2
レティシアが目覚めたとき、ベットの中にはレティシアしかいなくて、布団の中に微かな温もりが残っているだけだった。
昼前だろうか。昨日よりも早く起きたつもりだった。沢山愛を囁いてくれたのに、夜が終わればあっけなくレティシアの元から去ってしまう。もっと一緒にいたかったのに。
レティシアは、ロランドを恋しく思った。
昨晩もまた激しかったせいで、全身が怠い。ロランドの底無しの体力に不満を抱きながら、レティシアはのろのろとベットから抜け出した。
「あれ………??………っ!なにこれ………!!」
レティシアの白い肌に、たくさんの鬱血痕が浮かび上がっていた。鬱血痕は身体のいたるところについている。
昨晩、ロランドは昏い目をしながら、「レティを館に閉じ込めたい」だの「レティは俺だけのもの」とか言ってなかったか。向けられる重い感情が嬉しくなって、レティシアも嬉々として受け入れていたがそれにしても。
「やり過ぎでしょ…………」
溜息をつきながらも、レティシアの表情は明るかった。ロランドの話が本当なら、これからの半年はロランドと過ごすことができる。
今日ロランドが会いに来てくれるとしたら、どんな態度で来るのだろうか。普段はツンとしてるのに、情熱的に振る舞ったことを照れくさがって来るかも。ロランドのことを思うと、レティシアは顔がにやにやする。
レティシアは娼館で働き出して、初めて夜が来るのが楽しみになった。
貴族のお嬢様のようなお淑やかな装いをと娼館のマスターに指定されたレティシアが向かった客室には、ロランドがソファーに足を組んで座っていた。
ロランドに会えて表情が和らぐレティシアとは対照的に、ロランドの瞳は冷たかった。
ロランドは、感情の籠もらない眼で、レティシアを品定めするように爪先から頭まで視線を走らせた。
その態度は、寝台で愛を語らった相手にするようなものではない。
――――どうして?
ロランドの豹変ぶりに、レティシアは言葉を失った。
愛を囁いてくれたのはただの戯れだったの……?
動揺したレティシアは、視線を漂わせた。
珍しくロランドはタイをしている。白地の生地に金糸で模様が描かれていた。
あれは………!
5代公爵家、ルザール公爵家一族のみに許される紋章だった。ロランドは一庶民、ましてや娼婦なんかがまじまじと見ていい相手ではない。
レティシアは慌てて貴族流の挨拶をした。洗練された完璧なカーテンシーで、それを見たロランドの隣に座っていたケインは得意気に軽く頷いた。
「素晴らしい!あまりにも美しくて、見惚れてしまった!我が館の姫、レティシア。こっちにおいで」
普段レティシアに対して決して向けることのない猫撫声を出して、娼館のオーナであるケインは文句の付け所のないエスコートを披露した。
ケインの隣に座ったレティシアをロランドは一瞥した後、話を切り出した。
「王太子殿下の御成婚が1年後に迫っているのだが、王太子殿下は女性が苦手でね。もちろん、女性経験もない。そこで、レティシア嬢、君には王太子殿下のメイドとして働きながら、自然な形で閨の手解きをしてもらう」
「私が………ですか?」
「君は娼館の女性だが、貴族の女性にも見える。君のアメジストの瞳は、王族の血が入っていることが伺われる。君の話す言葉のアクセントも完璧だ。王宮で働いたとしても、なんの問題もないだろう」
レティシアは前世と全く同じ容姿で生まれ変わっていた。前世は王女だったのだったし、王族としての知識もあった。
現に娼館でレティシアは没落した貴族のお嬢様のようだと人気があった。
それでも、王太子殿下の相手だなんて。今やただの庶民であるレティシアには荷が重い。それに、ロランドに他の男を勧められるのも嫌だった。
「王太子殿下に閨の教師を充てがわれたこともあったが、上手く行かなくてね。王宮で働くことができて、かつ王太子殿下を導ける女性は君しかいないと分かった」
黙り込むレティシアに、ロランドは説得を重ねる。
ロランドがレティシアに通ってくれていたのはこれを確かめるためだったのかと思うと、どうして、とレティシアは思った。
目的があって近づいたのなら、愛されているなど勘違いさせないで欲しかった。
娼婦であるレティシアに本気になる男なんていないと分かっていたのに、レティシアはロランドを信じてしまっていた。
こんなときに泣くのは惨めだ。なのに、レティシアの瞳に涙の膜が浮かんでくる。レティシアが動揺しているのが伝わってないはずがないのに、ロランドの様子に変わりはない。悔しい。レティシアはロランドから瞳を反らしたくて、俯いた。
「ロランド殿について行けば、華やかな王宮の生活を楽しむことができる。そう難しく考えなくてもいいんだよ?今までの仕事の場所が変わって、向き合うのが1人になっただけ。レティシア、できるでしょ?」
視線を落とすレティシアの肩を触って、カインが伝えてくる。どうせ、オーナのカインの指示に歯向かうことなどできない。
レティシアは消えるような声で、はいと答えた。
了承したのに安堵したケインは、レティシアの肩を触ったあたりから嫉妬をむき出しにした鋭い視線を送ってくるロランドを呆れた目で見た。
馬鹿な男だ。レティシアのことを気に入っているなら、王太子の相手なんて他の女にさせればいいのに。貴族の思考はやっぱり理解できない。ケインは苦笑して首を横に振った。




