第7章:迷いの森と闇の兆し
リオン事件から数日。
騒ぎは教師たちの手で穏便に処理され、学園には再び“日常”が戻っていた。
生徒「今日の授業、魔法理論の中間テストだってさー。マジ憂鬱……」
生徒「でもレイ=ノヴァリア様は余裕でしょ?」
生徒「リオンを退けた天才様だもんね」
噂話は、どこにいても耳に入る。
それが称賛であれ、嫉妬であれ――レイ=ノヴァリアは、すでにこの学園で無視できない存在になっていた。
レイ「ふぅ……別に目立ちたくてやったわけじゃないんだけどな」
隣の席では、セラがこくりと頷く。
セラ「でも……レイ様が強いのは事実です。皆、見ていたんですから」
苦笑しながらも、レイは視線を外に向ける。
教室の窓からは、広い中庭と、遠くに森が見える。
その先に待つ“非日常”の気配を、彼はどこか感じ取っていた。
◆ ◆ ◆
昼休み。食堂に行こうと廊下を歩いていると、不意に前から歩いてきた男子生徒が立ちふさがった。
ドラン・ルーファス。
自信家でプライドの高いこの少年は、レイに対し明らかに敵意を向けていた。
ドラン「おい、ノヴァリア。俺と勝負しろ」
レイ「……は?」
ドラン「俺はあんたが気に食わない。俺より目立ってるのがムカつくんだよ!」
レイ(理由が小さすぎる……)
レイは溜息をつきつつ、構えすら取らずに言った。
レイ「いいよ。5秒だけ相手してやる」
周囲の生徒たちがざわつく中、決闘は始まった――が、結果は一瞬だった。
ドランが放った炎の矢は、レイの放った風の弾丸でかき消され、次の瞬間、足元の魔法陣で転倒。
レイ「……終了。話にならない」
周囲が静まり返る中、レイは何も言わずにその場を去った。
ドランは立ち上がれず、顔を真っ赤にしていた。
◆ ◆ ◆
午後の授業は「魔法石探査訓練」。
森の中に散らばった魔力を帯びた鉱石を、魔力感知や探索魔法を使って見つけ出すという実習だった。
ドラン「えっ……俺、こいつと同じチームなのかよ!?」
ドランが叫ぶ。
組み分けは教師によって決められており、レイ・セラ・ドランの三人は否応なしに一緒に行動することになった。
「足手まといになるなよ」とレイが言えば、
「こっちのセリフだ!」とドランが返す。
セラが慌てて二人の間に割って入った。
セラ「そ、そんな言い合いしてる場合じゃないです……! 早く探索始めましょう!」
◆ ◆ ◆
森の中は、しんと静まり返っていた。
だがそれが逆に不気味な気配を生む。
レイは空気の流れに敏感に反応し、慎重に前へと進んだ。
セラ「レイ様、こっちの方向に微弱な魔力反応があります」
レイ「分かった。進もう。……ドラン、お前は後ろからついてこい」
ドラン「命令すんな!」
そう言いながらも、ドランはなぜか距離を保ちながら歩いていた。
レイは口には出さなかったが、ずっとその幼稚さにイライラしていた。
そんなとき、不意に魔物が現れた。
低木の影から飛び出してきた小型のウルフ型魔物。
セラが驚き、ドランは叫びながら逃げた。
ドラン「わ、わああああっ!!」
レイは即座に反応。詠唱なしで火の球を生成し、魔物の急所を狙って一撃で仕留めた。
レイ「……情けない」
レイは小声でそう呟き、ドランには何も言わずに再び探索に戻る。
しばらくして――
レイ「見つけた。魔法石だ」
地面にうっすらと光る魔力反応。
セラが小さく喜びの声をあげる。
セラ「さすがです、レイ様!」
だが――そのとき、背後にいたはずのドランの気配がないことに気づく。
レイ「……あいつ、また勝手に動いたのか?」
レイは眉をひそめ、探索魔法を広範囲に展開。
セラも心配そうに周囲を見渡す。
魔力の感知が反応したのは、すぐ近くの茂みの向こう。
そこには――複数のゴブリンたちに囲まれたドランの姿があった。
ドラン「ぎゃああっ、来るなぁっ!!」
レイは即座に詠唱なしの光魔法を発動。
「《閃光破》!」
眩い光がゴブリンたちを焼き払い、一瞬で沈黙させた。
レイ「……また、かよ。お前、本当に何しに来たんだ」
ドランは怯えて声も出ない。
レイが冷たい視線を向けようとした、そのときだった。
――ゾワッ。
異様な気配。
レイの背筋を冷たい風がなぞるように走った。
レイ「……セラ、警戒しろ。来る」
セラが息を呑んだ瞬間、森の奥から――大量の気配が迫ってきた。
セラ「ゴブリン……!? こんな数……っ!」
現れたのは十数体、それ以上。
その中心に、明らかに異質な魔力を持つ、異形のゴブリンが立っていた。
それは“親”と呼ばれる種――
ゴブリンの群れを統べる存在。
だが、今回は違った。
その個体には、黒く禍々しい瘴気がまとわりついていた。
レイ「……闇魔法か。あの時と同じだ」
リオン事件の記憶がよぎる。
魔物を異常強化する“闇の魔法”が、再びレイの前に立ちはだかろうとしていた。
レイ「セラ。ドランを守れ。戦うのは……俺だ」
レイの瞳が静かに燃える。