第15章:日常の隙間に潜む牙
魔王軍の陰謀を退け、学園と街に一時の平穏が戻ってきた。
季節は春。柔らかな陽光が校庭を包み、校舎のガラスには青空が映っていた。
「ねぇ、今日のお昼、パン屋の新作いこ!」
元気なセラの声が響く。カナリアも小さく頷き、微笑んだ。
「甘いやつ、買いたい……」
「レイも来てよ!最近いつも本ばっかだし」
「……別にいいけど」
そんな何気ないやり取りすら、レイには貴重に感じられた。
激戦の記憶が薄れていく。だが、それを「忘れてしまっていい」と思えないのは、自分がこの世界で背負ってしまったものの重さゆえだった。
午後の授業は、魔法史の演習。
セラは相変わらず真面目にノートを取り、カナリアはウトウトしながらも要点を押さえていた。
レイはというと、授業の合間にも周囲の気配を探っていた。
「……今日は何もないな」
その小さな違和感は、ずっと胸の奥に残っていた。
戦いが終わったわけじゃない。
あれは、ただの“序章”にすぎなかったのではないか――
放課後、街へ向かう三人。寮の備品や食材を買い出しに行く、ただの日常。
「はい、これ荷物持ち」
「……セラが持て」
「むー、メイドだからって全部任せないでよっ!」
そんな他愛ない会話が、街に響く。
風に混じる焼き菓子の匂い。商人の呼び声。道端で演奏する音楽家。街は平和だった。
だが、帰路の途中――その空気が一変する。
「……止まって」
レイが突然立ち止まった。
路地裏、建物と建物の狭間に、異様な気配がある。
――殺気。
一瞬後、そこから影が躍り出た。
「ッ!?」
フードを深く被った男。赤い目が光り、手には魔力の宿った短剣。
「対象、ノヴァリア・レイ。抹殺開始」
低く唸るような声。レイは即座にセラとカナリアを庇う。
「刺客……!」
「“水盾”!」
「“風突”!」
セラとカナリアが連携して魔法を放つも、男は素早く跳躍し、躱す。その動きはまるで獣のようだった。
「貴様、魔王軍の……!」
「名乗るほどの者ではない」
刺客の目が不気味に光ったその時、レイは地を蹴った。
「詠唱なし……っ!」
その言葉が出るより早く、レイは風を纏った一撃を放つ。
「“風刃穿”!」
だが、男は受け流し、反撃してきた。
「……強い」
レイは冷静に分析する。短剣の扱い、体術、そして魔法……すべてが高水準。これは、ただの刺客ではない。
――もしかして、ザイロスの命か?
「……お前、何者だ」
「……それを知る必要はない。お前はここで終わる運命だ」
次の瞬間、男の全身から黒い瘴気が噴き出した。
「闇の魔力か……!」
周囲の空気がどす黒く染まっていく。セラとカナリアも顔を強張らせた。
「レイ……!」
「下がってろ」
一歩、前へ。
「“雷閃崩”!」
雷の奔流が地を割り、刺客を吹き飛ばす。呻き声と共に、刺客の身体が瓦礫に叩きつけられた。
「……クク……流石……だな……」
その瞬間、男の体に展開された黒い魔法陣。
「自己転送……!」
レイが動いたが、間に合わなかった。刺客の身体は闇に溶けるようにして消えた。
静寂が戻る。
「……逃げられたか」
セラとカナリアが駆け寄る。
「レイ、大丈夫!?」
「怪我……してない……?」
「平気だ。だが……完全に狙われていた」
レイの目が細くなる。あの瘴気――明らかにザイロスに通じるものだった。
その夜。
レイは寮の屋上に立ち、夜風を浴びながら空を見上げていた。
「あの黒い目……躊躇いのない殺気……あれが“敵”の本気か」
何もない日常を望む自分と、それを壊そうとする存在。
二つは、必ずぶつかる運命にある。
気配を感じ、後ろを振り返ると、セラがココアを持ってやって来た。
「……どうせここだと思った」
「……感謝する」
「無理しないで。守られてばっかじゃ、私も嫌だよ?」
その言葉に、レイは少しだけ笑った。
「期待してる。……頼んだぞ、セラ」
夜風に、ふたりの影が揺れる。
まだ嵐の前。
けれど、確実に闇は近づいていた。




