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第一章 『安酒は高貴な香りに咽びいて』03

 遺跡都市ラグニール――東西南北に区域分けされた都市に約数千人が暮らす、近隣でも類を見ない大型の城塞都市だ。

 北の山を削りだして建てられたラグニール城を起点とし、そこから南下して広がるのが北区『貴族街』、通称アッパー・ラグニールである。白を基調とした洗練された建物群が立ち並ぶそこには、他の区域とを分かつ巨大な内城壁がそびえ立ち、選民たちの静謐を守っていた。

 その北区からまっすぐに南下すると、街の心臓部である中央区へと至る。軽便鉄道を利用する多くの人々が行き交い、街で一番の賑わいをみせるセントラル駅。その駅舎に隣接するようにして、ギルドは建てられていた。

 ギルド内の食堂でエールをチビチビ飲むカイルは、怪しまれないよう周囲に気を配っていた。やがて、目当ての人物の姿を認める。着慣れたジャケットを羽織ったミラが、馴染みのハンターたちと短く挨拶を交わしながら出てくるのが見えた。

 カイルは高鳴る鼓動を必死に抑え、これからの展開を改めてシミュレーションする。どうすれば自然な形でミラに接近できるか。デスク越しでのやり取りを思い出すと気が滅入るが、ここで動かなければと自分を奮い立たせる。

 しかし――予想は大きく外れ、食堂へ来ると思われたミラは、そのままギルドの戸を押し開けて出て行ってしまった。カイルは慌てて後を追う。

 行き交う人々より頭一つミラは目立ち、追う事は容易であった。しかしすっかり出鼻をくじかれたカイルは、次の行動に移せずただただ彼女の後を追う事しかできずにいた。

 ミラがセントラル駅から列車に乗り込んだため、反射的に別車両へ飛び乗った。

 時刻は夕方。仕事を終えた人々が次々に乗り込んでは降車していき、車内は溢れかえる熱気に包まれていた。ガタゴトと揺れる車内、鉄の匂いと仕事帰りの労働者たちの熱気。人混みに紛れ、ミラの後頭部を視界の端に捉え続けていた。

 列車が大きく揺れた。

 乗客たちの体が左右に揺れ、ほんの一瞬だがカイルの視界からミラの頭部が消え――そして見失った。


 「え・・・?」


 カイルは首を左右に振り、背伸びをして人波を探ったが、あの特徴的な赤い髪が見当たらない。まるで蜃気楼のように、ミラの姿は雑踏の中へ溶けて消えてしまった。いくら目で追っても、見当たらない。


 (しかたない――出直すか。)


 今までの行動がすべて白昼夢だったのではないかという錯覚さえ覚え、カイルは肩を落とした。

 足元に視線を落とし、ふと隣を見た――。いままで気にも留めていなかったが、自分の足に並んで随分履き古されたブーツが並んでいることに気づく。ハンター使用の丈夫な代物で、先に金属が埋め込まれた特注品だ。

 何気なく、同業者の顔を見てみようと視線を上げ――絶句した。

 ミラが、自分と同じように吊革につかまり、そこに立っていた。


 「うわっ!?」


 思わず飛びのくカイルを見て、ミラはにやりとそちらを見た。


 「よぉ——獲物に出し抜かれる気分はどうだい? ハンターさん」


 ミラは楽しそうに笑っている。カイルは頭が真っ白になり、言葉を失った。

 その時、二度の鋭い汽笛が響いた。列車が、労働者の街である東区に到着したことを告げる合図だった。



 ミラに引きずられるようにカイルは列車を降りた。

 東区はダンジョンの入り口にあたる場所、ハンターたちの町だ。城壁門の向こうには太古の遺跡が広がり、日々発掘とそこから現れる魔物の討伐が繰り返されている。その過酷さ故、東区の門を『黄泉の口』と呼ぶ者もいる。

 日が昇ればハンターたちが腹ごなしをし、夜になれば朝までどんちゃん騒ぎをする。一日中眠らない街として活気にあふれていた。


 (いったいどこへ連れていかれるんだ?)


