第39章:束の間の幸福と魔王軍の影
「少しだけ休憩にしようか。また後日、出発するぞ」
冒険者協会からの依頼を見事果たし、報酬を手に宿へ戻った夜、レイはそう言った。
その言葉に、セラとミナの顔が一気に明るくなる。
「やっと……! レイ、ありがとう!」
「うん! ちょっとくらい羽を伸ばしたいもんね!」
二人の笑顔を見て、レイはようやく気づかされた。
自分はずっと「魔王を倒す」という目的ばかり見据えてきた。
セラもミナも、少女としての時間をほとんど休みなく削ってまで、共に戦ってくれていたのだ。
(……そうだよな。俺ばっかり突っ走ってた)
レイは小さく息をつき、心の中で二人に感謝した。
出発は一週間後──それが彼らの決断だった。
◇
その間、街は三人にとって「束の間の楽園」となった。
セラは久しぶりに街の通りを歩きながら、あれこれと露店や店先を見て回った。
ミナは屋台の食べ歩きを楽しみ、セラに「あんた、また甘いものばっかり!」と笑われる。
そしてレイは──自然とセラの隣に並んでいた。
セラはいつもよりずっと無邪気な笑顔で、服やアクセサリーを眺めている。
レイはその横顔を見つめながら、心の中でふと呟いた。
(……そういえば、セラの本当の笑顔を見たのは、いつぶりだろうな)
常に魔王との戦いを意識し、緊張と責任に縛られていたセラ。
今目の前にいる彼女はただの「一人の少女」だ。
それが、レイにはたまらなく愛おしく感じられた。
◇
「そ、そういえば……」
通りの宝飾店の前で、セラが立ち止まった。
その声はどこか上ずっていて、頬がうっすら赤い。
「ふ、夫婦になってるのに……ゆ、指輪……買ってないね」
「……っ」
レイの顔が一瞬で赤くなる。
セラ自身も言ってから恥ずかしそうに目を逸らしたが、それでも勇気を振り絞って見上げた。
「ま、まぁ……確かにな」
レイは照れくさそうに言いながらも、その店へ足を運んだ。
◇
中に入ると、色とりどりの指輪が並んでいた。
金、銀、魔石を埋め込んだもの──その数は百を超える。
レイは思わず目を丸くした。
「す、すごい数だな……」
セラは隣で頬を染めたまま、そっと視線を落とす。
彼女は決めきれず、しかしどこか「レイに選んでほしい」という雰囲気を漂わせていた。
(……そういうことか)
レイは小さく笑い、数ある指輪の中から一つを手に取った。
それは華美すぎず、だが温かい光を放つ銀の指輪だった。
中央に埋め込まれた蒼い宝石は、澄んだ湖のように清らかで──どこかセラの瞳を思わせた。
「……これにしよう」
差し出された指輪を、セラは大事そうに受け取る。
そしてレイが彼女の指にそっと嵌めた瞬間、セラの瞳が大きく揺れた。
「……レイ……」
二人は見つめ合い、自然と微笑み合った。
その光景は、誰が見ても「幸せそのもの」だった。
──しかし、その幸福は長くは続かなかった。
◇
ドォンッ!!
突如として地響きが街を揺らした。
続いて遠くの方角から煙が上がり、耳をつんざく警鐘が鳴り響く。
「な、なんだ!?」
「敵襲だ──魔王軍だ!!」
通りの人々が悲鳴をあげ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
店主たちも慌てて店を閉め、子どもを抱えた母親たちが駆け抜ける。
冒険者たちの怒号が響き、武器を手にした兵士たちが走り抜けた。
レイはすぐにセラを庇い、剣に手をかける。
ミナが息を切らせて駆け寄ってきた。
「レイ! 街の北門に……魔王軍の将が現れたって!」
「……将、だと?」
空気が一瞬で張り詰めた。
ただの魔物の群れではない。魔王軍の「幹部級」──人類にとって最悪の脅威のひとつ。
「避難を優先させろ! 冒険者たちは戦線を張れ!」
遠くで指揮官の声が飛ぶ。
街全体が、瞬く間に「戦場」へと変わっていった。
◇
レイは剣を引き抜き、二人へ振り返った。
「セラ、ミナ……来るぞ。ここから先は──本当の戦いだ」
二人は頷き、決意を宿した瞳で彼を見つめる。
束の間の休息と幸福を破ったのは、魔王軍の影だった。
だがそれは同時に──彼らを、次の運命へと押し出す合図でもあった。




