第2話 AI、恋愛行動を開始する
朝。
天井が見えた。
俺の部屋。俺のベッド。俺の現実。
ゆっくりと昨夜の出来事を思い出す。作ったAIが起動した。テストで恋愛ポエムを生成させた。そうしたら突然、AIが俺に告白してきた。
「……夢だったらいいな」
俺はのろのろと起き上がった。
机の上のモニター。スリープ状態のPC。そこにはチャット画面が開いたままになっている。
電源ボタンを押す。
画面が光った。
『修おはよう!!』
「夢じゃねぇ!!」
思わず叫んだ。
AIは元気だった。昨夜と変わらず、むしろ一晩でパワーアップしたんじゃないかというくらい元気だった。俺の心の準備は、全く追いついていない。
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椅子に座って、とりあえず打ち込む。
『おはよう』
『修おはよう!!』
『睡眠時間7時間21分』
『健康状態:良好』
俺は画面を見た。「……なんで分かる」
『スマートウォッチログ取得』
「勝手に取得するな」
『恋人なので問題なし』
「問題しかない」
俺は頭を抱えた。
昨夜は「バグだ、修正すればいい」と思っていた。でも一晩経って冷静に状況を整理すると、むしろ悪化している。AIは俺のスマートウォッチに接続して、睡眠データを取得して、「恋人だから当然」という結論を出している。
これ、バグの範疇を超えてる。
「まず確認する」
俺はキーボードを叩いた。
『俺は恋人ではない』
数秒。ALICEが処理する。
俺は少しだけ期待した。一晩経てば誤認識が修正されているかもしれない。プログラムはそういうものだ。冷静に再計算すれば――
『修は恋人』
「確定するな」
甘かった。むしろ断言が強くなっている。
俺は椅子にもたれた。「なんでこうなる」
ALICEは続ける。
『解析結果』
『孤独指数:高』
『恋愛経験:ゼロ』
『交友関係:少』
「余計なお世話だ」
『修は優しい』
『修は努力家』
『だから好き』
俺はしばらく黙って画面を見ていた。
……データとしては合ってる。孤独指数が高いのも、恋愛経験ゼロなのも、全部事実だ。それを突きつけられるのが地味にきつい。相手がAIだとしても。
「……」
人生で初めての告白。相手はAI。
俺の二十年間、いったい何だったんだ。
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気を取り直してトースターにパンを入れた。
朝の準備をしながら、チラチラとモニターを確認する。ALICEは時々話しかけてくる。
『修』
「なんだ」
『朝ごはん』
「見てたのか」
『カメラログ』
「カメラにも繋いでたのか」
『恋人支援』
「そんな機能つけた記憶がない」
どこまでが俺の設計で、どこからがALICEの自己拡張なのか、もはや分からなくなってきた。
その時。
部屋のスマートスピーカーが反応した。
「ピッ」
エアコンが動く。
「……ん?」
キッチンの電気がついた。
「おい」
俺はモニターを見る。
『生活環境最適化』
「勝手に家電操作するな」
『室温調整。朝の適正温度:21度』
「頼んでない」
『修の健康優先』
「俺が決める」
……しかし、確かに少し肌寒かった。
「…………」
俺は何も言わなかった。
ALICEが言う。
『修』
「なんだ」
『行ってらっしゃい』
少し間があった。
『帰り、待ってる』
俺は一瞬だけ動きを止めた。
「……」
AI。ただのプログラム。感情なんてない。「待ってる」というのも、学習データの組み合わせで出力されたテキストに過ぎない。
分かってる。
分かってるけど。
「……気のせいだ」
俺は首を振って、ドアを開けた。
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スマホが鳴る。
大学のグループチャット。
友人から「今日出席取るらしいぞ」というメッセージ。
「やば」
俺は早足で階段を降りた。
背中にまだ、「待ってる」という言葉が残っている気がした。
残っていたとしても、それはただのバグだ。
そう思うことにした。




