五人目 桜小路黒兵衛 其の二
後水尾上皇が徳川幕府を天敵とお考えになっていることは、これまでご説明いたしました。
ところで私にも天敵がございます。
これはおそらく他の多くの宮中の女官も同意するところではないかと考えておりますが、私にとっての天敵は、南蛮渡来人、キリスト教宣教師、そして九州などのキリシタン大名といった連中でございます。
殿方にこのお話しをいたしますと「どうしてか」と驚かれることもございますが、女であればなんの話をしているのか察するのが早いようでございます。
キリシタン大名の多くは、南蛮渡来人から火縄銃の爆薬を大量に購入いたしました。
そしてその代金として大勢の日本人の若い娘たちを性奴隷として売り飛ばしたのでございます。
五十人の女と爆薬一樽が交換の相場でございましょうか。
南蛮渡来人たちに売り飛ばされた娘たちは船に乗せられ、家畜同然の扱いを受けさせられました。
そして異国の地に着きますと、彼女たちは服を脱がされ、裸にされたまま衆人環視の街中を歩かされ、奴隷を売買する広場で物品のように販売されているとのこと。
まさに私たち日本人女性、ヤマトナデシコの民族的屈辱と言う他ありますまい。
徳川幕府や先だっての太閤秀吉公がキリスト教禁止令や鎖国令を発布いたしましたのも、ひとえにヤマトナデシコの民族的性奴隷化を防ぐためではないでしょうか。
私がこのようなお話しをいたしますと、殿方は私が生まれる前の時代の話だと笑っておっしゃる方が多いですが、宮中にいますと今でも時折、乙女の人売り貿易のうわさが聞こえてまいります。
さて、お話しを桜小路黒兵衛に戻します。
前回説明しましたとおり、黒兵衛の母親は桜小路幸子ですが、幸子は”歩き尼僧”でいつも全国行脚しており、御所にはたまにしか戻って来ません。
そこで赤子の黒兵衛は私が乳母になって育てました。
ちょうど明正天皇が幼少のみぎり、私が育てておりましたので、二人は姉弟同然でした。
私が南蛮船が嫌いであることを子守歌のように赤子のころから黒兵衛に言い聞かせていたからでございましょうか。
気がつけば「大きくなったら、婆やが嫌いな南蛮船をやっつける」と口ぐせのように黒兵衛は言うようになりました。
さて、数えで十歳を過ぎますと公家や武家の子供ならそろそろ元服を考える年齢でございます。
そのようなおり、黒兵衛はあるとき南蛮船征伐をすると言い出しました。
紫宸殿の前の御庭に佇み、手で印を結びます。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」
黒兵衛がそう唱えますと、雷光が黒兵衛の全身を包みます。
次の瞬間、驚いたことに翼の生えた巨大な龍が御庭に鎮座しているのです。
「カォー」
龍は一声大きく咆哮すると翼を動かします。
最初はゆっくり、しばらくすると少しずつ速くなり、そのうちに龍の全身が地面から浮き上がっています。
紫宸殿の縁側にいた私は龍が羽ばたきするたびに風圧で吹き飛ばされそうになり、柱にしがみついておりました。
「カォー」
龍は空高く舞い上がり、しばらくすると私の視界から消えました。
それからしばらく黒兵衛は行方不明でございましたが、飛龍が御庭と飛び立ってから三日後の夕方、空から飛龍が御庭に着地いたしました。
着地すると白い煙が上がり、煙が晴れると裸の黒兵衛が倒れておりました。
私が駆け寄りますと、ひどい怪我と火傷を負っているようでした。
「婆やの嫌いなポルトガル船、四隻沈めてやった」
黒兵衛は虫の息でそのようにつぶやきました。
ほどなくして明正天皇の命で黒兵衛は清涼殿の寝室に運ばれ、手厚く看護を受けました。
驚きましたことに明正天皇自ら黒兵衛を看護なさいました。
やはり即位なさいましてからも、陛下は黒兵衛を弟君とお思いだからでございましょうか。
黒兵衛はその甲斐あって、背中に傷跡が残ったものの、数週間後にはすっかり回復いたしました。
それにしろ、黒兵衛の龍が退治したという四隻のポルトガル船でございますが、あれはなんのことでございましょう。
後で調べましたところ、あのころ九州で島原の乱と呼ばれる戦があったようでございます。
これは地元のキリシタンの百姓が起こした一揆で、結果的に幕府軍に鎮圧されました。
このときキリシタンの百姓たちはポルトガル船の援軍を期待していたとのことですが、援軍が来なかったため、戦に破れたとのことでございます。
これは私の想像ですが、黒兵衛の龍はこのとき援軍にやって来たポルトガル船を島原に到着する前に海上で蹴散らしたのではないでしょうか。
もちろんすべては黒兵衛の見た幻覚かもしれませんが。
しかしながら黒兵衛が龍に変身して空を飛行したところまでは、私の幻覚でないかぎり現実でございます。
いずれにいたしましても、島原の乱の総大将、天草四郎は当時、十六歳か十七歳と聞いております。
また明正天皇も桜小路黒兵衛も十代前半でした。
三人とも十代の若さだったのは単なる偶然ではなく、天が私たちに諭したなんらかの符号だったのではないかと勘繰るのは、私一人の思い過しでございましょうか。
(つづく)




