第8章:闇を統べる群れ
黒い瘴気を纏ったゴブリンの親玉が、森の奥から姿を現した。
その巨体は常軌を逸しており、普通のゴブリンの二倍はある。
皮膚は青黒く変色し、目は血走って赤く光っている。
「――あれが、親ゴブリン……しかも闇魔法で強化されてるな」
レイは目を細めながら呟いた。
セラは息を飲み、ドランは完全に硬直していた。
「どうする、レイ様……!? 数も多いですし、あの親はただ者じゃないっ!」
「落ち着け、セラ。状況を整理する」
周囲には、すでに三十体を超えるゴブリンが取り囲んでいた。
そのすべてが異様な魔力の波を放っている。
「まずは、群れを崩す。親は後だ。セラ、広域魔法いけるか?」
「はいっ、任せてください!」
セラは両手を広げ、澄んだ水の魔力を周囲に放つ。
「《氷鎖の檻》!」
周囲の気温が急激に下がり、地面が凍りつく。
水から生まれた氷の鎖が、数体のゴブリンの足元を絡め取り、動きを封じた。
「いい判断だ。じゃあ、次は――」
レイの手のひらに、風と炎の魔力が収束する。
「《烈風炎舞》!」
螺旋状に混ざり合った風と炎が、まるで生き物のようにゴブリンたちを焼き払っていく。
爆発的な熱と風圧が発生し、敵の隊列が一気に崩れる。
「ひ、ひいっ……! な、なんなんだよお前ら……!」
怯えた声が後ろから聞こえる。ドランだった。
崩れ落ちたまま動けず、呆然と戦いを見ている。
「――足手まといは黙ってろ。せめて逃げる方向くらい考えとけ」
冷たい言葉を残し、レイはさらなる魔法を構築する。
◆ ◆ ◆
しばらくして、取り巻きのゴブリンたちはすべて討ち取られた。
だが――本当の脅威は、これからだった。
「……来る」
レイの視線の先に、ゆっくりと、だが確かな威圧感を纏いながら“親”が迫ってきた。
「グォォォォ……ッ!!」
唸り声と同時に、親ゴブリンが腕を振るった。
闇の波動が放たれ、地面が裂けるように魔力が走る。
「っ、危ない!」
セラがレイを引き寄せて避ける。すんでのところで直撃は免れた。
「さっきの……魔法反射か。いや、違う。魔力を“跳ね返す膜”を纏ってやがる」
レイは冷静に分析する。
普通の攻撃では、表面の闇のバリアに吸収されてしまう。
そしてそのバリアは、魔力を蓄積し、逆に攻撃に転用してくる性質を持っていると、即座に見抜いた。
「これは、下手に攻撃したら返される……」
「じゃあ、どうすれば……!」
「突破口はある」
レイは微笑んだ。その微笑には、自信とある種の“楽しさ”が滲んでいた。
この異世界でしか体験できない、命を懸けた戦い――
それが、今の彼にとって、生きている実感を与えていた。
「セラ、水で奴の動きを封じられるか?」
「やってみます!」
セラが両手を高く掲げ、空中に水の輪を浮かべる。
「《氷結の枷》!」
空から降り注ぐ水が瞬時に凍り、親ゴブリンの両足を拘束した。
だがそれでも、完全には止まらない。
「今だ、隙間を狙って……!」
その時だった――
「う、うわあああっ!!」
ドランの叫び声。
恐怖のあまり手にした杖を振り回し、偶然にも放たれた雷の魔法が、
親ゴブリンの背中に当たった。
「……! 今の、効いてる?」
その一瞬、闇のバリアが揺らいだ。
「今の魔法、強くなかったからこそ通ったんだ……! 魔力を一定以下に抑えて、急所を狙えば、反射されない!」
レイは直ちに結論を導き出す。
「セラ、援護してくれ。弱い魔法を連打する。狙いは心臓だ」
「はいっ!」
セラは小さくうなずき、連続で水の矢を放ち始める。
レイも魔力を抑えた光の矢を、正確に撃ち込んでいく。
親ゴブリンは咆哮しながらバリアを強めるが、魔力を抑えた魔法にはうまく対応できない。
そして――
「――決めるぞ」
レイの手に、光と雷の魔力が融合する。
「《白雷終断》!」
輝く斬光が、空を裂くように親ゴブリンへと突き刺さった。
その一撃で、闇のバリアごと体を貫かれ――親ゴブリンは、地に崩れ落ちた。
「……終わった、な」
静かに呟くレイの手元には、親ゴブリンの体から転がり落ちた“黒い魔石”があった。
それは、かつてリオン事件の際にも見られた、闇魔法の媒介――
「また、誰かが“仕組んでる”ってことか……」
そう呟いたレイの表情には、笑みはなかった。
ただ、鋭く冷たい目が、黒い石を睨みつけていた。
◆ ◆ ◆
「おい……レイ」
おずおずとドランが声をかけてきた。
恐る恐る、だがはっきりと。
「さっき……助けてくれて、ありがとよ」
レイはちらりと振り返り――
「次は、足引っ張るな」
それだけを言って、踵を返した。
――この闇の裏にいる真の存在へ、レイの追跡は再び始まる。