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プロローグ『聖域の天香、あるいは原始の瘴気』

 少し思う所が在ったので、書き直しました。

 登場人物、コンセプト自体は変えないので、楽しんでもらえればと思います。

 ハンターズギルドの朝は早い。

 詰めかけたハンターたちによる、依頼書クエストの争奪戦がそこかしこで勃発し、石造りの建物内はまたたく間に熱気に包まれる。時には乱闘騒ぎにも発展しかねない、怒声と悲鳴に彩られたいつもの風景だ。

 そんな狂騒の只中にあっても、受付カウンターの向こう側は別世界のように凪いでいた。髪一つ乱さず制服を纏った受付嬢たちが、今日も完璧な笑みでハンターたちを出迎える。整然とした佇まいは、まるで精巧なアンティークドールが並ぶショーケースを思わせた。

 荒くれ者たちが差し出す、薄汚れたギルドカードを、白手袋をはめた細い指先で受け取り魔法端末へと滑らせる。更新の手続き、依頼の受理、報酬の支払い――そのすべてが、滞りない流麗な所作で完遂されていく。


 「――はい。こちら、受領いたしました」

 「――申し訳ございませんが、貴方は当クエストの受諾要項を満たしておりません。」

 「——どのような情報をお求めでしょうか?」


 事務的な、しかし鈴を転がすような澄んだ声が広間に響く。

 死線を越えて戻ってきた者には、慈愛に満ちた労いの微笑みを。

 これから死地へと向かう者には、背中をそっと押し出すような清廉な祈りを。


 「――お気をつけていってらっしゃいませ。」

 「――無事のお帰りをお待ちしております。」

 「――ご武運をお祈りいたしております。」


 カウンター越しに交わされるその短い言葉と、一糸乱れぬ深々とした一礼。 それはハンターたちにとって、血生臭い日常の中で唯一触れることのできる「聖域」であり、彼らが再びこの場所へ生きて戻るための、もっとも確かな道標しるべであった。

 窓口から見える彼女たちの姿は、戦場に咲く一輪の白百合のごとく清潔で、気高く、そしてどこまでも平穏な日常の象徴であった。


 ハンターズギルドの奥。ハンターたちの立ち入りが禁じられた、ギルド職員専用の施設がある。

扉を隔てたその先には、更衣室から食堂、果ては浴室まで完備され、受付嬢たちが人生の一時をここで過ごせるだけの設備が備えられていた。

 しかしいくら禁止エリアとはいえ、そこを隔てるのはたった一枚の聞いたに過ぎない。下衆な輩が、己の欲望を満たさんがために踏み入るのは容易い場所のはずである。強大な魔物を倒し、前人未到を踏破してきたハンターたちにとって、越えられぬ道理は存在しない。

 だがその扉一枚が、ハンターだけでなくこの世の男子諸兄にとって、決して超える事の出来ない境界線――『聖域』への入り口なのである。

 だから男たちは夢想する。

 重厚な扉の向こうでは、芳醇なバラの香りが満ち、白百合の如き乙女たちが語らいあうのだと。交わされる言葉は一節の叙事詩よりも美しく、鏡に向かうその所作は、女神が自らの輝きを育むに等しく。

彼女たちはそこで戦士たちの無事を願い、その祈りこそが自分たちの帰還の一助となっているのだと――。


「ッはー!マジで〇ねばいいのに、あのブロンズ(銅等級)ヤロー!ねえ、消臭ミスト貸して。」

「はいさ。たっぷり着けときなよ。」


 ここは扉の内側。

 男たちの夢想するバラの香りもしなければ、女神の祈りどころか咳の一つも聞こえない。ただの無機質に管理された休憩室兼更衣室兼化粧室に過ぎない。


 「誰かストッキングの予備、持ってない?」

 「いいよぉ。2ギルで売ってあげる。」

 「ケチー。」

 

 衣装ケースの鏡で髪を整えながら、彼女たちは業務中にため込んだストレスをここで吐き出していた。

そこにあるのは叙事詩の続きではなく、他人の価値を数値化し、切り捨てるための無慈悲な散文の断片のみ。窓口で見せる慈愛の微笑みは、ここでは「不良債権」を処理するための事務的な仮面に過ぎない。


 「あの人、未だにあのレベルのクエストしか回してないんでしょ?」

 「将来性ゼロだよね。顔はいいから、どこかの金持ちのペットにでもなれるんじゃない?」


 自分の制服の襟元を整えながら、無慈悲で冷徹なジャッジが下されていく。ここでの批評は即座に共有され、標的となったハンターの「ギルド内での生存順位」が決まると言っても過言ではない。。


 「あ、そういえば聞いた? 今度の遠征で大怪我した人。もう足動かないってさ。」

 「ああ、聞いた聞いた。それ、プリムの担当じゃなかったっけ?」

 「えーっと、そうでしたっけ。覚えてませんね。」

 

 プリム――プリムローズ・ランカスターは、身嗜みを整えながら、こともなげに言った。柔らかな金髪、白磁の肌に一切の乱れがないか確認すると、鏡の中の自分に向かって最高の笑顔でほほ笑んだ。


