EP.2 虚ろな。
痛み、耳障りな音で目を覚ます。重い頭を上げて前を見る。俺の目は薄暗く、銀色に輝く部屋と頑丈そうな鉄のドアを映した。もちろん、その部屋に覚えはない。……夢か?確か俺、教会にいて、んで疲れたから寝た……、はずだよな。ドアに手をかけ、開けようとしても、鍵がかかって開かない。
まだ状況もよくわかってない中、重いドアの音。続けてパッと部屋が明るくなり、白衣を着た青髪の女が部屋に入ってきた。
「ん……え?え?誰……?なんで特殊実験室に人がいるのよ?というかどこから入ってきたの?」
「え、人?」
間抜けな声が漏れる。
「君、どこから来たの?」
どこから、といっても目覚めたらここにいたからどこからも何もないんだが。
「分かりません」
「分からないわけないでしょ?」
「分からないんです!起きたらここにいたんです!」
「そもそもここどこかも知らないし……。教会どこいったんだ、」
意味が分からない。それが混ざり合ってさらによく分からないまま話は進んでいく。
「は?」
「いいから!」
女性は俺の腕を掴んで、乱暴にドアをあけた。
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ドアを開けた後も薄暗い部屋が続いた。カビ臭さと鉄臭さ。周りはコンクリートで覆われている。その中で、ちょくちょく人とすれ違う。
女性は地区長室と書いてあるドアの前で足を止めた。
「すみません。開発課長の莫廻美沙です。御榊地区長はいらっしゃいますか?」
その後に低い男の人の声が聞こえてきた。
「……用件は?」
「侵入者です。特殊実験室にいたところを確保しました」
侵入者……なのか?俺。
「分かった。入れ」
ドアが開き、机とそれに乗っかった大量の紙と金属の板が目につく。
「侵入者とは珍しい。それも特殊実験室で」
25ぐらいの長身の男が姿を見せた。
「どう侵入した」
「分かりません」
「私が聞いた時もこう言ってて」
「地区長、こんなやつの指紋登録しました?」
「していない」
「莫廻。特殊実験室に穴とかそういった跡はなかったか?」
「おそらくなかったかと」
「ふむ……」
地区長は頭を抱えて考え始めた。ぶつぶつと呟きながら、違うと否定してを繰り返す。その緊張の中で、地区長は口を開く。
「お前、名前は?」
「福戸莉縁」
「職や身分は?」
「職……、棚引町の騎士団の兵長として街の治安を取り締まっていました」
「おい莫廻。棚引町という場所を調べろ」
莫廻さんは黒く薄い板を取り出し、手を動かした。
「……出てきません」
「なるほど」
「お前いくつだ?」
「……17、です」
「お前、これの名前知ってるか?」
地区長は莫廻さんの黒く薄い板を取り上げて言い放った。
「知りません」
見たこともない部屋、見たことない人、見たことないもの。そんな中で俺は一つの結論を出した。
「俺、もしかしたら別世界に来たのかもしれません」
馬鹿げた話だが、これが一番納得いくのだ。
「ならばお前の世界を説明してみろ」
「世界を、説明……?」
難しい。世界を説明するなんて初めてでどうすればいいかわからなくて、つぎはぎだったが、地区長は納得がいったようだった。
「……なるほど。確かに聞いたことがない」
「魔獣とはどういう姿をしているのだ?」
「魔獣は意欲的に人を食べる生物の総称なので、どんな姿とかはないはず……です」
「魔法とはどのようなものなのだ?」
「魔法は、えっと。魔獣の血を飲んで使うことができる、超常的な力のことです。ただ、人間の血も同時に消費するため、連発すると貧血になって倒れちゃいます」
納得がいってからとことん質問を受けた。魔法、魔獣、生活様式、騎士団、その世界の歴史……。隅から隅まで質問を受けた。かと思えば、莫廻さんと地区長で話し始めた。その間に頭の中でいろんなことが頭をよぎっては消えていった。別世界に来た、自分から発せられたその言葉が不安で怖くて、その中にいる安堵している自分を殴りたかった。
「あの、外を見に行ってもいいですか」
「構わない」
てっきり監視か何かつけられるものかと思ったのだが。
「莫廻一緒に行ってやれ」
「福戸と言ったか……、お前は着替えろ。それは目立つ」
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莫廻さんに手を引かれ、廊下を直線に進む。扉を開け、一気に周りが明るくなり、人通りが多なってきた。それでも、建物の中ってことは変わらない。
莫廻さんに手を引かれ、東口と書かれたものとその奥に見たこともない景色と、外の冷たい空気が吹き込んで、
「あぁ……」
声を漏らした。そうか、そうだよな。そこに、教会も食堂も騎士団の基地も、そこにはなかった。目に映るのは全く知らない景色ともうすっかり慣れた夜空だけだった。松明じゃない灯り、馬じゃない乗り物。見たこともない服。
「なんで、なんでだよ、なんで、なんで俺だけ、もう、なんで」
色々、込み上げてくるものがあって。なんで俺だけ生き残ったのに、俺だけ逃げて。
「君、大丈夫?」
「え、あ、すみません」
「景色に見覚え、ある?」
「……ないと、思います」
「……そう」
「少し、落ち着いたら君の身の上話を聞かせてくれない?」
「……ちょっと、それは」
思い出すのも嫌だった。それを嫌悪している自分が嫌だった。
「そう」
それ以来の会話はぷつんと切れて、灯りで照らされた夜に虫の鳴き声だけが耳に響いた。
「もう、大丈夫?」
「はい、わざわざ付き合わせちゃってすみません」
「これから、どうするつもり?」
「……どうするって、何も、考えてないです」
嘘。どうやって戻ろうか、そもそも戻るのか、戻らなかったらどうするのかとか考えてる。
「じゃあ、うちに来なよ」
「へ?」
「あぁ、ごめん。うちがどういう場所かわからないよね。うち、魔獣討伐してるの。地区長と話してたんだ。それに君、魔獣討伐してたんでしょう?だったら十分な戦力になるし、それに情報も手に入る。協力してくれたら衣食住は保証してあげるし」
目を合わせずに話した。気分のいいものじゃなかった。
「……考えさせてください、まだ、ちょっと、ついていけてないんです」
「そう」
相手の表情は見えなかった。
「なんか、すみません」
どう切り出そうか、どう話せばいいだろうか。身の上を、正直に言った方がいいのだろうか。そしたら、また一人にならないだろうか。それを全部ぶった切って、莫廻さんのスマホから着信音がなった。
「はい、もしもし?」
「あぁ!地区長ですか。何か?」
「はい、はい」
声は既に暗くなり始めていた。
「そうですか。はい。はい」
「はい、すぐ向かいます」
「ついてきて」
「え?どうして、」
「いいから早く!」
「え、あ、ちょっと!」
電話を受けて唐突に走り出す莫廻さん。俺はそれを追って走る。
「ほら早く!」
「乗って!」
莫廻さんが車に乗り込み、後を追って乗り込む。
「あ、はい」
「飛ばすから、席に掴まって!」
「一体何があったんですか」
「魔獣が出たの。それも大量に」




