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京忍び六人衆  作者: カキヒト・シラズ


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6/10

五人目 桜小路黒兵衛 其の一

 次にご紹介する京忍びは桜小路黒兵衛です。

 しかしその前にわが娘、興子(おきこ)にまつわるのっぴならない事情についてご説明しなければなりますまい。


 寛永六年(1629年)、後水尾天皇が突然、徳川幕府の了承もなく、譲位をご決意されたのでございます。

 ただし自らは上皇におなりになり、朝廷の実質的なご実権は保持されるおつもりのようでした。

 そしてあらぬことか、陛下が選ばれた次の天皇はわが娘、興子でございました。

 実は皇后であらせられる和子陛下は二代将軍徳川秀忠公のご息女ですが、興子は後水尾天皇と和子陛下の間に生まれた娘ということにして、徳川幕府をおかつぎになるおつもりとのことでございます。

 幕府としても将軍家の親戚が天皇になるのは喜ばしいことでしょうが、このお策略は、いかにも後水尾天皇らしい、お遊び心満載の幕府へのお仕打ちでございましょう。

「徳川家は権力の亡者じゃ。

 あのような一族の血筋より、清子のような素直な女の血筋の方がスメラミコトにふさわしい」

 後水尾天皇は私の前でそのようにのたまいました。

 こうして興子は数えで七歳のときに第百九代天皇、すなわち明正天皇として即位されたのでございます。



 さて、話を桜小路黒兵衛に戻しましょう。

 桜小路黒兵衛は前回お話しした桜小路幸子の息子でございます。ちょうどうちの興子、いや明正天皇陛下とほぼ同い年でございます。

 ときに黒兵衛の母親は幸子にまちがいございませんが、父親は判然としません。

 幸子は私同様、”お手付き女房”でございまして、幸子自身は後水尾上皇しか殿方は知らないとうそぶいておりますが、諸国を巡業する”歩き尼僧”をなりわいにしている女でございます。いろいろな殿方と接する機会が数多くございましょう。

 一説によりますと、弥助が黒兵衛の父親ではないかとのことでございます。

 この男はもともと黒人の奴隷として南蛮人が日本に連れて来たのですが、織田信長がこれを買い取り、弥助と名付けて家臣の侍に育てました。ところが本能寺の変以後、主人を失った弥助は武者修行の浪人になって全国行脚しているとのこと。

 同じ全国行脚している幸子とどこかで邂逅(かいこう)し、男女の仲になって黒兵衛が生まれたのかもしれません。

 黒兵衛は日本人にしては肌が黒く、髪の毛が縮れております。



 即位する前の興子ですが黒兵衛とは年が近いせいか姉と弟ののように仲がよく、私が気晴らしにときどき御池庭で水上歩行するのを見て、二人とも忍術に興味を覚えました。

 即位後、明正天皇の命により御所内に小さな道場を設け、物部宿祢の指導の下、二人は忍術を学ぶようになりました。


 ところで黒兵衛は御所忍術『御変身の術』を得意としました。

 この術は忍者が火薬を投げて煙が出たすきに近くの木や石に隠れ、その場にガマガエルなどを置いておき、煙が晴れたら忍者がガマガエルに変身したように見せかける術でございますが、黒兵衛は本当にその獣に変身してしまうのでございます。

 物部宿祢の話では百年に一度、特異体質でこのような能力を持つ者が生まれるとのことでございますが、黒兵衛はこの術を使い、ガマガエルにもスズメにも自在に変身できるのでございます。


 さて、明正天皇が伊勢神宮へ行幸なさった折、御所に十人足らずの賊が入ったことがございます。

 おそらく物取りが目的の賊でございましょう。

 宮中の滝口武者といい、京忍びといい、護衛の者はほぼすべて行幸に参列しましたので、留守番役を任された私どもの護衛は手薄でございました。

 数人の滝口武者と秦鼎(はたかなえ)という中年の京忍びが賊に応戦しました。

 この秦鼎という男でございますが、物部宿祢の一番弟子で若い京忍びたちから人望も厚く、戦略を立てる軍師としての才能に秀でておりましたが、忍術や剣術の使い手としては十人並みの京忍びでした。

 賊には火縄銃を持った者が何人かいたようで、護衛の者たちも手こずっているようでした。

 私はと申しますと、紫宸殿の縁側で体を縮こませて震えておりました。

 そのときでございます。まだ少年の黒兵衛が紫宸殿の御庭に現れました。

 黒兵衛は手で印を結び、呪文を唱えます。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」

 すると空から一筋の稲光が黒兵衛の全身を包みます。

 私は光で目がくらみました。

 目を開けるとそこには一頭の巨大な熊が立っているのです。

「ガォー」

 熊は咆哮すると紫宸殿の中を駆け上がります。

 熊は中にいた賊を一人ずつ食い殺していきます。

 銃声が何発が響きました。

 熊は「キャイーン」と小さな声を上げ、御庭に戻ってきます。見ると肩と腿から血が流れています。

 白い煙が立ち上り、寝転んだ熊の全身を包みます。

 煙が消えると裸の黒兵衛が気を失っていました。

「黒兵衛っ」

 私は思わず叫んで庭に駆け寄り、黒兵衛を抱きかかえました。

 黒兵衛は肩と腿を怪我しているようでした。

「死ねっ」

 振り向くと賊が私目掛けて刀を大上段に構えます。

 するとそこへ秦鼎が背後から駆け寄り、賊に一太刀浴びせて斬り捨てます。

 秦鼎はこれで賊は全員倒したと告げます。

 後から知ったことでございますが、賊の大半は熊がかみ殺したとのことでした。

「清子殿、だいじょうぶか」

 秦鼎が言います。

「私はだいじょうぶですが、この子が怪我をしています」

 私と秦鼎は黒兵衛の体を清涼殿まで運びました。

 幸いなことに医者や怪我の手当ができる女官たちは御所に残っておりました。

 肩と腿から銃弾を取り出し、傷を手当しました。

 黒兵衛は三日ほど清涼殿で寝ていましたが、その後はすっかり回復しました。


(つづく)


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