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私、今日から地下牢で寝泊まりします

「どういうつもりだ」


「仲直りをするつもりです」


「何を企んでいる」


「何も企んでません」


 鉄格子を挟んで向かい合ったディアナとヨアキムの間には、火花が散っていた。


 とりあえず対話よ、対話。これまでディアナがどんな仕打ちをしていたのか、詳しく知っているわけではないし。


 夢で見ていたのは、走馬灯のような断片的な記憶。ディアナの人生の要所要所を見せられていた感じだった。だからざっくりと彼女の一生を把握していても、細かな部分まで把握しているわけではない。


 関係回復のヒントとなる出来事を見逃している可能性もある。


 ヨアキムのいる牢に向かい合わせるように、ディアナの前には大理石のテーブルが用意されている。その上には葡萄酒とパンの盛り合わせ、サラダに厚切りのハム、野菜のたっぷり入ったスープが湯気を立てていた。


「ねえ、ヨアキムの方にもテーブルをおける? あの粗末な小さいやつじゃなくて。もうちょっとちゃんとしたテーブルを」


 牢の中に置かれたフルぼけたちゃぶ台のようなテーブルを指差し、ディアナは執事に指示を出す。

 まずは同じ釜の飯を食い、腹を割って話すところから。社会人の飲みニケーションスキルが、奴隷との主従関係に果たして良い効果をもたらすのかどうかはわからないけども。美味しいご飯によって、彼の心も多少は緩むだろう。


 だが配膳を担当する執事は、困惑の表情で口篭っている。怒らないから言いなさい、と散々言い聞かせれば、彼はおずおずと口を開いた。


「お嬢様。この奴隷は力も強く、反抗的です。こいつの側にテーブルを運び入れるのは危険が伴います」


 ディアナはヨアキムの方を見やる。確かに今の彼は、手負の獣のようなもの。下手に近づきすぎて使用人に怪我をされるのは避けたい。


「じゃあヨアキムには、鉄格子の配膳口から一つ一つお皿で渡すことにしましょ」


「承知しました。それであれば可能かと思います」


「あ、ごめん、あなたお名前は?」


 若い執事は驚きに目を丸くし、ディアナの顔を凝視する。


「ロイ、と申します」


「そう、ロイ、ありがとうね。私しばらくここに寝泊まりするつもりだから、私の荷物を運んでもらったりするのに、あなたにも地下牢にたびたびきてもらうことになると思うの。苦労をかけるけどよろしくね」


 にっこりと笑いかければ、彼は惚けたような顔をした。ディアナは顔がいい。性格は悪くとも、猫のような青い瞳は可愛らしいし、波打つ赤毛も魅力的だ。優しく微笑めば、それなりに好印象を持たれるはずの顔立ちである。これをうまく使えば、少なくとも男の味方は多く手に入れられるはず。


「寝、寝泊まりでございますか!?」


 ロイは、時間差で驚いた。ディアナの笑顔に見惚れて、話の内容の破天荒さに遅れて気づいたらしい。


「それはさすがにいかがなものでしょう……」


 そこまで言ってロイは青くなる。ディアナは使用人から意見されることを非常に嫌う。今のは間違いなく雷が落ちる発言だったのだろう。


「心配してくれてありがとう。でもそうしたいのよ。私はこの人との関わり方を間違ってしまったと思うの。だからやり直したいのよ」


 まるでこれまでとは別人のようなディアナの返しに、ロイは青い目を白黒させる。天変地異の前触れとでも思っているのかもしれない。


「散々いたぶっておいて、関わり方を間違えましただと? ふざけるのもいい加減にしろ」


 唸るような声で、そう牢の中から言われたのも束の間。

 ヨアキムが皿を持って振りかぶる。すかさずディアナに覆い被さったロイは、頭から熱いスープをかぶった。


「くっ……」


「ちょっとロイ、大丈夫!?」


 スカートの上に置いていたナプキンで、ディアナはあわててロイの頭を拭う。しばらく食事を与えてないようだったので、大人しく食べると思っていたのだが、甘かったようだ。


「今度はそいつを愛玩奴隷にするつもりか? くだらねぇ」


「ちょっとヨアキム、そんな言い草ないでしょう、私はあなたとわかりあおうと……」


「反吐が出る!」


 ヨアキムが思い切り鉄格子を蹴り飛ばせば、凄まじい音がする。ディアナは息を呑んだ。鉄格子が歪んでいる。


「あんたは言ったな、俺を買った時に、『私を愛しなさい』と。その代わり、その恵まれた美しさで、財力で、俺の欲しいものをなんでも与えてくださると」


 ヨアキムの表情は心底ディアナを軽蔑するもの。自分ではない他人が抱かせたものだとしても、その視線はあまりに冷たく、痛かった。


「驕り高ぶるのもいい加減にしろ! 公爵令嬢という地位と名誉を振りかざし、領民の血税を湯水のように使い飾り立てたわがままな悪女など。どんなに金をちらつかせようとも、誰が心から愛するものか」

 

 ぶわり、と背中に冷たいに汗が浮かんだ。

 ああ、あの赫い目。ディアナを殺した時と同じ目だわ。


「その辺の家畜と盛った方が、まだ清潔というものだ。予言してやる、お前は裏切られ、なぶられて死ぬ。お前を愛するものなど、この世に現れない」


 トロリーの上にヨアキムの分として用意されていた食事が、牢に向かってぶちまけられる。ロイが仕返しとばかりに投げつけたのだ。ヨアキムは葡萄酒とスープを浴びてまだらに濡れたまま、なおもまっすぐにディアナを睨みつけていた。


「下賤の者め! お嬢様、こんなやつにかまってはいけません」


「こいつだって、すぐに嫌になるさ。何度かヤレば、すぐに飽きる」


 ヨアキムに顎で指され、嘲笑われたロイは、額に青筋を立てながらも怒りを飲み込んだ。


「……私が上階までお連れします」


 ロイに背中を押され、ディアナは言われるがままに地下牢の出口へと連れられていく。


 全身の血液が凍ったように感じられる。自分が安易で愚かな策に気がつき、唇が小刻みに震えていた。

 こんなに恨まれるようなことを、すでに彼女はして来たっていうの。

 ここまで嫌われて、挽回なんでできるの……?


 ディアナはあまりの拒絶と憎悪に、この先の未来を思って、頭を抱えた。

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