第88章:嫌な予感
休日の昼下がり。レイとセラは並んで森の小道を歩いていた。ギルドで受けた依頼は「森に現れる得体の知れない魔獣の調査」。ただの偵察任務のはずだった。
しかし、森の奥に足を踏み入れるにつれ、空気は次第に重く淀み、草木の色さえも薄暗く見え始めていた。
「……静かすぎる」
レイが立ち止まり、周囲に目を凝らす。鳥の鳴き声も、風に揺れる葉の音もない。不気味な沈黙が続いていた。
「嫌な気配がする……」
セラが魔力を練り始める。その瞬間——。
茂みの奥から低い唸り声が響き、影のような塊が飛び出してきた。
「っ!」
飛びかかったそれをレイが剣で受け止め、火花が散る。姿を現したのは狼のような魔獣。しかし、ただの狼ではなかった。体表には黒い紋様が浮かび上がり、真紅に染まった瞳がギラついている。
「こんな魔獣……見たことない!」
セラの声が震える。光の矢を放つと、魔獣は苦しそうに吠え、黒い霧を吐き散らした。その霧に触れた草木はみるみる枯れていく。
「影の瘴気……やっぱり普通じゃねぇな!」
レイは一歩踏み込み、剣を振り抜いた。だが斬ったはずの身体は影のように揺らぎ、完全には手応えがない。
「レイくん、あれを見て!」
セラが指差した先。魔獣の胸元に、紋章のような印が浮かんでいた。それは禍々しい黒の渦を描き、ザイロスの背後にちらついていた紋章と酷似していた。
「……やっぱり繋がってるのか!」
魔獣が咆哮し、地面を蹴って突進してくる。衝撃で木々が倒れ、黒い霧がさらに広がる。レイは剣を逆手に構え直し、セラは魔法陣を展開する。
「行くぞ、セラ!」
「うんっ!」
光と刃が交差し、魔獣の体を切り裂いた瞬間、黒い霧が爆ぜるように広がった。二人はとっさに飛び退く。やがて、影の獣は断末魔のような咆哮を上げ、霧となって消え去った。
——残されたのは、地面に刻まれた黒い紋章の焼き跡。
レイは剣を下ろしながら、それをじっと見つめた。
「……終わった、わけじゃない」
セラの表情にも、不安の影が差していた。
「この印……また、何かが動き出してる」
森の奥から吹き抜ける風が、二人の頬を冷たく撫でていった。




