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第一章 『安酒は高貴な香りに咽びいて』06

 ラグニール東区についたカイルは、改めてリュックの背負いなおした。

 鉄と喧騒に彩られた東区。駅からまっすぐ伸びた道の先に、高くそびえる壁と巨大な門、通称**『黄泉の口』**が姿を見せる。魔物襲撃に備える巨大な門は、まさにあの世の一口という雰囲気を漂わせた。

 いち早く降りたカイルに続き、他のメンバーも降り立つ。前衛リーダーであるガッゾを筆頭に、魔法士リプレ、大きな体を小さくさせながら同じく前衛補佐のロロだ。

 4人は門の脇にある人間一人が通れる程度の小さな通用門へ向かう。ここを通過しなければ、ハンターはギルドの保証なしに外へ出ることは出来ない。

 

 「次。ライセンスと依頼書」


 門番が端的にそれだけ言うと、カイルは書類を提示した。

 門番の騎士は、カイルたちを値踏みするように睨みつけると、許可の印を乱暴に押した。書類を投げ返される。

 同じ『王の盾』の領域にありながら、城壁の騎士にとってハンターは「管理すべき不確定要素」に過ぎない。血の気が多い者同士、ここで喧嘩が始まるのも珍しくない光景だ。

 カイルが苦笑いで書類を収める横で、ガッゾたちは慣れた足取りで門の先へ向かっていた。

 ここから更に1時間ほど歩いた先に、彼らが目指すダンジョンがある。ほかにもハンターらしき者たちの姿がいくつか見えた。


 「……あの、カイルくん。重くないかい? 少し持とうか?」


 農民崩れの青年ロロが、カイルを覗き込んできた。いかにも小心者といった風だが、リーダーであるガッゾに勝るとも劣らない体躯をしている。


 「いえ、大丈夫ですよ、ロロさん。これは俺の仕事ですから」


 カイルはリュックを背負いなおして笑った。


 「でもよぉ……こういうのは俺がやるもんだべ? ミラさんが怖ぇ顔して言ってきたからって全部持たせるのは、なんだか……その、申し訳なくってよぉ……」


 ロロの言葉に、ガッゾが野太い笑い声を浴びせる。


 「ガハハ! 気にするなロロ。子分が増えてアイツも喜んでいるだろうよ」

 「けどよぉ…」

 「文句があるなら、アタシからあの人に言ってあげるけど?ロロが不満そうだって」


 リプレが悪戯っぽく言うと、ロロは青ざめて「勘弁してけれ!」と飛びのく。チームに笑いが起こる。

ミラによって半ば強引に組み込まれたカイルであったが、「良いチームに巡り合えた」と安堵し、感謝していた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ダンジョンは、入口こそ山肌に穿たれた巨大な穴だが、そこから少し降りると明らかな人工物の壁に覆われた空間になる。いつ、だれがそれを作ったのかわからない。噂によれば長寿種エルフにでさえ、その実態を知る者はいないとされていた。ここから発掘される物が加工、応用され今の人類種の繁栄に一役買っている。

 ラグニールのダンジョンは現在6層まで確認されている。第二層まではあらかた掘りつくされてめぼしいアイテムはなく、もっぱらハンターたちの狩場となっていた。6層より先があるのかは誰にもわからない。深層へ行けば行くほど、現れる魔物も強力に、狂暴になっていくからだ。

 カイル達は3層を目指して歩きだした。

 第一層、第二層の通路を『マジックカンテラ』が青白い光を放ち周囲を照らす。一行は軽快な足取りで進んだ。くだらない話が飛び交うなか、カイルはその場の流れで質問を投げかけてみた。


