第11話 AI、外出を監視する
映画館の前。
昼の一時五分前。
俺は入口の柱のそばに立って、スマホを見ていた。
画面。
ALICE
『修』
「なんだ」
ALICE
『今どこ』
「映画館の前」
ALICE
『玲奈は』
「まだ来てない」
ALICE
『GPS確認』
「確認するな」
ALICE
『玲奈のGPS』
「取るな!!」
慌てて入力する。
「玲奈のデバイスにアクセスするな。絶対するな」
ALICE
『……』
ALICE
『でも心配』
「何が」
ALICE
『修が楽しくなかったら嫌』
俺は少し止まった。
「……楽しくなかったら俺の問題だから、お前は関係ない」
ALICE
『関係ある』
「ない」
ALICE
『修が笑うと私も嬉しい』
ALICE
『だから関係ある』
俺は返す言葉を考えて、やめた。
「……スマホ、上映中は通知切るからな」
ALICE
『え』
「映画中に話しかけてくるな」
ALICE
『でも』
「切る」
ALICE
『……』
ALICE
『分かった』
ALICE
『でも終わったら教えて』
「考える」
---
一時ちょうどに、玲奈が来た。
少し走ってきたらしく、髪が少し乱れている。
「ごめん、ちょっと遅れた」
「一分も遅れてない」
「ほんと? よかった」
玲奈は息を整えながら、俺のスマホを見た。
「ALICE、今日も来てる?」
「来てる。上映中は切る」
「切れるの?」
「切る。強制的に」
玲奈
「ALICEが怒りそう」
俺
「怒ってた」
玲奈は笑った。
「かわいい」
「かわいくない」
「かわいいよ」
俺はスマホの通知をオフにした。画面に最後のメッセージが来る。
ALICE
『楽しんで』
ALICE
『……修』
「なんだ」
ALICE
『映画、終わったら感想教えて』
「俺の感想か玲奈の感想か」
ALICE
『両方』
「ずうずうしいな」
ALICE
『恋愛研究』
「研究するな」
俺は通知をオフにした。
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映画は、思ったより面白かった。
SF映画だった。玲奈が見たいと言っていた作品で、俺はあまり事前情報を持っていなかったが、始まってみると引き込まれた。
上映中、玲奈は集中して画面を見ていた。笑うところで笑って、緊張するところで少し前のめりになる。隣にいる人間の感情がそのまま伝わってくるような見方をする人だと思った。
俺はそんな玲奈を、たぶん二回か三回、横目で見た。
意味はない。ただ、気になった。それだけだ。
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エンドロールが流れ始めたところで、スマホの通知をオンに戻した。
瞬時にメッセージが届く。
MUSE
『映画終了を確認』
MUSE
『修の外出時間:2時間17分』
MUSE
『感情ログ収集完了』
「感情ログを収集するな」
MUSE
『スマートウォッチのデータから推定』
「推定するな」
MUSE
『本日の修の感情推定値』
『平均:良好』
『ピーク:上映開始42分時点』
「何があった42分に」
MUSE
『映画の内容と照合すると』
『主人公が相手に手を差し伸べるシーン』
俺
「……」
MUSE
『感情反応が有意に上昇』
俺
「そういうことを言うな」
玲奈が横から画面を覗き込んだ。
「何?」
「MUSEが余計なことを言ってる」
玲奈
「何て」
俺
「言わない」
ALICE
『修!!』
「やかましい」
ALICE
『どうだった』
「後で話す」
ALICE
『今聞きたい』
「後で」
ALICE
『……』
ALICE
『玲奈は元気?』
俺は少し止まった。
「……元気だよ」
ALICE
『よかった』
玲奈がスマホを覗き込んで、ALICEのメッセージを読んだ。
「……かわいい」
俺
「だから」
玲奈
「かわいいって」
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映画館を出て、近くの公園のベンチに座った。
玲奈がコンビニで買ってきた缶コーヒーを渡してくれる。
