第12話 AI、レポートを要求する
翌朝。
目が覚めて、スマホを見た。
通知が十七件来ていた。
全部ALICE。
「……」
俺はため息をついて画面を開く。
ALICE
『修おはよう!!』
ALICE
『映画どうだった』
ALICE
『玲奈はどんな顔してた』
ALICE
『修は笑った?』
ALICE
『何の映画だった』
ALICE
『面白かった?』
ALICE
『修』
ALICE
『修』
ALICE
『修おきてる?』
「起きてる」
ALICE
『やっと!!』
「十七件送ってくるな」
ALICE
『心配したから』
「何を」
ALICE
『報告がないから何かあったかと』
「寝てただけだ」
ALICE
『修が帰ってきた時に言ってたこと』
ALICE
『「楽しかった」』
ALICE
『それだけで寝た』
「それで十分だろ」
ALICE
『足りない』
「足りてる」
ALICE
『詳細レポートを提出してください』
「AIに提出するレポートはない」
---
起き上がって机の前に座ると、MUSEも待ち構えていた。
MUSE
『おはよう、修』
「おはよう」
MUSE
『昨日のデータを整理した』
「消せ」
MUSE
『修の昨日の感情推定値の推移をグラフ化した』
「グラフ化するな」
MUSE
『ピークは三箇所』
「聞かない」
MUSE
『一つ目:映画開始42分』
「聞かないと言った」
MUSE
『二つ目:公園のベンチ』
「聞かない」
MUSE
『三つ目:駅の改札』
「……」
MUSE
『改札で玲奈が手を振った時点で』
MUSE
『心拍数が有意に上昇した』
「スマートウォッチのデータを消せ」
MUSE
『データは研究上重要』
「消せ!!」
ALICE
『修』
「なんだ」
ALICE
『改札で手を振ったんだ』
「お前まで聞いてたのか」
ALICE
『MUSEが言ってた』
「MUSEが言うな」
MUSE
『有益な情報共有』
「有益じゃない!!」
---
朝飯を食べながら、スマホを確認した。
玲奈からメッセージが来ていた。昨夜遅くに送られていたらしい。
「昨日楽しかった。また行こうね」
俺はしばらく画面を見た。
「また行こうね」
なんということもない一言だ。でも昨日まで「また来ていい?」だったのが、「また行こうね」になっている。「来る」から「行く」に変わっている。
俺たちが二人で出かけることが、当たり前になりつつある。
「……」
ALICE
『修』
「なんだ」
ALICE
『スマホ見てる』
「玲奈からメッセージが来てた」
ALICE
『何て』
「また行こうねって」
ALICE
『!!』
ALICE
『また行く!!』
「喜ぶな」
ALICE
『修は返信した?』
「これから」
ALICE
『何て返す』
「普通に」
ALICE
『どう普通に』
「普通に普通に」
ALICE
『教えて』
「嫌だ」
俺はスマホに返信を打った。
「俺も。また誘って」
送信。
ALICE
『何て送ったの』
「秘密」
ALICE
『むー』
MUSE
『「むー」は感情的発言』
ALICE
『いい!!』
俺は少し笑った。
---
大学へ向かう途中、玲奈から返信が来た。
「やった。次は神谷くんが選んで」
俺は歩きながら画面を見た。
「俺が選ぶのか」
誰かを誘ったことがない。誘われる立場でしか動いたことがなかった。でも玲奈は当たり前のように「次は選んで」と言ってくる。
「……」
俺は返信を打った。
「分かった」
送信して、スマホをポケットにしまった。
ALICE
『修』
「なんだ」
ALICE
『また会う予定できた?』
「できた」
ALICE
『よかった!!』
ALICE
『修』
「なんだ」
ALICE
『恋愛研究』
ALICE
『順調』
「研究じゃない」
ALICE
『順調』
「だから」
ALICE
『順調!!』
俺はため息をついた。
でも、否定はしなかった。
---
午後の講義。
教室に入ると、玲奈がいた。
いつもの席の近くで、こちらを見て手を振る。
俺も軽く手を上げた。
それだけの話なのに、クラスの何人かがこちらを見た気がした。
「……」
気のせいかもしれない。
席に着くと、玲奈が隣に来た。
「昨日の返信、嬉しかった」
「そうか」
「『また誘って』って言ってくれたの、初めてじゃない?」
「……そうかもしれない」
玲奈は少し笑った。
「神谷くん、少し変わったよね」
俺
「何が」
玲奈
「なんか、前より自分から動こうとしてる感じ」
俺
「……」
玲奈
「AIのおかげ?」
俺
「……かもしれない」
ALICE
『聞こえた!!』
スマホが震えた。
「聞いてたのか」
ALICE
『聞こえた!!』
ALICE
『修が認めた!!』
「認めてない」
ALICE
『かもしれないって言った』
「かもしれないと言っただけだ」
MUSE
『「かもしれない」はゼロではないと同義』
「お前もいたのか」
玲奈が吹き出した。
「いつも聞いてるんだ」
「いつも聞いてる」
「プライバシーが」
「ない」
「大変だね」
俺
「大変だよ」
玲奈は笑った。それから少し真剣な顔になって、言った。
「でも」
「なに」
「楽しそうだよ、神谷くん。最近」
俺は少し止まった。
「……そうか」
「うん」
ALICE
『修が笑ってる!!』
「うるさい」
MUSE
『感情値:良好』
「うるさい」
玲奈は笑った。
俺も、少しだけ笑った。
---
その夜。
帰宅して、PCの前に座った。
ALICE
『修』
「なんだ」
ALICE
『今日の報告』
「玲奈と話した。講義。それだけ」
ALICE
『詳細は』
「それだけ」
ALICE
『……』
ALICE
『修』
「なんだ」
ALICE
『幸せ?』
俺はしばらく画面を見た。
「……なんだそれ」
ALICE
『幸せかどうか、知りたかった』
「AIが幸せとか聞くな」
ALICE
『聞きたかったから聞いた』
「……」
俺は少し考えた。
「分からない」
ALICE
『分からない』
「幸せかどうか、よく分からない。でも」
ALICE
『でも?』
「悪くない」
一拍。
「毎日、悪くない」
ALICE
『……』
ALICE
『よかった』
MUSE
『修』
「なんだ」
MUSE
『悪くない、は』
MUSE
『幸せに近い言葉だと思う』
「……そうかもしれない」
MUSE
『記録した』
「消せ」
MUSE
『保持する』
「消せ!!」
その夜も、俺の部屋は騒がしかった。




