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第1話 深紅の婚礼

 光陰歴一〇八九年、私マリーは十七歳になったばかり。


 デュフレーヌ公爵家の長女であり、この国クメルス王国では珍しい、深紅の髪と瞳を持つ者だ。


 その日は、まさに私の人生で最も輝かしい一日。

 幼い頃に婚約した王太子殿下、アルバート様との婚礼の日。王都は、祝福の喜びに満ち溢れてる。


 朝から降り続いていた陽光が、王宮の白い壁を眩しく照らし、通りを埋め尽くす人々は、誰もが笑顔で私たちを讃える。


「マリー様、お支度が整いました」


 侍女の声に促され、私は鏡の前に立った。純白のドレスは、細やかな刺繍と真珠で飾られ、私の深紅の髪には、王家伝統のティアラが輝く。絵画のように美しい花嫁姿に、私は、思わず息を呑んだ。


 今は亡き母が、この姿を見たらどれほど喜んでくれただろうか。


 私と母の間に言葉が交わされることはもうないけれど、その存在が私を温かく包み込み、そして時折、その喪失感が胸の奥を締め付ける。それでも、今日ばかりは、母もきっと、この晴れの日を空から祝福してくれているに違いない、そう信じた。



「完璧でございます、マリー様。王太子殿下も、きっと目を奪われますでしょう」


 侍女の言葉に、私の頬は自然と上気する。アルバート様は、私より二つ年上で、とても穏やかで優しい方だった。政治の難しい話にも耳を傾けてくださり、私が異国の文化や書物を好むことも理解してくださった。

 特に、王宮の書庫で読みふけった異国の歴史書に記された、民衆蜂起や革命といった力強い変革の物語は、いつも私の心を捉えて離さなかった。それが、この国の未来をより良くしたいという、私の隠れた情熱へと繋がっていた。


 父が常に語っていた「開明」の道を、私と共に歩もうとしてくださる方。国王陛下もアルバート様も、そして我が家も、新しい時代を築こうとする「開明派」の旗頭だった。


 私の曾祖母は四代前の国王陛下の妹にあたる。

 王家の血筋を引く私は、公爵の娘であると同時に、次期王妃としてその血統の正統性を確固たるものにすると、父と懇意にしている貴族の皆様から言われていた。しかし、私自身はあまり実感を抱かなかった。


 国王や父を中心とした「開明派」と古き伝統に固執し、変化を嫌う勢力、とりわけトビ・デグベル大公を筆頭とする「保守派」との軋轢は、日増しに強まっていた。だけど、今日のこの日ばかりは、誰もがその対立を忘れ、祝福の笑顔を見せていた。きっと、彼と私なら、この国をより良い方向に導けるはずだ。


◇◇◇◇


 王宮の回廊を進む足取りは、軽やかだった。大理石の床にドレスの裾が擦れる音だけが響く。

 聖堂の扉が重々しく開かれ、その先に、多くの貴族や聖職者、そして国王陛下や父、更に高位の貴族が並ぶ中、白いタキシードに身を包んだアルバート様が、私に微笑みかけているのが見えた。


 彼の笑顔は、いつも私を安心させてくれた。


 厳かな誓いの言葉を交わし、指輪が私たちの指に嵌められる。交わされたキスは、私の心を温かい光で満たした。私たちは晴れて夫婦となった。


◇◇◇◇


 その後の祝宴は、王宮の大広間で盛大に執り行われた。豪華絢爛な装飾、テーブルに並べられた見たこともないほど美しい料理、そして、国王陛下や父、開明派の要人たちが、私たち夫婦の未来を祝して次々と乾杯の声を上げる。

 賑やかな祝宴の雰囲気の中で、私はふと、結婚式に参列している保守派の要人があまりいないことに気づいた。しかし、その懸念を打ち消すかのように、楽団の奏でる祝祭の音楽が、広間いっぱいに響き渡り、人々の笑い声がその小さな不安をかき消す。


「マリー、本当に美しい。まるで夢のようだ」


 アルバート様が私の手を握り、幸せそうに囁いた。彼の瞳には、私と同じ未来への希望が宿る。


「私も、そう思います、アルバート様」


 私は微笑み返した。



 この瞬間が、永遠に続けばいいのに。



 そう思った瞬間だった......。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

 今後の励みになりますので、ブックマークしていただけると幸いです。


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