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第一章 『安酒は高貴な香りに咽びいて』02

 ミラは焦っていた。

 事務局長ネリーネへ大きく啖呵を切ったものの、事態は一向に好転しない。自分の中の受付嬢像を再現しようとしても、不自然に口角が引き攣る。それが余計に威圧感を醸し出すのか、寄ってくるのは馴染みのハンターばかりだった。


 「よぅ、ミラ! 相変わらずひでぇつらしてんな」

 「あぁん?」

 「い、いや。なんでもねぇ。忙しいとこ、悪かったな。」


 ミラの様子にハンターたちは嫌な予感を覚え、そそくさとその場を後にする。こうして馴染みのハンターすらも近寄らなくなり、ミラの不機嫌は隠しようもないほど膨らんでいた。


 「はい、これで受付は終了いたしました。どうかご武運を。」


 隣の窓口では、プリムが滞りなく業務をこなしている。その前には、まるで吸い寄せられたかのようにハンターの列ができていた。


 「おい、お前。」


 ミラは列に向かって指をさした。数人のハンター達が互いを指さしあい、結果として一番年若そうなハンターが列から弾き飛ばされた。


 「お、俺ですか?」


 ミラは黙って手招きし、男は渋々とプリムの列を離れた。


 「ここが空いてんだろ。なんで並ばねぇんだ?」

 「…いや、別に…」


 ミラに指摘されて、男はあからさまに狼狽えた。その態度が、ますますミラの機嫌を逆なでする。


 「わかってんだよ、テメェらの魂胆は。スケベ根性丸出しにしやがって。そんなにモテたきゃ、そのドブ臭ぇ体をどうにかしてこいってんだ。」


 男の顔が赤くなる。だが相手がミラだとわかっている以上、下手な反論など命がいくつあっても足りない。固まったままの男へ、ミラは手を差し出した。


 「ほら、さっさと出すもん出しな。オレが見てやるよ」

 「ほっといてくれ!」


 ハンターはズカズカと別の窓口へ行ってしまい、ミラは釈然としないままその背を見送った。


 「――なんだよ、アイツは。せっかく見てやろうってのに。」


 次の獲物を探して見渡すが、いつの間にかプリムの列も消え失せ、二人の窓口の周囲だけが不自然な空白地帯となっていた。隣を伺うと、プリムは机の上を凝視したまま石のように固まっている。


 「ったく、これじゃあ指導なんもあったもんじゃねぇよなぁ?」


 ミラは努めて明るく振る舞ったが、プリムは「……そうですね」と虚空に答えるのが精一杯のようだった。彼女は逃げるように、溜まった書類の山へと手を伸ばした。

 その様子をカイルは離れた列から見守っていた。


 「ミラの奴も、ありゃ相当焦ってんな。」


 カイルだけでなく、周りから彼女たちの窮状を案じる声が漏れ聞こえる。


 「査定までもう何日もないんだろう? 大丈夫かよ、あれで」

 「そもそもアイツに剣を捨てるなんて、どだい無理なんだよ」


 そう言い捨てると、地面を爪先で小突いた。


 (——やっぱり、相当マズイ状況なんだなぁ)


 カイルは自身の報告書を見つめると、列を離れてミラたちの元へ歩き出した。


 「いやぁ、ラッキーだなぁ。早く済ませなきゃならないのに、他がめちゃくちゃ混んでて助かるよ」


 努めて明るく笑いながら、カイルはミラの前に立つと報告書を置いた。ミラは報告書を一瞥すると、カイルを真正面から見据えた。ただ見つめられているだけで急所を狙われているかのようなするどい眼光だ。


 「――お疲れさん。」


 ともかく愛想がないとカイルは思った。


 「えーっと、クエスト達成の報告書です」

 「見りゃわかんだよ」


 必要以上に何も言わないミラに、カイルは頭が真っ白になりかける自分を必死に繋ぎとめた。自然と身振り手振りが激しくなり、プリムの視線が突き刺さるような錯覚に陥る。ハンターになって初めての焦燥だった。


 「あ、あのぉそれでですね…報酬のいくらかを現金でいただきたいのですが」


 カイルがそういうと、ミラは木製のファイルをデスクへ投げた。乾いた音が響く。


 「その前にライセンスを出すのが先じゃねぇのか?」


 慌てて首元をまさぐり、青玉の宝石が光る銀板を取り出すと、木製ファイルの台座にセットした。


 「――お前、素人か?」

 「え、いや、そんなことは――」

 「セットしたら言う事あんだろ」


 普段、何気なくできていることができていない事実に、カイルは焦っていた。受付嬢たちが懇切丁寧に指導してくれている事を、ミラは一切やらない。あらためて彼女たちの存在の大きさに、カイルは心の中で感謝を述べた。

 銀板に埋め込まれた青玉に手をかざし、『開示』の呪文を唱える。


 「レヴェーラ」


 台座が淡く脈動し、光の粒子が木製ファイルを伝わっていく。カイルに関する個人情報が表示されると、ミラはそれを自分の元へ引き寄せた。同時に、払戻用の紙をカイルに突き出す。


 「それに金額を書いて、あとはわかるよな?」


 カイルは用紙に名前と金額を書きながら、横目でプリムを伺った。陶器のように洗練された白い肌と、柔らかそうな髪。しかしその眉根は微かに寄っており、完璧な受付嬢の仮面がはがれかかっているように見えた。


 「へぇ。お前、随分と貯め込んでんだなぁ」


 カイルの情報を見ながらミラがそんなことを口走ったため、慌てて意識を戻した。


 「よく見りゃずいぶん達者な字を書くようだし。オレより受付嬢に向いてるかもな!」


 ガハハと豪快に笑うミラ。それが彼女なりの冗談なのだとようやく気が付き、カイルもぎこちなく笑った。


 「ミラさん!」


 様子を伺っていたプリムが声を張り上げた。


 「そこに開示されているものは、この方の個人的情報です!私たちが無闇に口にしていいものではありません!」


 「あ? オレ、なにか言ったか?」

 「言いました!この方が貯金されていると。それは信頼の欠如を招く行為です!」


 プリムが自分の事で怒ってくれている事に、カイルは胸の奥が熱くなった。ただ『この方』という言葉に言いようのない壁を感じ、チクリと胸が痛んだ。


 「固い事いうなよ、このくらいで」

 「いいえ、よくありません! 先ほどから様子を伺っていましたが、言葉数も足りなさすぎます。もっとハンターの方たちを慮って対応してください!審査まで時間がないんですよ!」


 白磁の頬を赤く染め、プリムは一気に捲し立てると、また積まれていた書類に目を落した。呆気にとられるミラを余所に、カイルは経験したことのない激しい鼓動を感じていた。


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