第63章:レイの研究
レイは王城に与えられた一室に籠もっていた。
セラや国王たちに「三日間の猶予」を約束した以上、その時間を最大限に使って己を研ぎ澄ますしかない。
ザイロスが再び姿を現した――それだけで十分だ。奴は次の一手をすでに準備している。ならばこちらも「今以上の自分」にならなければならない。
机の上には羊皮紙と魔石が散らばり、魔力で描かれた陣が淡く光を放っている。
レイは深く息を吐き、魔力を流し込んだ。
「……よし、まずは基盤からだな」
彼の持つ魔法は、この世界の常識から外れている。
幼い頃から独学で編み出した空間倉庫や錬金魔法は、本来この世界には存在しないはずの力だった。
それはまるで前世の知識と、この世界に根付く魔力の理が融合して生まれた「異端の術」。
この世界の魔法は六つの基本属性に分類される。
火、水、風、雷、光、闇。
それぞれに特徴があり、火は攻撃に特化、水は治癒や補助、風は操作や加速、雷は瞬発力、光は防御と浄化、闇は破壊と支配――といった具合だ。
だが、この六属性をすべて自在に操れる者は存在しない。普通は一人一属性、多くても二属性しか扱えないのだ。
「けど俺は違う。全部使える上に、さらに応用できる……」
そう呟き、レイは手元の魔石に闇の力を込める。
黒い粒子が空気中に広がり、部屋の灯りを吸い込むように揺らめいた。
それを基盤に、彼は風の属性を練り込んでいく。
――空間を抉るような圧力。
――そこに吹き込まれる風の奔流。
やがて黒い球体が生まれた。
それはただの闇魔法の球ではない。まるで重力そのものを内包したかのような歪みを生み出し、机の上の羽ペンを吸い寄せた。
「……成功か?」
羽ペンは球体に触れると、一瞬で霧散した。音もなく、まるで存在が消えたように。
レイは眉をひそめる。
「やっぱり、ただのブラックホールじゃねぇな。これは……虚無そのものだ」
危険すぎる。だが同時に、これ以上ない切り札にもなる。
ザイロスのような強敵を相手にするなら、常識を越えた魔法が必要なのだ。
レイは続いて「転移魔法」の実験に取り掛かった。
この世界にも転移は存在するが、それは一度訪れた場所にしか行けない制約がある。
彼が作ろうとしているのは、人の記憶を読み取り、その人物が知る場所へ飛ぶ――という、いわば精神と空間を繋ぐ術。
「さて……本当にできるかどうか」
セラの残していったハンカチを握りしめ、彼女の気配を思い浮かべる。
淡い緑の髪、笑顔、そしてエルフの森の情景。
次の瞬間、視界がぶれ、部屋の中に新たな扉が開いた。
そこには確かにエルフの森の景色が広がっていた。
木漏れ日の中で、子供たちが走り回り、花の香りが風に乗ってくる――。
「……やったな」
ただ、足を踏み入れた瞬間に扉は消え去った。
まだ不安定。だが原理は確かに掴んだ。
「ふっ……ザイロス、お前の驚いた顔が目に浮かぶぜ」
独りごちながら、レイは笑った。
自分が最強であることは知っている。だが、そこで満足するつもりはない。
限界を超え、常識を壊し、世界の理そのものに干渉してやる。
――その先に待つのは、勝利か、あるいは破滅か。
疲労が一気に押し寄せ、彼は椅子にもたれかかった。
羊皮紙には複雑な魔法陣が描き殴られ、机には破壊された魔石の欠片が散乱している。
瞼が重くなり、意識が暗闇に沈む直前、レイは小さく呟いた。
「……セラ、俺は必ず勝つ。お前の笑顔を……守るためにな」
そして彼は深い眠りに落ちた。
その眠りの中で、未来に待つ激闘の気配を夢のように感じながら――。




