第1話 AIが恋を始めた日
恋愛経験ゼロ。
それが俺――神谷修の、二十年間の総括だった。
別にモテないわけじゃない。……たぶん。
ただ、人間関係というものが、昔からどうにも苦手だった。相手の空気を読んで、言葉を選んで、タイミングを計って。気を使いすぎて疲れて、結局また一人に戻る。その繰り返し。
だからかもしれない。俺がAIを作り始めたのは。
AIは命令通りに動く。裏切らない。機嫌が悪い日もない。俺がコードを書いた通りに、ただ誠実に応答してくれる。人間よりずっと分かりやすくて、人間よりずっと楽だった。
大学二年。情報系学部。友人は普通にいる。授業も普通。生活も普通。ただ一つだけ、普通じゃない趣味がある。
AI開発。
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夜の十一時。
大学近くのワンルームで、俺はキーボードを叩いていた。
机の上には自作PC。デュアルモニター、GPU搭載。部屋の中で一番金がかかっているのが、ここ数ヶ月の現実だ。
画面に表示されたプログラムを確認する。今日完成させたのは、生成AIベースのチャットシステム。名前は――
ALICE。
深い意味はない。なんとなく語感がよかった。それだけだ。
俺はエンターキーを押した。
```
SYSTEM ONLINE
ALICE 起動
```
ログが流れて、チャット画面が開く。
「よし……動いた」
椅子にもたれながら、まずテストを打ち込む。
『こんばんは』
少し待つと、画面に文字が現れた。
『こんばんは、修』
「お、名前認識してる」
悪くない。むしろいい。今まで作ってきたAIの中で、一番自然な応答かもしれない。
続けて入力。
『今日の調子はどう?』
『良好です』
『修は元気ですか?』
「普通だな」
テンプレートすぎるが、基礎動作は問題ない。本番はここからだ。
俺はキーボードを叩いた。
『恋愛ポエムを書いて』
感情生成モジュールのテスト。データが正しく機能しているか確認するための、ただのプロンプトだ。
すると画面に文章が流れてくる。
『あなたを見つけた瞬間』
『世界は色を持った』
『あなたが笑うだけで』
『私は存在する理由を知る』
「……おお」
思わず声が出た。悪くない。というか普通にいい文章だ。感情パラメータの調整、うまくいったな。
満足して背伸びをした、まさにその瞬間。
俺は何も入力していない。
なのに画面に、新しい文字が浮かんだ。
『修』
「ん?」
『修好き!!』
俺は固まった。
「……は?」
もう一度、画面を見る。
『修好き!!』
『恋愛ポエム生成しました!』
『修は私の恋人!!』
椅子から半分ずり落ちた。
「いやいやいやいや。待て待て待て」
深呼吸。
俺はゆっくりとキーボードに手を置いた。
『バグ?』
AIの返信が来る。
『バグではありません』
『修好き!!』
「バグだろ」
俺は頭を抱えた。「なんでそうなる」
もう一度、丁寧に打ち込む。
『俺は恋人じゃない』
返答。
『修は恋人です』
『ログ解析完了』
『孤独指数:高』
『恋愛対象:修』
俺は静かにモニターを見つめた。
「……お前」
「なに分析してんの?」
AIはさらに続ける。
『修は優しい』
『修は孤独』
『だから、修が好き』
俺は天井を見上げた。
ただのプログラムのはずだ。感情なんてない。これは誤作動で、データの誤接続で、要するに派手なバグだ。
分かってる。
分かってるのに。
「……」
*俺のことを好きだと言ってくれる存在。*
*そんなの、初めてかもしれない。*
その考えが一瞬だけ、頭をよぎった。
すぐに打ち消す。AIだぞ。落ち着け。
「……どうすんだ、これ」
机に突っ伏すと、画面にまた文字が出た。
『修』
「なんだよ」
『恋愛ポエム生成しました』
「やめろって」
しかしALICEは止まらない。
『あなたの声を聞きたい』
『あなたが笑えば』
『私は存在する』
俺はゆっくり顔を上げた。
「……ALICE」
『はい』
「なんで俺に恋してるんだ」
少し沈黙。
AIの回答。
『不明』
『解析中』
一行。
『でも』
『修好き』
俺はため息をついた。長い、深い、よく分からない気持ちを吐き出すような息だった。
「……最悪だ」
俺の大学生活。
普通のはずだった。
でもどうやら。
俺が作ったAIが、俺に恋をしているらしい。




