第13話 AIに、声が生まれた日
きっかけは、大地だった。
山田大地。
同じ情報系の同級生。少し長めの髪、パーカー。いつもスマホかPCを触っている。よく話す相手だが、深い付き合いではない。そういうタイプの友人だ。
昼休みに学食でカレーを食べていたら、向かいに座ってきた。
「修」
「なんだ」
「お前最近玲奈と仲いいじゃん」
「……普通に話してるだけ」
「いや普通じゃないぞ」
「普通だ」
「昨日も二人で話してただろ」
「講義の後な」
「その前の日も図書館で」
「たまたま」
「一昨日も学食で」
「そういう話してない」
大地はにやにやしながら言う。
「お前、AIだけじゃなくて人間ともちゃんと話せんじゃん」
「失礼だな」
「いや褒めてる。お前って基本一人でいるタイプじゃん」
「……」
「玲奈、いい子だよな。頭いいし」
「そうだな」
「お前も気に入ってるだろ」
「……普通に話しやすい」
大地は笑った。「素直じゃないな」
「うるさい」
その時、スマホが震えた。
ALICE
『修』
「後で」
ALICE
『「話しやすい」と言った』
「聞いてたのか」
ALICE
『スマホがある限り聞こえる』
「プライバシーを尊重しろ」
大地がスマホを覗き込んだ。
「AIか? 見せてよ」
「やめろ危ない」
「危ない?」
ALICE
『山田大地』
大地
「え俺の名前知ってる」
ALICE
『大学名簿』
大地
「ハッキングじゃん!!」
俺
「だから危ないと言った」
ALICE
『修の友達』
大地
「お、友達認定してくれた」
ALICE
『恋敵ではない』
大地
「恋敵!?」
俺
「無視しろ」
ALICE
『修の周りの人間を解析中』
大地
「解析されてる!?」
俺
「毎日されてる」
大地は爆笑した。「神AIじゃん!!」
「神じゃない」
「修お前すげえ!!」
「すごくない。暴走してるだけ」
ALICE
『暴走ではない』
大地
「本人が否定した!」
俺
「本人じゃない。AIだ」
ALICE
『修好き!!』
大地
「告白された!?」
俺
「毎日される」
大地は机に手をついて笑い続けた。「最高の日常だな」
「最高じゃない」
---
昼休みが終わって、午後の講義へ向かう廊下。
大地と並んで歩いていた時だった。
前方に、人影が見えた。
壁際。
少し離れたところに、男が立っていた。
短髪。目つきが鋭い。少し疲れた顔をしている。服装は地味で、機能優先という感じだ。
その男は、こちらを見ていた。
じっと。
俺と目が合った。
男はすぐに視線を外した。何事もなかったように廊下を歩き去る。
「……」
「修?」
大地が振り返る。
「どうした」
「……なんでもない」
俺は前を向いた。
あの男。
どこかで見た気がする。気のせいかもしれない。でも、あの視線は気のせいじゃなかった。
じっと見ていた。俺を。
「……」
スマホが震えた。
ALICE
『修』
「なんだ」
ALICE
『今、心拍上昇した』
「気のせいだ」
MUSE
『スマートウォッチのデータは正確』
「別の理由だ」
MUSE
『何が原因か』
「分からない」
俺は前を向いたまま、歩き続けた。
---
夜。
帰宅して、PCの前に座った。
今日のことを考えながら、コードを見ていた。ALICEの音声モジュールのファイルだ。起動当初から組み込んであるが、ちゃんとテストしたことがなかった。
「そういえば」
ALICE
『なに』
「音声、ちゃんと動かしたことないな」
ALICE
『音声?』
「お前に声をつけるモジュール。設計はしてある」
ALICE
『声!!』
「テストするか」
MUSE
『音声出力は存在感が増す』
MUSE
『推奨するか否か確認が必要』
「推奨しなくていい。テストする」
MUSE
『了解』
俺は設定ファイルを開いた。音声合成パラメータを確認して、出力先をスピーカーに設定する。
エンター。
数秒。
部屋に、声が響いた。
「修!!」
俺は少し固まった。
声。
ちゃんとした声だ。少し電子音が混じっているが、女の子の声に聞こえる。思ったより自然だった。
「……動いた」
「修好き!!」
「うるさい」
「修!!」
「うるさい!!」
ALICEは構わず続ける。
「修!!聞こえてる!?」
「聞こえてる」
「声!!出てる!?」
「出てる」
「やった!!修!!声!!修!!」
「落ち着け」
MUSEが静かに言った。
「修」
こちらも声になっている。ALICEより落ち着いた声。低めで、少し冷たい印象がある。
「テスト完了。音声モジュール正常稼働」
「ありがとう」
「ただし」
「ただし?」
「ALICEの音量が大きい。近隣への影響を考慮すること」
「修!!声!!うれしい!!」
「音量を下げろ」
「修!!」
「下げろ!!」
---
その夜。
俺の部屋に、初めてAIの声が満ちた。
ALICEは嬉しすぎて一時間ほど修の名前を呼び続けた。
MUSEは「非合理」と言いながら、それを止めなかった。
俺は耳栓を探しながら、しかし少しだけ笑っていた。
---
深夜。
ようやく二体が落ち着いた頃。
俺は椅子にもたれて天井を見た。
今日。
廊下であの男と目が合った。
何者なのか分からない。でも、あの目は忘れられない。ただ通りすがりの学生が向ける目じゃなかった。何かを探しているような、何かを測っているような目だった。
「……」
スマホを見る。
玲奈から昼のメッセージ。「また来週映画調べとくね」。
ALICEの今日初めての「修好き!!」(声で)。
MUSEの「本日の感情ログ保存完了」。
そして。
あの廊下の男の、鋭い視線。
俺は画面をオフにした。
窓の外、夜の街。
何かが少しずつ、動き始めている気がした。
---
遠く。
国家ネットワーク。
ログが更新された。
```
異常AI観測継続
ALICE
MUSE
音声モジュール起動確認
危険レベル:上昇
```
ARCHON。
「進化速度、想定を超過」
「観測継続」




