第五話 沈黙の抱擁
数日後。
京都駅近くの小さなカフェ。
雪がやんだ空は、まだ白く曇っていた。
紗季は、温かいミルクティーを前にして、
手を組んだまま何も言えずにいた。
神谷蓮が、ゆっくりと口を開いた。
「この前の夜……あの雪の中で、
あなたと話してから、心が少し軽くなりました。」
「……私もです。」
「何かを抱えてても、誰かが見てくれているだけで、
不思議と生きやすくなるものですね。」
その言葉が、胸の奥に沁みた。
けれど、紗季の中にはまだ言えないことがあった。
彼——桐原悠真。
八年間の恋人。
今も月に一度は会っている。
けれど、もうそこに愛はなかった。
紗季は、息を吸い込んで言った。
「私……嘘をついています。」
蓮の瞳が、静かに揺れた。
「誰に?」
「あなたにも、自分にも。」
言葉が震えた。
「まだ、別れていない人がいます。
でも、その人をもう、愛していないんです。」
沈黙。
店内の時計の音が、妙に大きく響いた。
蓮は、しばらく何も言わなかった。
ただ、マグカップを両手で包んでいた。
やがて、小さく微笑んだ。
「人は、誰かを愛したまま別の誰かを想うこともある。
それは、罪じゃないと思います。」
「……どうして?」
「愛は、誰かを縛るものじゃないから。」
紗季の目から涙がこぼれた。
彼は慌てず、ただ静かにテーブル越しに手を伸ばした。
「泣かなくていいです。
嘘のない涙は、いちばん美しいから。」
言葉のあと、二人は黙って立ち上がった。
外に出ると、冷たい風が吹き抜ける。
人通りの少ない路地で、
蓮がそっと紗季を抱き寄せた。
「大丈夫です。何も言わなくていい。」
その腕の中で、紗季は初めて力を抜いた。
涙が頬を伝い、蓮のコートに滲んだ。
雪はもう止んでいた。
けれど、空にはまだ白い光が残っていた。
—嘘のない時間。
> それは、言葉よりも温かかった。
数日後。
京都駅近くの小さなカフェ。
雪がやんだ空は、まだ白く曇っていた。
紗季は、温かいミルクティーを前にして、
手を組んだまま何も言えずにいた。
神谷蓮が、ゆっくりと口を開いた。
「この前の夜……あの雪の中で、
あなたと話してから、心が少し軽くなりました。」
「……私もです。」
「何かを抱えてても、誰かが見てくれているだけで、
不思議と生きやすくなるものですね。」
その言葉が、胸の奥に沁みた。
けれど、紗季の中にはまだ言えないことがあった。
彼——桐原悠真。
八年間の恋人。
今も月に一度は会っている。
けれど、もうそこに愛はなかった。
紗季は、息を吸い込んで言った。
「私……嘘をついています。」
蓮の瞳が、静かに揺れた。
「誰に?」
「あなたにも、自分にも。」
言葉が震えた。
「まだ、別れていない人がいます。
でも、その人をもう、愛していないんです。」
沈黙。
店内の時計の音が、妙に大きく響いた。
蓮は、しばらく何も言わなかった。
ただ、マグカップを両手で包んでいた。
やがて、小さく微笑んだ。
「人は、誰かを愛したまま別の誰かを想うこともある。
それは、罪じゃないと思います。」
「……どうして?」
「愛は、誰かを縛るものじゃないから。」
紗季の目から涙がこぼれた。
彼は慌てず、ただ静かにテーブル越しに手を伸ばした。
「泣かなくていいです。
嘘のない涙は、いちばん美しいから。」
言葉のあと、二人は黙って立ち上がった。
外に出ると、冷たい風が吹き抜ける。
人通りの少ない路地で、
蓮がそっと紗季を抱き寄せた。
「大丈夫です。何も言わなくていい。」
その腕の中で、紗季は初めて力を抜いた。
涙が頬を伝い、蓮のコートに滲んだ。
雪はもう止んでいた。
けれど、空にはまだ白い光が残っていた。
—嘘のない時間。
それは、言葉よりも温かかった。




