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第95章:廃墟の神殿

夜の風が、廃墟となった神殿を包み込んでいた。

黒い雲が空を覆い、月明かりさえ届かない。

草に覆われた石段を登るたび、足元から小さな骨が砕ける音が響く。


レイとセラは無言のまま、慎重に進んでいた。

かつては光の女神を祀っていたはずのこの神殿も、今は異様な瘴気に満ちている。

柱の一本一本に黒い鎖の紋章が刻まれ、内部からは低い唸り声が漏れていた。


「……ここだな。黒鎖教団の拠点」

レイは小声で呟き、魔力感知を展開する。

視界に淡い光の粒が広がり、神殿内部の構造が脳裏に浮かび上がる。

「三階建て構造……下層に魔力反応が集中してる。間違いない、マリーナはあそこだ」


セラが頷く。

「気をつけて。教団の結界、普通の魔法じゃ解けないかも」

「わかってる」


レイは右手を掲げると、掌に青い魔法陣を浮かべた。

「《解鎖ディスエンゲージ》」

静かな声とともに、神殿を覆っていた黒い障壁が音を立てて砕け散る。

風が吹き抜け、沈黙が戻った。


「……やっぱり、あんたがいないと始まらないわね」

セラが苦笑混じりに言う。

「俺が壊す。お前は護る。それでいい」

短い言葉のやり取りの後、二人は闇の中へと足を踏み入れた。


◇ ◇ ◇


神殿の内部は、外よりもさらに冷たい。

壁一面に描かれた鎖の紋様が、不気味に光を放っている。

足を進めるたび、金属が擦れるような音が聞こえる。


「……音がする。誰かいる」

セラが小声で告げる。

レイは頷き、影の中に魔力を集めた。

すると──廊下の奥から、黒い鎧に包まれた人影が三体、ゆっくりと現れる。


「黒鎖騎士か。……こいつら、ザイロスの残党か?」

「違う。教団が再構築した“再生兵”。魂の鎖で動かされてる」


セラが詠唱を始めるより早く、レイはすでに動いていた。

地面を蹴る音と同時に、蒼い閃光が走る。

剣が一閃。

一体目の黒鎖騎士の胴体が、音もなく両断された。


「“解放魔法・断鎖”」


残る二体が同時に突撃してくる。

だがレイは一歩も退かず、剣を逆手に構え、魔力を溜める。

瞬間、足元に陣が広がり、爆発的な光が炸裂。


ドォンッ──!


爆風で瓦礫が宙を舞い、残った黒鎖騎士たちは一瞬で灰となって消えた。

セラは呆然としたまま息を吐く。

「相変わらずやばい威力ね……」

「抑えてる方だ」

「嘘でしょ」


軽い会話で緊張を解きながら、二人はさらに奥へ進む。

途中、血のような匂いが強くなり、石の床には無数の魔法陣が刻まれていた。


「……これは、儀式魔法の痕跡ね。人間を……変質させる術式」

「マリーナを“何か”に変えようとしてるのか」

「可能性は高い。急ぎましょう」


二人は階段を駆け下り、地下の扉の前に辿り着く。

扉は黒い鎖で封じられ、中央には見覚えのある紋章が光っていた。


「魂の鎖だ……。つまり、術者本人が近くにいるってことか」

レイが呟く。

セラは杖を握りしめ、背筋を正す。

「行きましょう、レイ。ここが分かれ目よ」


レイは頷き、剣を構える。

「──《破鎖・解放陣》!」


轟音とともに、鎖がすべて弾け飛ぶ。

扉がゆっくりと開くと、そこには薄暗い円形の部屋が広がっていた。


中央に──マリーナがいた。


床に倒れ、全身を鎖に縛られ、胸元には赤黒い魔法陣が刻まれている。

彼女の周囲を囲むように、フードを被った教団員たちが静かに詠唱を続けていた。


「っ……マリーナ!」

セラが叫ぶと同時に、教団員の一人が顔を上げた。

その目は人間のものではなかった。赤く、光を失い、完全に操られている。


「穢れし者どもよ……主の鎖となれ」


詠唱の終わりとともに、部屋全体が黒い霧に包まれる。

数十体の影が生まれ、レイたちに襲いかかってきた。


「来るぞ!」

レイが剣を振るう。

一閃、二閃──蒼い光が闇を裂き、次々と影を斬り払う。

セラは背後で両手を掲げ、聖なる光の陣を展開。

「《聖浄結界・プリズマ・ガード》!」

光の壁が広がり、マリーナを包み込むように守りを張る。


だが影は無限に湧き上がる。

「数が多い……っ」

「問題ない」


レイは静かに目を閉じ、全身の魔力を一点に集中させた。

蒼い輝きが部屋を満たし、風が唸りを上げる。


「──“神滅・零閃”」


空気が震え、時間が止まったような静寂が訪れる。

次の瞬間、斬撃の閃光が部屋を貫いた。


黒い影も、鎖も、詠唱していた教団員たちも、すべて一瞬で吹き飛ぶ。

残ったのは、レイとセラ、そしてマリーナだけだった。


セラは呆然と立ち尽くす。

「……すご……」

レイは息を吐き、剣を下ろした。

「急げ。マリーナを解く」


二人で鎖をほどき、魔法陣を消す。

マリーナの瞳が微かに開き、震える声で呟いた。


「……レイ……セラ……? 本当に、来てくれたの……?」

セラが涙をこぼしながら頷く。

「当然よ。心配したんだから!」


レイも小さく笑う。

「無事でよかった。──でも、これは終わりじゃない」


彼の視線は、部屋の奥に浮かぶ黒い穴──次元の裂け目を見据えていた。

その奥から、聞き覚えのない声が響く。


「ようこそ、“真の鎖”の神殿へ。

マリーナはただの“器”だ。世界を鎖で包むための、最初の鍵に過ぎん──」


その声は、ザイロスのものではなかった。

もっと冷たく、もっと深淵に近い。


レイは剣を構え、ゆっくりと前に出た。

「……黒鎖教団の“真の主”か。上等だ。今度は、お前を断つ番だ」


その瞬間、黒い裂け目が渦を巻き、光を呑み込む。

新たな戦いの幕が、音もなく上がった。

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