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王太子の執務室にレティシアは足を踏み入れた。
レティシアに任された仕事は、「王太子殿下に起床時間であることをお伝えする」だった。
重厚なカーテンを開けていくと、執務室に柔らかな朝日が入り込んだ。沢山の書類が散乱する執務机に、王太子が頬を机につけて寝ている。王太子は穏やかな顔で寝息を立てていた。
王太子は目を覚ます気配が少しもない。
(きっと、疲れているんだろうな………)
王太子の目元には遠目からでも分かる隈がくっきりと浮かんでいる。もっと寝ていてもいいだろうに、生真面目な性格なのかもしれない。
レティシアは同じく王太子であった前世の弟のことを思い出した。弟は王太子たるべく執務に励み、体を壊してしまった。
(王族であることは、みんなが思うほどいいことじゃない………)
王太子の境遇に同情心を抱きながら、「王太子殿下、朝です」と声をかけた。
「もう朝か…………、早いな……。あれ………?君、見たことないな………」
レティシアの何度かの声かけで目を覚ました王太子は、まだ眠たいのかぼんやりとしている。
ロランドも美形だったけれど、それとは趣が異なる中性的な美しさを有していた。
白磁の肌に丸く大きなアメジストの瞳。王太子の艷やかな銀髪は肩まで伸ばされていた。
「王太子殿下、お初にお目にかかります。私は本日から王太子殿下付きになったレティシアと申します」
「………レティシア……、ああ、ロランドが勧めてきた子だね……。瞳が僕と同じ色って聞いてたけど、たしかに一緒だ」
王太子はレティシアを見て柔らかな笑みを浮かべた。
女性が苦手だと聞いていたけれど、案外親しみやすそうでレティシアはほっと息をついた。
「ロランドの紹介だから知ってるかな?僕は……その、あまり女性が得意じゃない。だから、僕には好意とか持たないで欲しいんだ」
初対面のレティシアにわざわざ言うなんて、今までどのくらい女性問題で苦労したのだろう。
絶対に好きになることなんてありませんと王太子の気持ちを安心させるために高らかに宣言したいところだが、レティシアは王太子と仲を深めることを求められていた。
「王太子殿下、御安心ください。私には……婚約者こそおりませんが、好意をよせている男性が……いるんです」
レティシアは王太子の興味を引くように、片思いの女性を演じることにした。ただの作り話なのに、心の奥底に押し込めたロランドへの恋心が浮かび上がってしまって、レティシアは物憂げな表情になってしまった。
「………………っ!」
恐らく自分よりも年下であろうレティシアが、自分の配慮のない一言で可憐な瞳を悲しげに揺らしたのを見て、王太子の胸に罪悪感が浮かんだ。
「………会ってすぐの女性に伝えることじゃなかった。僕はルカ。よろしく頼む」