 カイルは気が気でなかった。実際、何度か逃げようかと試みたが、襟首を掴む手は鉄の枷のようでどうしようもない。仕方なく付いて行くしかなかった。

 連れて行かれたのは駅から歩いてすぐの『鉄の胃袋亭』という、このあたりではもっともポピュラーな酒場食堂だった。

 暴力的なまでに食欲をそそるスパイスと、安酒の匂いがカイルの胃袋を刺激し、恐怖が空腹に上書きされていく。


 「おい、ミラ! 受付のお嬢様がこんなとこ来ていいのかよ!」


 酒場の主が、汗と煤で汚した赤ら顔でミラに声をかける。その間も忙しなく動き回り、注文をどんどん捌いていった。


 「テメェの塩辛い飯のせいで、他じゃあ食った気がしねぇんだよ!」


 ミラは常連らしいやり取りを済ませると、隅のガタついたテーブルにカイルを押し込める。天井が低く、照明代わりの魔導具も油煙で薄汚れていた。

 駆けつけた看板娘にエールと串焼きを注文する。さっそく運ばれてきたエールをあっという間に飲み干し、すぐに2杯目を注文した。豪快な飲みっぷりにカイルは思わず見ほれた。


 「もしかして酒が飲めないとか言うんじゃないよな?」


 自分の前に置かれたエールの処理に困っていると、ミラが不思議そうに見つめてきた。


 「あ、じゃあ・・・いただきます」


 程よく冷えたエールを口に運ぶ。一日の疲れを吹き飛ばすはずの一杯は、不思議と味がしない。この後、いったいどんな仕打ちがあるのかと思うと、エールを飲み干すのも怖かった。

 そうこうしている内に、東区名物の串焼きが運ばれてきた。その匂いと、一本十数ギルという安さは、この過酷な街で生きる者たちにとっては最高のご馳走だった。ちなみに材料を詮索しないのは、この店に限らず東区では暗黙のルールとなっている。

 ミラは豪快に串焼きを頬張り、それをエールで流し込むと、溜まっていたものを吐き出すように大きく息を吐いた。


 「んで。……オレに何の用だ? まさか惚れたなんて言うんじゃないよな?」


 ミラはガハハと笑った。昼間の時と比べて表情に起伏があるため、カイルの緊張もほぐれてきた。言うならいましかない。


 「い、いや。実は、ミラさんの今日の仕事ぶりを見て…改めて尊敬したというか。元・銀等級が頑張ってる姿に、俺、感動したんですよ」


 カイルは必死に用意してきた「作戦」を口にした。少しあからさま過ぎたかと内心ビクビクしたが、ミラの反応は思ったよりも『思った通り』であった。


 「そう、そうなんだよ!なんだよ、お前。わかるやつじゃないか」


 目尻が下がり、こころなしか声に潤みが混じっている。ミラは気分よく次のエールを注文した。


 「やっぱり今度の『査定』が問題ですか?」

 「そうなんだよ!女狐と古狸が組んで、オレをいびり殺そうとしてんだよ」

 「へぇ、大変ですね」


 誰のことかはわからないが、こうなってしまった相手を否定しない。それが最良だとカイルは経験上知っていた。ただ唯一、予想外の事もあった。


 (・・・ヤバいな、この人。思ったよりも崩れるの早いぞ)


