・解浄者(オーバーホーラー) 後編
・解浄者 後編
※このお話は三人称視点でお送りします。
時は滝夜叉たちがハシタメを奪う一月前。
クランドール家の各所から火の手が上がり、乾いた銃声と光線の電子音が鳴り続けていた。
「殺せ! 一人も生かして返すな!」
全身を甲冑に包んだドリスが、侵入者の一人を投石によって撲殺した。
彼女は庭先に出て矢面に立つと、集中する火線を物ともせず反撃する。
「メイド長! 邸内の味方と連絡取れません! 通信系統が全て途絶しています!」
物陰に隠れて援護する他のメイドの一人が状況を伝える。
クランドール家のメイドたちは、皆鍛え抜かれ強化されたサイボーグ部隊であったが、それでもこの襲撃には、苦戦を強いられていた。
「インプラントでペア組んでる連中は。相方の生死くらい分かるだろ」
「それが……」
「糞がっ!」
事の発端は大統領家からの来客だった。使用人や警備ばかりで、当のVIPは一人もいない。
そんな奇妙なことが、この日の昼にあった。
遅れて来るという報告を誰も疑わなかった。この星のもう一組の支配者が、よもや自分たちと敵対するとは思わなかったのだ。
「敵を掃討しながらご当主たちと合流するぞ。殺すことだけ考えろ!」
『了解!』
爆薬を満載したクローンとドローンの特攻を、物理的な構造なら貫徹するような狙撃を、神経を即座に壊死させるような毒物を浴びても、ドリスは怯まなかった。
クランドール家は福祉の大家である。そして究極の災害である人災から身を守るために、既存の武器に対する防御力を徹底的に上げた研究がなされていた。
その成果たる装備こそが、ドリスの身に着けた甲冑『鉄の城』である。
「この俺を相手にぃ、キルレシオが成立するとぉ、思ってんのか雑兵共ォォォォッ!!」
奪った突撃銃二丁を乱射し、胸の放熱板から超高熱を、側頭部の角からは電撃を放ち、両肩の大砲が火を噴き、米噛みと首周りの機銃が唸り、両腰と側脚部から擲弾と誘導ミサイルが発射される。
ドリスが右から左へ向くだけで、存在していた敵兵が薙ぎ払われて行く。
「メイド長、前!」
「おう!」
投げ込まれた手榴弾を光線砲となった眼光で迎撃し、強烈な溶解液を混ぜ込んだ突風で、遮蔽物となった車両を隠れていた者ごと葬り去る。
「お前らは後ろからの新手を警戒しろ。俺に続け!」
「はい!」
接近して来た敵兵に、鋭利な棘と刃が生えた蹴りを放って胴体を爆散させる。
膝裏の三脚に似た支えが一瞬でスライドし、圧縮した空気を相手に叩き込んだのだ。
「近付けば何とかなると思ってんなら来いやあ……」
腰の草摺りの後ろからロボットアームが伸びて、作業用工具である光子刀が二刀流で振るわれ、額の角が赤熱すると、ビームを帯びて大太刀のように逞しく屹立する。
「来いっつってんだろオラアッ!」
怒号と共に甲冑の腹部が開き、ぶっといミサイルが次々と撃たれ敷地内を更地に変える。
「メイド長、アレ!」
メイドの一人が示す方向から、複数の人型兵器『ベリアル』が向かってくるのが見えた。それも一般的な警備用の安物ではない、軍の正規品である。
「初めからそれでうちらを消滅させときゃ良かったのによ。殺す以外の目的もありますって、言ってるようなもんだぜ、欲張りめ」
大きさにして正に家と人ほどの差があったが、ドリスたちは怯まなかった。
「どうします、今の私たちでは流石に」
「押し通るぞ」
「は?」
ドリスはこの場の戦力差を即座に弾き出し、結論を導き出した。
「お嬢やご当主が危ねえ。俺たちが束になれば刺し違えて誰か一人くらいは残る。そいつがお二人に元に急ぐ。いいな」
「……了解、しました」
「お互い死んだらまた会おう」
クランドール家メイド隊は突撃を開始した。
敵襲の故も訳も知らなかったが、この家に仕えた日から、誰もが自らの命を滝夜叉たちに捧げていた。
「俺は有言実行なんだ。殺してやるぞ、糞共……」
この日彼女たちは壊滅したが、屋敷を襲った者たちは誰一人として帰らなかった。
しかしその一方で滝夜叉たちは。
「滝夜叉、しっかりしなさい。もう少しで研究室だよ」