 「それよりさ、新しいタルトのお店できたの 今日、仕事帰りに行かない?」

 「さんせー!」


 明るく、無邪気な笑い声が室内に響く。

 その輪の端で、窓際に座っていた一人の受付嬢がのそりと立ち上がった。

 身の丈は6フィートあろうか。肩幅も胸元も、この部屋の「繊細な調度品」とは明らかにサイズが合っていない。無理やり押し込まれた肉体が、今にも制服を内側から引き裂こうとしているようだ。


 「あら、ミラさん。もう行くんですか?」


 鏡越しに映る巨大な影に向かって、プリムが視線を送る。

 ミラ――巨大な受付嬢が振り向くと、褐色に焼けた逞しい首筋が、白い襟元を窮屈そうに押し広げた。


 「ああ、お先に失礼させてもらうよ。」


 無造作にかき上げられた赤髪が、蜃気楼のように揺れる。

 少女たちの声が『装飾された鈴』であるなら、ミラの声は低く重厚な『銅鑼の響き』だった。ひとたび放たれれば、聞く者の臓腑を揺さぶるような野太い振動。

 少女たちの声を背中に浴びながら、ミラは悠然と扉へ向かった。一瞬、扉に手をかけたミラが部屋に視線を飛ばす。深い倦怠と決別を孕んだ黒の瞳を送り、部屋から出ていった。

 しばらく、部屋の全員が、ミラの出ていった扉を見つめていた。


 「あの人も大変よね。元『銀等級』のハンターが、今じゃ新人扱いなんて…。」

 「そんなの自業自得よ。」

 「そうよ。散々問題起こした挙句、ライセンス取り上げられたんだから。」

 「市民街で大暴れしたんでしょ? 何人か怪我人が出たって。」

 「え? 建物を半壊させたって聞いたけど。」

 「どっちにしてもいい迷惑よ。そのお金だってギルドが立て替えてんでしょ?」

 「ええ! そうなの!?」

 「プリムも大変よねぇ。あんなオバサンの指導係なんて。」


 プリムは大きなため息をついて、自嘲気味にほほ笑んだ。

 

 「本当。ギルド長も人が悪いですわ。あんな大きな荷物の片づけまでさせるなんて」


 その一言に、場の空気が和やかな嘲笑に包まれた。

 ――刹那、


 「そういえば――。」


 扉が開いてミラが顔をのぞかせた。その場にいた全員の背筋が凍り付く。


 「仕事を始める前に、少し空気の入れ替えをしとこうかね。」


 ミラの声はいたって平穏であり、むしろ喜々としていた。部屋にいた全員が言葉の意味を掴みあぐねて呆けていると、ミラの顔が扉の陰に消えた。

 直後――。


 ドッ、バァァァァァァァンッ!!!!!


 密閉された空間に、生物の咆哮を超えた衝撃が叩きつけられた。

 扉のそばにいた何人かはその衝撃から、椅子に座る者は転げ落ち、立っているものは文字通り吹き飛ばされた。窓ガラスや、ガラス瓶が互いにカチカチと音を立てて震える。

 あまりの轟音と衝撃に何が起こったのかも分からず、全員が呆然と身をすくませる。

 だが次の瞬間――


 「——ッ!? い、嫌ああああ!!な、なにこの臭い!!」

 「目が痛い!目が痛いよぉ!」


 バラの香料も高級な化粧品も、すべてを無慈悲に蹂躙する『熟成された濃厚な芳香』が、お嬢様たちの五感を直撃した。


 「だ、誰か窓、窓開けて!」


 一人の少女が窓際へ走り出す。が、一向に窓が開かない。視界を上げて悲鳴を上げる。窓の錠が飴細工のようにいびつな形で捻じ曲げられて、ただの鉄の塊になっていた。


 「な、なんで!?開かない!開かない!」


 先ほどまで優雅に語らいあっていた『鈴の音』たちが、今は肺腑を搔き乱されたカラスのような悲鳴を上げる。

 プリムもまた、ハンカチで口元を抑えながら、必死になって扉を開けようとしていた。だが扉は一向に開く気配はない。閉じ込められた少女たちの悲痛な叫びとノックの音だけが、澱んだ空気の中で虚しくこだましていた。



 ミラは中から聞こえる阿鼻叫喚にしばらく耳をすました後、鼻歌交じりにその場を去った。

 猛獣の突進をも受け止める鋼の腹筋と、鋭利な刃さえ受け止める強靭な括約筋。それらを総動員させて、限界まで収縮させられた腸内の空気を、破壊エネルギーとして一気に解放したのだ。その爽快感が彼女の気持ちを、これまでにないくらい高揚させた。

 扉は、椅子を差し込まれ完全に固定されている。少なくとも、誰かがその前を通らないかぎり、彼女たちがあの部屋から逃れるすべはないだろう。


 (高慢ちきなお嬢様どもめ――テメェらが鼻つまみにした野郎どもにバレないよう、せいぜいご自慢の香水をふんだんにかけるがいいさ。)


 ミラは心底晴れやかな気分になり、肩のコリをほぐすように大きく背伸びをした。彼女に合わせて作られたはずの制服が、ミシミシと音を立てるのさえ、今は心地のよい凱歌のようだった。


 まずは完結させる事を目標に、2、3日に1話くらいのペースで投稿出来たらと思います。

 

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