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奴隷に惨殺される予定の悪役令嬢に転生したようです

「よくも俺にこんな仕打ちをしてくれたな、この悪女め」


 男の赫い瞳が憎悪に歪む。彼が右手に握る短剣は、目の前の女の喉元に突きつけられていた。


 それに対し女は、憤っていた。なぜ自分がこんなことをされなければならないのか。奴隷の男ごときに、鎖で後ろ手に縛り付けられ、跪かされなければならないのかと。


 怒りにまかせて彼女は吠える。


「卑しいあなたが、イレクシオ家の令嬢にこんなことをしていいと思っているの!? すぐに騎士が助けに来るわ。そうすればあなたはその場で殺される」


 自分がこんなことをされる謂れはない。身分の高いものの当然の権利として、自分の持ち物を「可愛がって」いただけ。


 すると男は堪えられないと言った風に笑い出す。口元からは八重歯がのぞいていた。


「何がおかしいのよ!」


「来るわけないだろ」


「なんですって?」


「お前のわがままに誰もがうんざりしている。皆お前の死を望んでいるとよ。この部屋の周囲には今誰もいない。ディアナ・イレクシア。お前が死んだ方が、この屋敷の中は平和になるようだ」


 ディアナの顔が絶望に変わる。私は殺される。自分が家畜のように扱ってきた男によって。その現実をようやく飲み込めたところで、涙がどっと溢れてきた。


「この人でなし!」


 そう叫んだ瞬間、長い赤茶の髪を乱暴に掴まれ、鋭い刃が顔の横を掠める。引っ張られるような痛みの後に、床に髪の束が落ちるのが見えた。


「あああああ! やめて、私の美しい髪が!」


「次は左耳だ」


「嘘でしょ! 許して、お願い、なんでもするから!!」


「そうやって俺が懇願して、お前が一度でも俺を苦痛から解放したことがあったか? この傷だらけの体も、潰れた右目も。全てはお前が指示して騎士にやらせたことだろう」


 目の前に立ちはだかる男の服は薄汚れていた。腕には無数の鞭の傷跡があり、もう光を移すことのできない右目は、黒い眼帯で隠されている。


「それは……」


「観念しろ。一度では殺さない。なぶってなぶって、お前が最高に苦しんで心から許しをこうた瞬間、その細い首を落としてやる」


「いや、お願い、やめてえええ!」



   ◇◇◇


「いやああああああああ!!」


 ベッドから飛び起きたマミは、全身にびっしょりと汗をかいていた。


「はあ、はあ、またあの夢? ほんともう、勘弁してよ」


 ぐったりと項垂れ、顔を両手で押さえる。いつもはただ映像を見ているだけなのに、今日はずいぶんと現実味があった。慌てて髪を確認する。大丈夫、短くなっていない。そこにあるのは赤茶色の絹のような髪だ。


「……んん? 赤茶色のロングヘアー??」


 私の髪は黒髪のはず。そして長さも肩までだった。寝る前にウィッグを被った記憶はないし、ウィッグなんてそもそも持ってない。

 慌ててベッドからおり、鏡を探して覗き込んで——思わず息を呑んだ。


「嘘でしょ。私、ディアナになってる……!」


 ディアナ・イレクシオ。カリスティア帝国の公爵令嬢である。ここ最近、ずっと彼女のことを夢で見ていた。ざっくりと彼女のことを説明するならば、乙女ゲーム世界でいう悪役令嬢だ。


 ただ、なんのゲームだったか記憶にないし、そもそも実在するゲームのキャラであるのかもわからない。ただ、ここのところずっとマミの夢の中で彼女の一生がリピート再生されていた。


「そうだ、私会社帰りにトラックに撥ねられて……それで」


 もしやこれは、いわゆる異世界転生というやつでは。ということはあの夢は、自分の来世を先取りして見ていたということなのだろうか。


「お嬢様! どうかされましたか?」


「マリアン」


 部屋に飛び込んできたのは、ディアナ付きのメイド、マリアンだ。中年のベテランメイドで、ディアナのことを幼少の頃から知っている。


「ねえ、私って今何歳?」


「十九歳でございますよ。どうされたのですか、急に」


「十九歳!!」


 凄まじい叫び声に、マリアンは動揺して後ずさった。


「マリアン、あの……ヨアキムって、この家に……もういる?」


「お嬢様、寝ぼけていらっしゃるのですか……」


 困った顔をしたマリアンを不安な面持ちで見つめながら、マミ、ことディアナは祈った。

 お願い、いないと言って。


「地下牢におりますよ。言うことを聞かないからと言って、昨夜散々鞭で打たれたではありませんか」


「マジかあああああ!」


「今日のお嬢様は少々個性的でございますね……」


 ヨアキム。それは十九歳のとき、ディアナが買った奴隷の名前だ。危ない遊びに興味津々だったディアナは、闘技場に行き、奴隷が猛獣と戦う様を嬉々として観戦していた。そこで見つけたヨアキムという美しい奴隷に一目惚れした彼女は、その場で彼を購入したのだ。


 だが彼女に見向きもせず、唾を吐いたヨアキムに激昂したディアナは、彼に首輪をはめ、地下牢に繋いだのだ。それからは難癖をつけてはいたぶるという悪行を繰り返していた。


 せめて購入する前ならば、闘技場行きを回避し、普通の令嬢生活を謳歌できたというのに。

 ああ神様。どうして生まれるところからやりなおさせてくださらなかったのですか。


「とにかくヨアキムに会わないと。マリアン、支度を」


「お食事はよろしいのですか? そんなに急がなくても奴隷は逃げません。珍しいですね、いつもはあの男としか呼ばないのに、名前で呼ばれるなんて」


「食事はヨアキムと食べるわ」


 真っ青になったマリアンは、その場で硬直した。


 今が時系列でいういつなのかわからないが。すでに暴力を振るった後なのであれば、とにかくヨアキムとの関係を修復せねば。


 二十歳になってすぐ、ディアナはヨアキムに惨殺される予定なのだから。


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