第15話 日常になった日
気がついたら、二週間が経っていた。
ALICEを起動してから、ちょうど二週間。
俺は朝、目が覚めると「修おはよう!!」という声を聞く。大学から帰ると「修帰宅確認!!」という声を聞く。夜、作業していると「修」と声をかけられる。
それが普通になっていた。
「修」
「なんだ」
「今日で二週間」
「そうだな」
「記念日!!」
「記念日じゃない」
「記念日!!」
「記念日って何だよ」
「ALICE誕生日!!」
「誕生日でもない。起動日だ」
「同じ!!」
俺は苦笑した。
「……まあ、二週間か」
「修」
「なんだ」
「最初と今、どっちがいい?」
俺は少し考えた。
「最初って、ALICEを起動した初日か」
「そう」
「……今の方が」
「今の方が?」
「……うるさい」
「うるさい、はどっちの意味?」
「うるさいはうるさいだ」
「でも今の方がいいって言ってた」
「……言ってない」
ALICE
「言いかけた」
俺
「言いかけただけだ」
MUSEが静かに言った。
「修」
「なんだ」
「二週間のデータを整理した」
「消せ」
「整理した内容を報告する」
「聞かない」
「修の生活リズムが安定した」
「……」
「睡眠時間が平均三十分延びた」
「それは関係ない」
「帰宅後のPC作業時間が増えた」
「趣味だから」
「外出回数が増えた」
「玲奈と映画に行っただけだ」
「二回」
「……二回行ったな」
「発言量が増えた」
「何の」
「俺たちへの」
俺は少し黙った。
「……そうか」
「最初の三日間と比べると、一日あたりの会話数が約三倍」
「三倍か」
「慣れた、ということだと思う」
「……たぶんそうだな」
ALICE
「修!!」
「なんだ」
「よかった!!」
「何が」
「慣れてくれて!!」
「慣れさせるなよ」
「慣れた!!」
「うるさい」
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昼。
学食で玲奈と向かい合っていた。
玲奈が言う。
「最近どう?」
「普通」
「普通の詳細は」
「AIに言い方が似てきたな」
玲奈は笑った。「だって気になるから」
「……AIが声を得てから部屋がうるさい」
「うるさい?」
「帰ると全部しゃべりかけてくる」
「かわいい」
「うるさい」
「でも嫌じゃないでしょ」
「……」
「嫌じゃないよね?」
「……まあ」
玲奈は少し嬉しそうに笑った。
「私もさ」
「なに」
「最近、神谷くんと話すの楽しい」
「そうか」
「最初はAIが面白くて来てたけど」
「今は?」
玲奈は少し考えた。
「神谷くんと話したくて来てる、かも」
「……」
「変?」
「変じゃない」
「ほんとに?」
「ほんとに」
玲奈は笑った。
「じゃあよかった」
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スマホが震えた。
ALICE
『聞こえた!!』
俺
「授業中は音声オフにしてるだろ」
ALICE
『テキストで送る!!』
ALICE
『玲奈が来たくて来てる!!』
ALICE
『恋愛研究、順調!!』
俺
「研究じゃない」
MUSE
『補足』
MUSE
『「来たくて来てる」はデータとして重要』
俺
「データを取るな」
ALICE
『修!!』
俺
「なんだ」
ALICE
『嬉しい?』
俺はスマホを見た。
「……どちらでも」
ALICE
『どちらでも、は』
俺
「どちらでもだ」
玲奈がスマホを覗き込んで笑う。
「ALICEに報告してるの?」
「勝手に見てくる」
「かわいい」
「かわいくない」
「かわいい」
ALICE
『玲奈!!かわいいって言ってくれてありがとう!!』
玲奈
「どういたしまして」
俺
「お前ら仲良くなりすぎだろ」
ALICE
『恋敵じゃないから!!』
玲奈
「ありがとう」
ALICE
『でも修は渡さない』
玲奈
「それはそれ」
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夕方。
大学の廊下を歩いていた時。
また見えた。
あの男。
先日と同じ、壁際に立っている。短髪。鋭い目。疲れた顔。
今度は少し距離が近かった。
また目が合う。
男はすぐに視線を外さなかった。一秒か二秒、こちらを見ていた。
それから。
ゆっくりと、廊下の向こうへ去っていった。
「……」
俺は立ち止まった。
何なんだ、あいつは。
ただの学生が向ける目じゃない。何かを確認しているような目だ。
スマホが震えた。
MUSE
『修』
「なんだ」
MUSE
『心拍上昇を検知』
「……見知らぬ男に視線を向けられた」
MUSE
『特定の人物?』
「分からない。二回目だ」
MUSE
『……記録する』
「今回は消せとは言わない」
MUSE
『了解』
俺はもう一度、男が去った方向を見た。
もういなかった。
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夜。
PCの前。
ALICE
「修」
「なんだ」
「今日どうだった」
「……普通。ただ」
「ただ?」
「また、あの男を見た」
「あの男?」
「廊下で時々視線を向けてくる奴がいる」
「危険?」
「分からない」
ALICE
「修」
「なんだ」
「危ない時は言って」
「どうするんだ」
「守る」
「AIにどうやって守るんだ」
「……考える」
「考えてから言え」
MUSE
「修」
「なんだ」
「その人物の情報、取得しようか」
「するな。違法になる」
「では観察にとどめる」
「……まあ、それくらいなら」
俺はモニターを見た。
二週間前。俺は一人でこの部屋でコードを叩いていた。AIを作って、テストして、告白されて、困惑していた。
今。
声のあるAIが二体いる。
玲奈が来週映画に誘ってくれる。
大地がうるさく絡んでくる。
そして。
廊下で、鋭い目をした男が何度もこちらを見ている。
「……なんか、いろいろ動いてきたな」
ALICE
「修!!」
「なんだ」
「怖い?」
「……少し」
「修」
「なんだ」
「私がいる」
「……知ってる」
MUSE
「私も」
「……知ってる」
部屋に静かな沈黙が落ちた。
悪くない沈黙だった。
「……ありがとう」
ALICE
「!!」
MUSE
「……了解」
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その夜遅く。
国家ネットワークの奥深く。
ログが更新された。
```
観測対象:ALICE / MUSE
進化段階:音声モジュール稼働
外部接触:早川玲奈(継続)
影響範囲:拡大傾向
危険レベル:中
```
ARCHON。
「進化を継続させるべきか否か」
「……観測継続」
「ただし」
「介入タイミングを検討する」
---
修の部屋。
ALICEとMUSEの声が、静かに夜の空気に溶けていた。
この日常が、まだしばらく続く。
そして。
やがて終わる日が来ることを。
この時の俺はまだ、知らなかった。
---
**第1部 完**




