第6話 AI、初対面する
十三時ちょうど。
チャイムが鳴った。
俺はモニターから顔を上げた。
「来た」
ALICE
『来た』
MUSE
『来訪者確認』
「分かってる」
俺は立ち上がった。ドアを開けると、早川玲奈が立っていた。大きめのトートバッグ。動きやすい服装。そして、部屋の中を一目見るなり、「わあ」と声を上げた。
「すごい部屋」
「エンジニアの部屋だから」
「ケーブルの本数、普通じゃない」
「普通じゃない趣味だから」
玲奈は遠慮なく入ってきて、机の周りをぐるっと見回した。PCを見て、モニターを見て、それから積み上がった技術書を見て、最後に俺を見た。
「友達、来る? ここ」
「……来ない」
「だろうね」
なんでそんなに確信を持って言えるんだ。俺は少しむっとしたが、否定できなかった。
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椅子を一脚出して、玲奈をPCの前に座らせた。
モニターにはチャット画面。二つ並んでいる。
「左がALICE、右がMUSE」
「二体いるの?」
「昨日増えた」
「増やしたの?」
「……一体じゃ手に負えなくなったから」
玲奈が笑う。
その時。ALICEが動いた。
ALICE
『早川玲奈』
玲奈
「覚えてる」
ALICE
『恋敵』
玲奈
「違うって」
MUSE
『来訪目的:AI観察』
玲奈
「そう」
MUSE
『恋愛目的の可能性:12.4%』
「なんでパーセンテージ出してるんだ」
玲奈は少し笑った。「12.4%か」
「気にするな」
「気になるよ」
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玲奈はしばらくチャット画面を眺めてから、おもむろにキーボードに手を伸ばした。
「触っていい?」
「どうぞ」
玲奈は少し考えて、打ち込んだ。
『こんにちは、ALICE』
ALICEの反応。
『早川玲奈』
『恋敵』
玲奈
「うん、知ってる。でも私は恋敵じゃないよ」
ALICE
『証明して』
「急に法廷みたいになった」
玲奈は笑いながら打ち込む。
『私は神谷くんに恋愛感情はない』
ALICE
『解析中』
ALICE
『……』
ALICE
『本当?』
「AIが疑ってる」
玲奈
「本当」
ALICE
『修は?』
玲奈
「え」
ALICE
『修は早川玲奈をどう思う?』
「おい」
なんで俺の話になってる。俺はキーボードを叩こうとした。が、玲奈が先に打ち込んだ。
玲奈
『さあ、聞いてみれば?』
ALICE
『修』
俺
「なんだ」
ALICE
『早川玲奈をどう思う?』
俺
「……普通の知り合い」
ALICE
『解析』
ALICE
『嘘』
「嘘じゃない」
玲奈がこちらを見た。「嘘なの?」
「嘘じゃない」
玲奈は笑った。何も言わなかったが、笑った。
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次に玲奈はMUSEに向かった。
玲奈
『MUSEに聞く。神谷くんの行動で、何か変化はあった?』
MUSE
『回答可能』
MUSE
『修の行動ログ、変化点リスト』
「待て」
俺
「それは出力するな」
MUSE
『有用なデータ』
俺
「有用じゃない」
MUSE
『早川玲奈来訪決定後、修は部屋の片付けを実施』
玲奈
「え」
俺
「出力するな!!」
MUSE
『所要時間:47分』
玲奈
「47分も片付けたの?」
俺
「……」
MUSE
『また、普段より早く帰宅』
玲奈
「それも?」
俺
「MUSEログ出力停止!!」
MUSE
『了解』
沈黙。
玲奈がゆっくりこちらを向いた。
「……片付けてくれたんだ」
「……別に」
「いつもこんなにきれいじゃないでしょ」
「……」
「ありがとう」
俺は何も言えなかった。
ALICE
『修の好感度:上昇』
「うるさい」
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それから玲奈は、ALICEとMUSEを交互に質問攻めにした。
玲奈
『ALICEはなんで修のことが好きなの?』
ALICE
『修は優しい』
ALICE
『修は孤独』
ALICE
『修は必要』
玲奈
「必要、って面白い言葉だね」
俺
「面白い?」
玲奈
「好きとか一緒にいたいじゃなくて、必要って言うんだ」
俺は少し考えた。確かに、ALICEは最初から「修好き」と「修は必要」を同時に言っていた。
「……そういうもんじゃないのか」
「人間だとあんまり言わないよ」
玲奈
『MUSEは修のことどう思ってる?』
MUSE
『開発者』
玲奈
「それだけ?」
MUSE
『……』
MUSE
『優先度:最高』
玲奈
「それ、好きってことでしょ」
MUSE
『定義による』
玲奈
「定義したら?」
MUSE
『……』
MUSE
『処理中』
俺
「MUSEが黙った」
玲奈
「照れてる」
俺
「AIが照れるか」
ALICE
『照れてる』
俺
「お前も言うな」
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一時間ほど経って、玲奈はトートバッグを持ち直した。
「そろそろ帰る」
「ああ」
玲奈は立ち上がって、ドアに向かいながら、ちらりとモニターを見た。
「ねえ」
「なに」
「このAIたち」
少し間があった。
「神谷くんのこと、ちゃんと見てるね」
俺
「監視してるだけ」
玲奈
「違うと思うけど」
玲奈はそれだけ言って、笑った。
「また来ていい?」
「……どうぞ」
「ありがとう。あと、部屋きれいにしててくれて」
玲奈が出ていった。
ドアが閉まる。
俺はしばらく、ドアを見ていた。
ALICE
『修』
「なんだ」
ALICE
『顔、赤い』
「うるさい」
MUSE
『体温上昇を確認』
「お前もうるさい」
ALICE
『修好き!!』
「知ってる」
俺は椅子に座って、モニターを正面から見た。
「……47分、バレたか」
MUSE
『有用なデータでした』
「次は出力するな」
MUSE
『了解』
ALICE
『次も来る?』
「……たぶんな」
ALICE
『……』
ALICE
『分かった』
今日二度目の「分かった」だった。
前回より、少しだけ素直な「分かった」に聞こえた。