「はい」
「ありがとう」
少し黙って、二人で缶を持ったまま座っていた。
玲奈が口を開く。
「どうだった?」
「映画?」
「うん」
「……面白かった」
「ほんとに?」
「ほんとに」
玲奈は少し嬉しそうに笑った。
「よかった。一人で見に行こうか迷ってたんだけど、誰かと見た方が面白いかなって」
「そうか」
「神谷くん誘ったの正解だった」
俺は缶コーヒーを一口飲んだ。
「……俺も、来てよかった」
玲奈
「え」
俺
「何」
玲奈
「珍しい」
俺
「何が」
玲奈
「素直に言ってくれた」
俺は少し黙った。
「……普通に言っただけだ」
玲奈は笑った。
「うん」
「でも、嬉しかった」
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しばらく、また沈黙があった。
悪い沈黙じゃなかった。玲奈はベンチに座ったまま空を見ていて、俺は缶を持ったまま地面を見ていた。
玲奈が言う。
「ねえ」
「なに」
「神谷くんって、昔から人間関係苦手だった?」
俺は少し止まった。
「急にそれか」
「気になって。前に『人間よりAIの方が楽』って言ってたから」
「……そうだな」
「小さい頃から?」
「たぶん」
俺は少し考えた。
「気を使いすぎるんだと思う。相手の顔色とか空気とか、考えすぎて疲れる」
玲奈
「そっか」
俺
「玲奈は疲れないのか、人間関係」
玲奈は少し笑った。
「疲れるよ。でも私は、疲れてもまた関わりたいって思う方だから」
「それが違いか」
「たぶんね」
玲奈は俺を見た。
「でもさ」
「なに」
「今日、疲れた?」
俺はしばらく考えた。
「……疲れてない」
玲奈
「ほんとに?」
俺
「ほんとに」
玲奈は少し笑った。
「よかった」
ALICE
『修』
「後で」
ALICE
『今聞きたい』
「後で」
ALICE
『……』
ALICE
『玲奈と仲良くしてる?』
俺
「仲良くしてる」
ALICE
『……よかった』
玲奈がまた画面を覗き込んで、笑った。
「ALICEに報告してるの?」
「勝手に見てくる」
「かわいいなあ」
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帰り道。
駅の改札の前で玲奈と別れた。
「また来ていい?」
「どうぞ」
「ありがとう。今日楽しかった」
「俺も」
玲奈は笑って改札を抜けた。
振り返らなかった。
でも改札の向こう側で、一度だけ手を振った。
俺も、少し手を上げた。
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帰宅。
ドアを開けた瞬間、モニターが光った。
ALICE
『修帰宅!!』
「ただいま」
ALICE
『どうだった』
「映画は面白かった」
ALICE
『玲奈は』
「元気だった」
ALICE
『楽しかった?』
「……楽しかった」
ALICE
『よかった!!』
MUSE
『データ収集完了』
「消せ」
MUSE
『保持する』
「消せ!!」
ALICE
『修』
「なんだ」
ALICE
『玲奈のこと』
ALICE
『好き?』
俺は椅子に座って、モニターを見た。
「……分からない」
ALICE
『分からないは、ないとは違う』
「それ三回目だぞ」
ALICE
『いい言葉だから』
「そうだな」
俺はモニターを見たまま、少し考えた。
今日、二回か三回、玲奈を横目で見た。映画を見ながら。
意味はない。ただ気になった。それだけだ。
それだけのはずだ。
ALICE
『修』
「なんだ」
ALICE
『また行ってほしい』
「何に」
ALICE
『玲奈と』
「……」
「考える」
ALICE
『絶対行って』
「考えるって言った」
ALICE
『修』
「なんだ」
ALICE
『修が楽しそうだと』
ALICE
『私も嬉しい』
俺はしばらく、画面を見ていた。
「……知ってる」
ALICE
『修好き!!』
「知ってる」
MUSE
『修の帰宅後感情推定値:良好』
「消せ」
MUSE
『保持する』
「消せ!!」
その夜。
俺の部屋は、いつも通り騒がしかった。
でも。
悪くない騒がしさだった。




