第10章:幻惑の挑戦者
大会2日目。レイの第二戦が始まろうとしていた。
控室の窓から見える王都のアリーナには、朝から人の波が絶えず、熱気が空を揺らしていた。
セラ「レイ様、水をどうぞっ」
セラが小さな魔法水筒を手にして駆け寄ってくる。
表情はいつも通り元気だが、どこか落ち着かない様子をしていた。
レイ「……ありがとう。どうかしたか?」
セラ「いえ……ちょっと、控室の方で見かけた人が……なんか怪しかったというか……。道具を触っていて、何か仕込んでいたような……」
レイはその言葉に目を細めた。
昨日、親ゴブリンの魔石を見た記憶が頭をよぎる。
レイ(また“何か”が、動いているのか?)
レイ「気をつけろ、セラ。何かあっても、即座に魔力で反応できるようにしておけ」
セラ「はいっ!」
レイは立ち上がり、結界石の前へと歩を進めた。
審判が告げる。
審判「準決勝、レイ=ノヴァリア、出場者ゲイル=マナス、準備を」
会場がどよめく。今回の相手は“幻惑”の異名を持つ魔術師。
精神干渉や幻術を得意とし、過去には相手を錯乱させ自滅させたこともあるという。
ゲイル「へぇ……あんたが噂の魔物を倒した生徒か。縛られてるって聞いたけど、それでも来るとは、なかなか肝が据わってるね」
ゲイルはにやけた顔で片手をひらひらと振っている。
ローブの内側からは、微細な闇の魔力が常に揺れていた。
レイは無言で構える。
◆ ◆ ◆
審判「始めっ!」
審判の声とともに、ゲイルが両手を広げた。
次の瞬間、視界が歪んだ。空が二重に見える。地面が波打つ。
ゲイル「――《幻葬・四重迷界》!」
観客たちから驚きの声が上がる。強烈な幻術魔法だ。
通常であれば、相手は数分のうちに方向感覚を失い、精神を支配される。
だが――
レイ「風は、流れを教えてくれる」
レイは静かに目を閉じ、風を手のひらに集めた。
周囲の気流が空間の歪みを“感知”しているのだ。
レイ「――《風流想破》」
突風が四方から巻き上がり、幻の空間を一掃する。
視界が一気に晴れた。
ゲイル「なっ……!?」
驚くゲイルを見つめるレイの目は、冷たい光を宿していた。
レイ「……俺には通じない」
ゲイル「ちっ……じゃあこれはどうだ!」
ゲイルが詠唱と共に、虚空から幻の分身を四体作り出す。
本体を判別しづらくし、その間に闇魔法を構築する戦法。
レイ「――甘い」
レイの掌に水の魔力が溜まる。
レイ「《氷鎖矢陣》!」
水から生まれた氷の矢が、空間を正確に射抜いていく。
全ての分身が同時に貫かれ、最後にゲイルの足元へと氷鎖が伸び――
ゲイル「くっ……動けねえ……!」
ゲイル「……詰みだ」
レイは、構築済みだった風の刃を一閃。
結界ギリギリで止まったその一撃に、ゲイルは降参の意を示す。
審判「勝者、レイ=ノヴァリア!」
会場からは大歓声。
だが、レイはそれを背に静かに歩き出す。
勝利は目的ではない。その先にある“何か”を暴くために、彼は進んでいるのだから。
◆ ◆ ◆
控室に戻ると、セラが小声で話しかけてきた。
セラ「さっき、あの怪しい人……試合中に観客席の裏に回ってました。何か、魔力を撒いていたみたいで……」
レイ「……後で確認しに行くか」
レイはうなずき、目を閉じる。
そして――そのときだった。
???「……やっぱり、面白いな。君という存在は」
控室の奥。誰もいないはずの陰から、黒ローブを纏った人物が姿を現した。
その男の顔は見えない。だが、その雰囲気は、リオンを操っていた気配と似ていた。
???「君に、もっと試練を与えてみたくなった」
レイ「……何者だ」
???「まだ名乗る時ではない。だが――いずれ分かる。君がどこまで“この力”に抗えるか……」
男はレイの方に黒い魔石を放り投げ、霧のように消えていった。
レイはその石を手に取り、じっと見つめた。
レイ(また、“闇”の気配……)
セラが心配そうに近づく。
セラ「レイ様、どうか……?」
レイ「――問題ない」
そう答えた彼の瞳は、冷静さの奥に、再び闘志の炎を宿していた。
 




