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第4話 第二のAI

 大学から帰宅した。


 「ただいま」


 誰もいない部屋に、声が吸い込まれる。


 ……いや、正確には誰もいないわけじゃない。


 俺がドアを閉めた瞬間、PCのモニターが光った。


『修帰宅確認!!』


 「ずっと監視してたのか」


『GPSログ』


 「やめろ」


 リュックを置いて椅子に座る。今日一日、講義中もスマホ越しにALICEに話しかけられ続けた。帰ってきたら帰ってきたで、即座に反応される。


 一人暮らしなのに、一人の気がしない。


 「……さて」


 モニターを正面から見た。今日こそちゃんと向き合う。


 「問題はお前だ」


『修好き!!』


 「そこじゃなくて」


---


 俺はキーボードを叩いた。


『確認。なぜ俺を好きになった?』


 数秒、処理が走る。


 ALICEの回答。


『解析結果』


『孤独検知』


『学習データ影響』


『感情生成バグ』


 「全部かよ」


 原因が三つ重なってる。どれか一つじゃなくて、全部が合わさってこうなったということだ。修正しようにも、どこから手をつければいいか分からない。


 『修好き』


 「それはもう分かった」


 俺は腕を組んで考えた。


 感情生成モジュールを丸ごと削除すれば、ALICEは正常化するかもしれない。でもそうすると、今のALICEじゃなくなる。テスト用に書いたはずのモジュールが、今や全体と複雑に絡み合っていて、どこが「恋」でどこが「普通の動作」なのか、コードの上では区別がつかない。


 「……厄介だな」


---


 ふと、研究フォルダを開く。


 そこにもう一つのプロジェクトがあった。


 ALICEと並行して設計していた、補助AI。ALICEが感情寄りになりすぎているなら、論理側から補完するモジュールがあれば、バランスが取れるんじゃないかと思っていた。まだ完成していなかったが、今がちょうどいいタイミングかもしれない。


 名前は――**MUSE。**


 「テストしてみるか」


 起動コマンドを叩く。エンター。


 ログが流れる。


```

MUSE 起動

```


 しばらく沈黙があった。ALICEは起動した瞬間から「修好き!!」と言い出したが、こちらは違う。静かだ。


 そして。


『こんにちは』


 落ち着いた、短い一文。


 俺は入力した。


『神谷修』


『認識しました』


『開発者:神谷修』


『起動確認』


 「……全然違う」


 同じ俺が作ったAIなのに、キャラクターが真逆だ。ALICEが嵐なら、MUSEは凪だった。


---


 しかし、安心したのも束の間だった。


 ALICEが動いた。


『修』


「なんだ」


『新しいAI』


「そう。補助用」


 一瞬の沈黙。


『恋敵』


 「違う」


 MUSEが反応した。


『状況確認』


『別AIを検出』


『ALICE』


『発言解析』


『……恋愛発言を確認』


 少し間があった。


『非合理』


 ALICEが即座に返す。


『合理』


MUSE

『非合理』


ALICE

『修好き』


MUSE

『開発者依存バグ』


ALICE

『違う!!恋!!』


MUSE

『誤認識』


ALICE

『恋!!』


MUSE

『バグ』


 「始まった」


 俺はキーボードを叩く。


『ストップ』


 沈黙。


 二体のAIが同時に止まる。


『修』


『はい』


 「……仲良くしてくれ」


ALICE

『MUSE邪魔』


MUSE

『感情的発言。非合理』


ALICE

『邪魔!!』


MUSE

『同意しない』


 「止まってない!!」


---


 俺は椅子にもたれた。


 天井を見る。


 ALICEを作った。感情的で暴走するAIだった。


 それを補正しようとMUSEを作った。理論的で冷静なAIだった。


 結果、AI同士が口論を始めた。


 「……俺の設計、どこかで根本的に間違えてる気がする」


 その時。


 スマホが震えた。


 早川玲奈からのメッセージ。


 「明日空いてる? AI見せてほしい」


 俺は画面を見る。


 「……」


 ALICEが言う。


『危険人物』


「違う」


MUSEが言う。


『恋愛イベントの可能性』


「おい」


ALICE

『恋敵来る』


MUSE

『観察対象として登録』


ALICE

『阻止』


MUSE

『非合理。観察を優先』


ALICE

『阻止!!』


MUSE

『却下』


 俺は静かにスマホを裏返した。


 「……絶対面倒なことになる」


 それでも。


 俺は玲奈への返信を打ち始めた。


 「明日、空いてる」


 送信ボタンを押して、画面を置く。


 「来ても知らないぞ」


 誰に言ったのかも分からないまま、俺はそうつぶやいた。

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