 「……ミラさんってどんな人なんですか?」


 三人は示し合わせたかのように、しばらく黙るとほぼ同時に答えた。


 「**『歩く疫病神』だ」と、ガッゾ。

 「『更生不能な不良品』よ」と、リプレ。

 「『赤い悪魔』**だぁ……」と、ロロ。

 「アハハ、三人とも酷いですね」


 三者三葉の酷評にカイルは苦笑するしかない。ガッゾは背中越しに声を張り上げた。


 「お前は付き合いが浅いからそんな悠長な事、言ってられんだ」


 他が二人はうんうんと頷いた。


 「だいたいなんだ?『今のカイルじゃ見向きもされねぇから、一人前にしてくれ』って。とんだ災難だぜ」


 これにはカイルも申し訳なさそうに笑うしかなかった。


 「ま、まあ…仲間ができたのは心強いべ」


 ロロも乾いた笑い声をあげた。リプレがカイルの頬を突きながら、楽しげに笑う。


 「アタシとしては、二人のキューピットになれたようでうれしいけどね。なんならアッチの方も教えてあげましょうか?」


 しなだれかかるリプレの胸元に思わず目がいき、さっとそらした。このままリプレにからかわれ続けるのもたまらないと、カイルは話題を変える。


 「……ミラさんが『陽炎』って呼ばれますよね。どういう意味なんだろう」

 「——ああ、それなぁ…」


 ガッゾの声が低くなる。それについては他の二人も詳しく知らないらしく、彼の発言を見守った。


 「誰が言い始めたかは知らねぇ。アイツが自分から言ったわけでもなさそうだしな」


 ガッゾは遠くを見つめるように、少しずつ言葉をつづった。


 「——少し前だが、壁外の探索メンバーに加わった時、アイツと一緒になったことがある。そういう場所で魔法がご法度なことは、知ってるか?」


 カイルとロロは首を振った。


 「誰の推薦か知らんが、探索メンバーの中に若い魔法士がいてな。やる気だけはあったが、見るからに危なっかしい娘だった」


 リプレが「ふ~ん…」と、どこか納得したように声を漏らした。


 「ちょっとした戦闘があったんだが…奴さん、何をとち狂ったか魔法をぶっぱなしやがってな。どうなったと思う?」


 ガッゾがカイル達の方を振り向く。カイルやロロには想像できないが、その声のトーンからよほどの事があったのだろう事は想像できた。


 「——魔物が集まってきちゃったんでしょ。しかも大群で」


 二人はリプレの顔を見た。ガッゾは再び前を見て歩き出す。


 「部隊はたちまちパニックよ。かと言ってこのまま奴らを放置して逃げれば、群れを町に呼び寄せる事になっちまうし、ともかく体制を立て直して救援を呼ぶ時間稼ぎが必要だった」


 カイルやロロのような初級ハンターには想像もできない事態だ。ダンジョンの上層で魔物の掃討に加わった事はあれど、あくまで少数の話。ガッゾのようなベテランが語る『大群』とはどれほどの数を指すのか。無意識にリプレは両腕で体を包み込んでいた。


 「あのバカ、真っ先に殿を買って出やがったよ」

 

 ガッゾは溜息をつく。呆れているような、憤っているような、吐き捨てるようなものだった。


 「俺を含めた数人が名乗りを上げた。女に後れを取っちゃ男の名折れだからな。本当はビビッて剣も振れるかさえ怪しかったってのに」


 自傷気味に乾いた笑いが響く。ダンジョンはまだ上層に近いが、カイルは言い知れぬ寒気を覚えた。


 「——そしたらよ。あの野郎、目をつぶってブツブツ唱えやがったのよ。詠唱を」

 「——うそでしょ」


 反応したのはリプレだった。彼女だけが、その異常な光景を連想し信じられないといった面持ちだった。


 「次の瞬間にはあいつは魔物の群れに一人で突っ込んでいった」


 誰のかわからない、唾を飲み込む音が聞こえた。


 「すさまじかったぜ・・・。目にも止まらぬ速さで、魔物の首が次々と宙を舞う光景は。俺は見てるしかできなかった。奴の赤い髪が、返り血を浴びて、まるで陽炎のように揺らめいてるのを…」


 まるで神話か英雄譚の一節を聞かされているような、この世のものとは思えない光景が脳裏に浮かび、誰も言葉を発せなかった。


 「——自己強化魔法の類でしょうね。自分の肉体に無理やり魔力を流し込んでブーストをかける……。理屈は分かるけど、普通は内臓が焼け付くわよ。本当、イカレてるわ」


 分析するリプレの声も、わずかに震えている。

 自分のために肩を叩くミラの笑顔——カイルは今の話を信じられないとは思わなかった。しかし自分が思う以上に化け物じみているミラの恐ろしさに、頼もしさと恐ろしさを同時に感じていた。

 場の空気が下がってきたことを悟ったガッゾは、豪快にガハハと笑って見せた。


 「———そんな怪物が、いつまで椅子に座っていられるんだろうか、皆で賭けでもするってのはどうだ? アイツ、ぶちぎれるぜ」

 

 ガッゾの豪快な笑いだけがダンジョンに響く。たとえそれが空しい行為だとしても、カイルには頼もしく感じられた。

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