「ええ、そうしたらお爺様を治せますわね……」
滝夜叉と義持は、互いの体を支え合いながら、地下研究室へ向かっていた。そこはクランドール家の、全てが隠された心臓部であり、医療機器を含めた様々な機材と薬品が揃っていた。
「何を馬鹿な。私のことよりもお前だ。お前のほうが深手を負っている。直ぐにも処置が必要なんだ」
この襲撃の際して、大統領家の第一波が邸内で自爆して、義持は全身を強打。
だが彼を庇った滝夜叉は、それ以上の被害を全身に負っていた。出血と骨折、体表と臓器の消失、重度の火傷。
脊髄にも傷が入ったのか、脳が肉体の損傷を把握できないのか、一歩一歩死の淵に迫ることと引き換えに、彼女は歩き続けた。
「お前の誕生日プレゼントにベリアルだって用意したんだ。前から欲しがってただろう。お前のために、この星で最強の機体にしたんだ」
「まあ素敵、覚えておいてくださったのね……」
祖父は孫娘の血に塗れ、段々と自分の足では歩けなくなっていたが、弱音よりも励ましの言葉を優先した。
「ああ、当然だとも。それによく似合う戦艦だって建造させたんだ。もうじき出来る。それに乗って家族旅行もしよう」
崩落した地下、瓦礫の坂を下り、二人は分厚い鉄扉の前に辿り着く。義持が手を触れると、扉は一人でに開いた。
広大だが生命の気配の無い、巨大な研究施設が姿を現し、滝夜叉と義持は医療用ポッドの前まで進んだ。
「お爺様、着きましたわよ。さあ、どうぞお入りになって。不甲斐ないですけど、私、もう駄目みたいでして」
滝夜叉は最後の力を振り絞って、ポッドの操作をすると、その場にずるずると座り込んだ。
呼吸は既に止まりかけていた。
「ドリスたちは、どうなったかしら……。どうしてこうなったのか、分からないけれど……でも私、この家や皆が嫌だったことなんて、なくって……」
そこで滝夜叉の言葉は潰えた。目だけが「あれ?」というような明滅を数度繰り返し、それもやがて止まった。
「お前は、本当に優しい子だった。待ってなさい。直ぐに助けてやるから……」
義持は孫娘を医療用ポッドに入れて、蘇生と修復を開始すると、更に操作パネルを弄り、もう一つのプログラムを作動させる。
彼の命の灯も、消えようとしている。
しかし愛や怒りの感情が、この老人を衝き動かしていた。
「何故奴らがこんな真似をしたのかは分からん。だが、お前がこんな目に遭うことは無い。滝夜叉や、お前には私たちのありったけを与えてやろう」
ポッド表面にホログラム画面が表示され『人格移行中』の文字が浮かび上がる。
「神になりなさい。悪魔にもなりなさい。この星はお前の物だし、望むなら宇宙だって手に入れなさい」
孫を思う祖父の純粋な愛情と、星の支配者の遺産が。
「そして願わくばどうか、私たちの無念を晴らしておくれ。私たちの幸せを奪った奴らに、怨みを晴らしておくれ……。私の可愛い、滝夜叉……」
そして使命となる怨念が、一人の少女に託された。
「お前は今から、自由の支配者、解浄者となるのだ……!」
義持は最後の言葉を言い放ち、地に付した。
医療用ポッド上の画面には『完了』の文字。
「お嬢! ご当主!」
叫びながらドリスが駆け付けた。片腕は爆損し、敵兵の死体を杖代わりに括り付け、軋んだ全身からは火花が上がっている。
「お嬢、あっ……!」
ドリスは室内の光景を見て、全てを理解した。
自分たちが遅かったのだということも。
――そして。
室内にあった『棺桶のようなケース』から、冷気と蒸気が噴き出すと、重苦しい音と主に蓋が開いた。
「……お爺様……」
呟く声と共に、銀色の少女が目を覚ました。
自分の自身の眠りと、引き換えにして。
硬質な踵が地面を踏むと乾いた音がする。彼女は目の前に跪くメイドを認めると、静かに目を細めた。
「ドリス」
「はっ」
「今からは、私が滝夜叉・クランドールとなります。以後よしなに」
「畏まりました。お嬢」
滝夜叉・クランドールとドリス・マッカンダル。
両名はこの後に屋敷を脱出後潜伏。
宇宙戦艦ハシタメ強奪後、ジャメリカ星を脱出することになる。
恨みと憎しみ背負い、自らが支配した星を滅ぼすために。