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第87章:異変

「今日は休みだし、どこか出かけようか」

 朝食後、寮のラウンジでセラが声をかけてきた。

 彼女の金色の髪が窓から差し込む陽光に照らされて輝いている。ザイロスとの戦いを経て、以前よりも強く、凛々しい雰囲気をまとっていた。


「そうだな……ちょうどいい。ギルドの依頼でも見に行ってみるか?」

「また依頼? ほんと休むってことを知らないんだから」

「いやいや、鍛錬の一環だよ。学園だけじゃ学べないこともある」


 呆れ顔のセラだったが、最終的には笑って頷いた。

 二人は軽装に着替え、街の中心にあるギルドへと向かった。


 ギルドは相変わらずの喧騒に包まれていた。冒険者たちが依頼を取り合い、受付嬢の前には長い列ができている。

 掲示板には討伐、護衛、素材収集など様々な依頼が貼り出されていた。


「さて、どれにする?」

 セラが依頼票を眺めながら呟く。

「今日は軽めでいいだろう。薬草採取とか」

「……ほんとに軽いの選ぶんだ。てっきりドラゴン退治とか言うかと思った」

「それはさすがに学園休みの日にやることじゃないな」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 その日の依頼は、街から少し離れた森で薬草を採取する簡単なものだった。

 森の中は静かで、鳥のさえずりが響く。危険な魔物も少なく、レイとセラにとっては散歩のような感覚だった。


「ここ、懐かしいね。入学してすぐの実習も、こんな森でやったよね」

「ああ、あの時は俺たちまだぎこちなかったな」

「今は……どう?」

「今は最高だ」


 セラが照れくさそうに笑う。そんな何気ない時間こそ、レイにとって宝物だった。


 薬草を抱えてギルドへ戻り、報酬を受け取った後のことだった。

 奥の部屋からギルドマスターが慌ただしく現れた。


「おい、レイにセラ。ちょっと来てくれ」

「どうしたんですか?」

「ただの雑務じゃない。……最近、妙な噂があるんだ」


 マスターの顔は険しかった。


「近隣の村で“影の獣”が出るらしい。夜になると姿を現し、冒険者や村人を襲っている。斬っても魔法を撃っても、煙のように消えてしまうらしいんだ」

「影の……獣?」

 セラの声に緊張が混じる。

「まだ討伐依頼として出せる段階じゃないが……もしや、ザイロスの残したものじゃないかと囁かれている」


 レイの表情がわずかに曇る。

 平穏を取り戻したと思った矢先に、またザイロスの名が出てきた。


「……詳しい場所を教えてくれ」

 即答するレイに、マスターは深く頷いた。


 二人はすぐに指定された村へ向かった。

 道中、セラは不安げに口を開く。


「ねぇレイ。もし本当にザイロスが残したものなら……」

「なら、俺が片付けるだけだ」

 その言葉は力強く、セラの胸を少し安心させた。


 やがて村に着くと、そこは不気味な沈黙に包まれていた。

 昼間なのに人影は少なく、窓に鍵をかけて外を覗く村人の視線が突き刺さる。


 村長宅で事情を聞くと、家畜や畑が夜ごと襲われ、数人の冒険者が行方不明になっているという。


 その夜。

 二人は村の外れで待機していた。満月が冴え冴えと光り、森を青白く照らす。


「……出るとしたら、そろそろだな」

 レイが呟いたそのとき、冷たい風が吹き抜けた。


 森の奥に、黒い影が揺らめいている。

 形を変え、揺れながら近づいてくるそれは――人のようで、獣のようでもある。


「……あれだ」


 レイが剣を握りしめると、影の獣は音もなく突進してきた。

 レイの一閃が月光を裂き、影を捉える――が、手応えはない。斬られた影は霧のように散り、すぐに元の形に戻った。


「効かない……!」

 続けざまにセラが光の魔法を放つ。眩い光が影を包むが、やはり煙のように消えるだけだ。


「なんなんだこいつ……」

 影の獣は低く笑うような声を発し、二人を翻弄する。攻撃を仕掛けても霧散し、再び現れる。


 まるで、実体を持たない幻影のように。


 数分間の攻防の末、影は突然立ち止まった。

 不気味に伸びた腕を夜空へ掲げ、まるで意思を持つかのように呟く。


「……まだ……終わらぬ……」


 次の瞬間、影は森の奥へと駆け去り、完全に姿を消した。

 残されたのは、黒い焼け跡のような痕跡だけ。


「……ザイロスの研究、か」

 レイは痕跡を睨みつけ、拳を握る。

「これ、放っておいたら……またあの時みたいに」

 セラの声は震えていた。


「大丈夫だ。もう同じことは繰り返さない」

 レイは静かに言い切った。

 だが心の奥底では分かっていた。――ザイロスが消えた後も、世界のどこかにその「影」が根付いていることを。


 そして、それが再び大きな災厄へと繋がるかもしれないということを。


こうして、二人の「日常の依頼」は思いもよらぬ新たな事件の幕開けとなった。

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