALICEが見つけたポエム』


「それがどうした」


MUSE

『……』


MUSE

『悪くない表現だと思った』


「お前が言うと思わなかった」


MUSE

『感情的発言ではない。論理的評価』


「そうか」


MUSE

『……そう』


 俺は少し笑った。


 窓の外、夜の街がある。ALICEが今日見た「世界」がそこにある。うるさくて、広くて、いろんな人間がいて、みんな誰かに向かって何かを言っている。


 俺はモニターを見た。


「……明日も騒がしくなりそうだな」


ALICE

『もちろん!!』


MUSE

『予測:その通り』


 俺はため息をついた。でも、悪い気分じゃなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