 ミラは顔を赤らに染め、カイルの言葉に感動したのか目も充血している。カイルが心配する先からさらに一杯飲みにかかったため、早々に話を切り替える方針を決めた。


 「しかしミラさんって、素材は結構イケてると思うんですけどね」

 「ああ? ガキが大人をからかうんじゃねぇよ」


 そうは言いながら、口角が上がっていくのをカイルは見逃さない。


 「いやマジですよ。強くて綺麗で、これで品格を身に着けたら最強じゃないっすか。」

 「ば、馬鹿だなお前は! そんな簡単な話じゃねーつーの!」


 そう言いながら、ジョッキを空けようとするミラをカイルは畳み掛けた。


 「けどそんな受付嬢いたら誰も勝てないですよ」

 「ま〜な〜」

 「誰かいないんですか?指導してくれるような人」


 ここぞとばかりにカイルは身構えた。


 「指導? いやなこった。誰があんな冷徹女に!」

 「冷徹・・・ああ、ネリーネさんですか?」


 自分で言ってカイル背中に冷たいものを感じたが、いまはそれどころではない。


 「ネリーネさんが難しいなら、ミラさんの隣に座っている方とかはどうです?」

 「となり〜?あの嬢ちゃんか?」


 ミラが訝しげに目を細めた。


 「そんなの、ネリーネに言ってるも同じだろ」

 「そんな・・・同じ職場の仲間じゃないですか」

 「甘いんだよ、小僧」


 ジョッキを叩きつけミラは睨みつけた。


 「あそこにいる女どもはな、テメェらの痛みや不幸を茶菓子にして笑う、恐ろしい生き物なんだぞ?」

 「……なんですか、その怖い話」

 「お前ら男どもが思っているより、女は強かだってことだよ」


 カイルは話を聞きながら、胸につかえるようなものを感じた。


 「けど・・・皆が皆、そうとは限らないんじゃないですか?」


 言ってしまったとカイルは後悔した。ここでミラが機嫌を悪すれば、ここまでの苦労が水の泡になってしまう。

 おそるおそるミラの方を見ると、ジョッキを口に運んだままカイルの方をじっとか見つめていた。


 「……お前、気になる娘がいるんだろ?」


 ド直球に確信を突かれ、カイルは言葉に窮した。


 「え、えー、なんですか急に!」

 「『全員がそうとは限らない』、なんて理屈……『俺のあの子は例外だ』って言ってるようなもんだろ」

 「さ、さあ……どうでしょう」


 自分でも嘘だとわかる挙動に顔が熱くなった。先ほどまでカイルの思う通りに動かしていたはずのミラに、今度は追い詰められる。


 (コレじゃあ列車の時と一緒だ・・・!)

 「プリムか?」


 なぜ?と言いかけて、口をつぐむ。ジョッキを口に運んだが、中身はとうに空だった。自分が何を啜っているかも気づかず、カイルは空っぽのジョッキを何度も傾けむなしく喉を鳴らした。

 ミラはすでにジョッキを持っていない。小動物を弄ぶ大型肉食獣の目つきで、カイルを見ていた。


 「……ははーん。お前、最初からあの娘狙いでオレに近づいたな?」

 「ち、違いますよ!」


 すべてが的中していた。だから思わず、口から出てしまった言葉だった。

 カイルはなんとか誤魔化そうの、エールを新たに注文した。ミラの奢りかどうかもわからないが、構うことはない。


 「ああそうかい。なら、この話は終わりだな。」


 ミラはニヤニヤしながら、4杯目のエールを口に運ぶ。

 あからさまな挑発。エールを飲みながら、意識はカイルのほうへ向けているのは明らかだった。カイルは、外された梯子を自らの手でかけることしか選択肢がなかった。


 「……すいません。実は、その通りなんです」


 がっくりと項垂れて、白旗を上げた。

 最初の追跡から今の会話まで、この「陽炎のミラ」を相手に隠し事をしようとすること自体が、そもそもおこがましかったのだと痛感し、自分の思いをぶちまけた。

遺跡都市ラグニール

遺跡の発掘とそこから這い出てくる魔物の討伐によって成り立つ遺跡都市。

最北端のラグニール城を起点に南下して

・『 ラグニール北区(貴族街)』アッパー・ラグニール、『白冠街』とも呼ばれる。

王族の遠縁たちが住む、最も高い場所にあるエリア。一般人は入れない。

・『ラグニール中央区』

セントラル駅があり最も人の出入りが激しい地区。ハンターズギルドは駅構内にある。

中央区を中心に、東区、南区、西区となる。

・ ラグニール南区(住人街・市場)

通称:「マーケット」あるいは「はら」。食料や日用品が集まる街の心臓部。

また中央都市とを結ぶ大型列車専用の駅もあり、列車市が開かれる。

・ ラグニール西区(職人街・鍛冶場)

通称:「鉄のアイアン・サイド」あるいは「火の粉通り」遺跡から出た鉄を叩く音が24時間響く場所。

ハンターたちが最も頻繁に訪れる場所であり、武器の修理や魔道具の調整が行われます。

・ ラグニール東区(遺跡の門・キャンプ)

通称:「ゲート・サイド」あるいは「黄泉のよみぐち

遺跡へ向かうための巨大な門があるエリア。

ハンターや、明日をも知れぬ「はぐれ者」たちがたむろする、一番荒っぽくて、でも一番「人情」が溢れているスラム的な場所。

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