第26章:森に消えた少女
遅れました。
朝の陽光が差し込み、宿の部屋に柔らかな光が広がる。
レイは窓辺に腰掛け、昨夜の戦いの余韻を振り払うように深く息をついた。
机のそばでは、包帯を巻いたガルドが椅子に座っている。体はまだ重そうだが、意識ははっきりしていた。
「……昨夜のことを、思い出せるか?」
レイの問いに、ガルドは険しい表情で頷く。
「黒いローブを纏った男に声をかけられたんだ。最初は断った。だが……すぐに頭が真っ白になって……気づいたら、あの闇に飲み込まれていた」
「やっぱり、ザイロスの手下か」セラが呟く。
ガルドは苦々しい顔をして、拳を握りしめた。
「俺のせいで、あの娘を危険に晒した……すまなかった」
「謝らなくていい」レイは首を振った。「操られていたんだからな。それに、あの場で必死に戦ったのはお前自身の強さだ。問題は――奴らが、俺たちを明確に狙ってきているってことだ」
会話の途中、部屋の隅で静かに座っていたミナが口を開く。
「レイ、セラ……私も一緒に行かせてほしい。魔王を倒す旅に」
「……いいのか? お前、まだ若いだろ」
「だからこそです。私は獣人族の娘として、このまま見ているだけじゃ嫌なんです。昨日、あなたが助けてくれたように……私も誰かを守れる存在になりたい」
その瞳に宿る強さを見て、レイは少し沈黙した。
そして静かに頷く。
「……分かった。だが、俺とセラの傍を離れるな」
「はい!」
こうして三人は、次の目的地――エルフ族の住む森を目指すことになった。
荷物を整え、ガルドに別れを告げると、馬車に乗り込み街を後にする。
◇
馬車に揺られて数時間。
窓の外には、鬱蒼とした木々が広がっていた。空気はひんやりとし、どこか張りつめた緊張感を孕んでいる。
「ここが……エルフ族の森か」レイは小さく呟く。
馬車を降り、森の入り口に足を踏み入れると、空気そのものが変わったように感じられた。風が木々を揺らす音すら、耳に冷たく響く。
その時、隣のセラの様子が不自然に固まった。
彼女の瞳が、森の奥をじっと見据えている。
「セラ?」
「……っ」
肩が小さく震えていた。まるで、この森そのものを恐れているかのように。
ミナが心配そうに声をかける。
「セラさん、大丈夫……?」
「……え、ええ。平気よ」セラは無理に笑みを作るが、その手は僅かに震えていた。
レイは胸に引っかかるものを覚えながらも、先へと進むことにした。
やがて、一行は森の奥深く、エルフ族の住居地へとたどり着く。
木々と同化するように作られた美しい建築が並び、中心には荘厳な館がそびえていた。そこにエルフ族の長が住んでいるらしい。
「ここが……」
レイが一歩踏み出そうとしたその時――
――バサッ。
後ろから、風を切る音がした。
振り返ると、セラの姿がなかった。
「……セラ?」
次の瞬間、森の奥へ走り去っていく彼女の背中を見つける。
その表情は怯えと混乱に歪み、何かから逃げるように必死だった。
「セラ! 待て!」
レイは叫び、迷わず追いかける。
ミナも慌てて後を追おうとしたが、レイが振り返りざまに制止した。
「ミナはここで待て! 必ず連れて戻る!」
レイの姿が森の深みに消えていく。
木々がざわめき、風が不気味に唸る。
――セラは、いったい何から逃げているのか。
レイの胸には、不吉な予感が重くのしかかっていた。




