第四話 雪の夜の約束
十二月の京都。
空から静かに雪が落ちていた。
鴨川沿いの街灯が、粉雪をひとつひとつ照らしている。
紗季は、手袋の中で指をぎゅっと握った。
待ち合わせの場所に着いたが、心臓の音がやけにうるさい。
「……寒くなりましたね。」
振り向くと、マフラーを巻いた神谷蓮が立っていた。
白い息を吐きながら、彼は優しく笑った。
「来てくれて、ありがとう。」
「撮影、忙しいんじゃないですか?」
「うん。でも、どうしても今日だけは……会いたかった。」
その言葉に、胸の奥が温かくなった。
川の向こうに見える灯りが、雪の粒を反射して揺れている。
二人の足元には、雪が静かに積もり始めていた。
「ねえ、紗季さん。」
「……はい?」
「あなたって、何かを我慢して生きてる人ですね。」
不意の言葉に、紗季は目を瞬いた。
けれど、彼の顔は責めるようではなく、どこまでも穏やかだった。
「我慢してるの、わかります?」
「ええ。僕もそうだから。」
蓮は小さく笑った。
「役を演じてると、時々、自分が誰なのかわからなくなるんです。
本当の僕を、誰も知らない気がして。」
紗季はその言葉に、少しだけ息を詰めた。
心の奥で、同じ痛みが共鳴した。
「……私も、同じかもしれません。」
「嘘をつくことに、慣れてしまいました。」
沈黙。
川の音と雪の降る音だけが聞こえる。
蓮がゆっくりと近づき、
紗季の肩にそっとマフラーをかけた。
「今だけは、嘘のない時間にしましょう。」
「……はい。」
その夜、二人は多くを語らなかった。
でも、言葉よりも確かなものが心の中に灯っていた。
雪が頬に触れた瞬間、
紗季は気づいた。
——この人となら、自分を偽らずに笑える。
そして、心のどこかで静かに誓った。
"次に会う時、私はもう嘘をつかない。”




