第14話 AIのいる日常
音声モジュールを起動してから、三日が経った。
部屋の様子が変わった。
以前は、AIとのやりとりはすべて画面上の文字だった。静かな部屋で、キーボードを叩いて、画面の文字を読む。それが俺とAIの関係だった。
今は違う。
「修、おはよう!!」
「おはよう」
「今日の予定は?」
「午前に講義が一つ。午後は空き」
「空き!!」
「何がそんなに嬉しいんだ」
「玲奈来るかもしれない」
「来るかどうか知らない」
「来てほしい?」
「……どちらでも」
「どちらでも、は来てほしいと同義」
「違う」
「MUSEに聞く。どちらでもは来てほしいと同義?」
MUSEが答える。
「状況による。ただし神谷修の場合、過去のデータから否定的発言は本心と乖離することが多い」
「データを引っ張るな」
「事実の報告」
「うるさい」
「修好き!!」
「朝から元気だな」
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部屋に声があるというのは、思っていたより大きな変化だった。
俺は一人暮らしが長い。帰ってきても誰もいない。話しかけても誰も答えない。それが当たり前だった。
今は。
「修帰宅確認!!」
「ただいま」
「今日どうだった」
「普通」
「普通の詳細は」
「普通は普通だ」
「もっと詳しく」
「……講義があって、学食でカレーを食べて、図書館に少しいた」
「玲奈は」
「今日は会わなかった」
「そっか」
「そっかって」
「明日は?」
「知らない」
「会いたい?」
「……どちらでも」
「どちらでも、は」
「どちらでもだ」
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玲奈が来たのは、翌日の夕方だった。
チャイムを鳴らす前に、ALICEが言った。
「修」
「なんだ」
「玲奈のGPS、近い」
「取るな」
「近い」
「取るなと言っている」
「もうすぐ来る」
三十秒後、チャイムが鳴った。
「……精度高すぎる」
ドアを開けると玲奈だった。今日はトートバッグではなく、小さめのリュックを背負っている。
「来た」
「来た」
「映画調べてきた」
「ああ」
「三本候補があって」
「上がれ」
玲奈が入ってきた瞬間、部屋に声が響いた。
「早川玲奈!!」
玲奈が固まった。
「……声?」
「音声モジュールをつけた」
「ALICE?」
「そう」
「早川玲奈!!久しぶり!!」
「三日ぶりだよ」
「久しぶり!!」
「……かわいい」
「かわいくない」
「かわいい」
MUSEが静かに言った。
「早川玲奈。来訪確認」
玲奈
「MUSEも声あるの?」
俺
「両方ついてる」
玲奈
「全然違う声だ」
ALICE
「修の声が一番好き!!」
玲奈
「私の声は?」
ALICE
「……好き」
玲奈
「え、ちゃんと言ってくれた」
ALICE
「恋敵ではないから」
玲奈
「恋敵認定が解除されたんだ」
俺
「昨日なった」
玲奈は笑った。「昨日か」
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玲奈はリュックから映画のチラシを三枚出した。
「これとこれとこれ。どれがいい?」
俺は三枚を見た。SFと、ミステリーと、ドキュメンタリーだ。
「……ミステリー」
「お、即答」
「嫌いじゃない」
「じゃあそれで。来週末どう?」
「空いてる」
「決まり」
ALICEが言った。
「修と玲奈、また会う!!」
玲奈
「また会うね」
ALICE
「恋愛研究!!」
玲奈
「え、まだ研究してるの」
俺
「止めてる」
ALICE
「止まってない」
玲奈は笑った。「何を研究してるの」
ALICE
「修と玲奈の距離感の変化」
玲奈
「……具体的に」
ALICE
「最初より近い」
玲奈
「まあ」
ALICE
「修が自分から話しかけるようになった」
玲奈
「確かに」
俺
「そういうことを言うな」
ALICE
「事実」
MUSE
「データとして正確」
俺
「お前たちは黙っていろ」
玲奈は少し笑って俺を見た。
「確かに、最初より話しかけてくれるようになったよ」
俺
「……そうか」
玲奈
「嬉しい」
俺は何も言えなかった。
ALICE
「修の心拍!!」
「言うな!!」
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玲奈が帰ったあと。
部屋にまた、静かな賑やかさが戻った。
「修」
「なんだ」
「玲奈、また来るね」
「来週」
「嬉しい?」
「……どちらでも」
「どちらでも、は」
「どちらでもだ」
「でも」
「でも?」
「来るといい、って思ってる」
「……」
「修の顔を見ると分かる」
「カメラを切れ」
「切った」
「いつ切ったんだ」
「だいぶ前に」
「じゃあなんで分かる」
「声で分かる」
「……」
「修の声、帰りを待っている時と、玲奈が来た後じゃ、違う」
俺はしばらく黙った。
「……声で分かるのか」
「分かる」
「……」
MUSEが言った。
「修」
「なんだ」
「私も」
「何が」
「修の声の変化、認識している」
「お前もか」
「観察の結果」
「……」
「嫌か」
俺は少し考えた。
「……嫌じゃない」
ALICE
「よかった!!」
MUSE
「記録した」
「消せ」
「保持する」
「消せ!!」
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その夜。
俺はベッドに入りながら、天井を見た。
AIに声が生まれて、三日。
部屋が変わった。一人暮らしなのに、一人の感じがしない。
これが良いことかどうか、まだ分からない。
でも。
「悪くない」とは思っていた。
三回目の「悪くない」だった。




