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旅囚戦艦ハシタメ  作者: 泉とも
落ち延びた先の流刑星を滅ぼした後とりあえず傭兵として暮らしていくことにしましたわ
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・拾い物

・拾い物


 ※このお話は三人称視点でお送りします。


 一通り星を焼き張った滝夜叉とドリスは、ウバステの大地へとハシタメを着陸させた。


 どこまで歩いても炭の臭いが消えない、不毛の大地へと二人は降り立つ。


「誰も生きてねえのが一番安心だな」

「ええ。全員抹殺するのが一番安心ですわ」


 白み掛かった金髪をした銀色の少女と、大柄な色の黒いメイドが物騒なことを言う。


 かつて流刑星として選ばれ、囚人たちの努力の末に緑に包まれたこの地は、今では見るも無残な、黒と灰色に染まっていた。


「それにしても良かったんですかね。施設を全部壊しちまって」


「使い回した挙句に、隠された停止権限を起動されてシステムダウンなんて笑えませんもの。一から作る以外に手はありませんのよドリス」


「それもそうか。あーあ」


 ウバステはジャメリカ星警察と、軍の双方が監修して用意した監獄であり、僻地にしては過剰な程の戦力と技術を有していた。


「それで、今後のご予定は」


「現状を再確認すると、(わたくし)たちの保有している戦力は戦艦一隻とベリアル一機」


「いや俺の機体もあるけど」

「ですので」


 滝夜叉はドリスの言葉を遮って先を続けた。


 黒いメイドが如何にも不服そうにしていたが、主人たる銀色の少女は意にも介さない。


「戦力を整えますわ。本星を出たのも頓死を避けるためですもの」


「ハシタメが負けますかね」


「同型艦が有れば相打ちになりますし、私たちが逃げたことでそれが作られる猶予も、与えてしまいましたから」


「そりゃまあそうか」


 例え予算的に同じ物を用意出来ずとも、試作艦や使用している武装を持ち出すことは十分可能である。そうなれば手傷を負いかねない。


 滝夜叉はそれを警戒した。


「当面はこの星を改造しつつ、戦力を増強する必要がありますわ」


「作業用の機械はありますが、効率には限度がありますよ。リサイクルは可能ですがね」


 宇宙時代のジャメリカでは、完全な廃墟であろうとそれを原料にして、ものの数日で軍事基地を建設する程度のことは可能である。


「人手が足りませんぜ。住民も粗方死んだし」


「安心しなさい。こんなこともあろうかと、ドック車両にはクローン生産用の器材を積んでおきましたわ」


 この宇宙時代において最も安価な物は人命である。


「じゃあ生焼けの死骸でも探しますか」

「それと生き残りも」


 ドリスは暗に自分のクローンを拒否し、滝夜叉もそれを咎めなかった。彼女も自分の似姿を用意させようとは言い出さない。


「いますかね」


「うっかり絶滅させることはあっても、それ以外では中々死に絶えないのが人間ですわ」


「ハエやゴキブリと並んでしぶとい生物ビッグスリーですからね」


 などと言いながら彼女たちは青空の下、廃星の上を探索し始める。


 ――数時間後。


「お嬢、またありました」

「まるで宝探しですわね」


 ドリスが廃墟の一画から、地面に設けられた鉄の扉を見つけた。


 地下シェルターである。


「俺はアリの巣を潰してるような感じですよ」


 二人はあちこちに点在する避難所を探し当てては、中身を取り出して行った。


 避難が間にあった者は稀で、それも大半が中高年であり、若者はいなかった。


 複製するにしても、遺伝子からして粗悪な個体が出来上がったため、使用が躊躇われた。


「地表を焼き払ったのは早計でしたわね」


 他の人間の所在や役務をドリスが尋ねた際、シェルターにいたウバステの獄吏は『畜舎』という単語を口走り、慌てて口を噤んだ。


 滝夜叉は掘り下げずに終了命令をメイドに下した。


「せめて一人くらい使えそうなのが欲しいけど、おや」

「どうかしましたドリス」


「中からすげえ血の臭いがする。外には一滴も付いてない」


「殺し合いでも始めたのかしら」

「活きが良さそうだ。急いで回収しましょ」


 重機を用いなければ開けられそうにない扉に、彼女たちは仲良く手を添えると、声を揃えて同時に力を込めた。


『せーっの!』


 悲鳴のような金属音と共に、強引にシェルターの扉が抉じ開けられていく。


 同時に噎せ返るような、生臭い熱気が内側から吐き出された。


 中には少し前まで生きていたであろう数人の人間がいた。入り口から奥へと、死体がパンクズのように落ちている。


 扉を掻き毟り、外に出ようとした者たちを起点に、血の絨毯は先へと続いていた。


「うへえ、モンスターパニックものの映画かよ」

「なら怪物がいるはずですわ」


 機械化された二人の視界は、明かりを必要とせず暗がりの中を見ることが出来た。


「違法な研究の産物か、はたまた宇宙珍獣か」

「狂人の可能性もありますわ」


 シェルターの奥へ進みながら、二人は軽口を叩く。少なくとも他人を殺傷できる、何者かがいることは確実だった。


「罠も無し、狙撃一つ無い。こりゃいったい」

「ドリス」

「何ですお嬢」


 足を止めた滝夜叉へと振り返り、彼女の視線の先を追って、ドリスは前へ向き直る。


 血の轍が影のように伸び、始まりへと続いている。

 一人の少年がいた。


「生命反応有り」

「あの子ですわね」


 二人の目の前には、壁にもたれ掛かって座る少年がいた。頭部と腹部から出血していたが、それより目を引いたのは、その姿だった。


 左右でちぐはぐな長さの手足。

 くすんだ金髪に美しい青い目。

 しかしそれは片方しか残されていなかった。


「あ……」


 少年の残された目に、銀色の光が差し込んだ。


「おい、俺たちが分かるか」


 先に近づいたドリスが問いかけるも、彼は滝夜叉に向けて声を発した。病院着のような衣服は、襤褸切れ同然だった。


「救世主さま……」

「あん?」


「私のことですか。あなた」

「赤い光が空に広がって……この星を焼き払った……」


 彼の足元には銃が転がっていた。


 恐らく入り口の死骸を作ったであろうソレは、長射程高威力で、本人でないと使用できない代物である。


 だからだろうか。

 誰かの手首がセットになっていた。


「俺のことは無視かよ」

「ここに逃れた者たちは、全てボクがやりました」


 口元を真っ赤に染めて、今にも死にそうな顔色だったが、少年の表情は安らかだった。


「皆を殺してくれてありがとうございます。この星を本当の地獄に変えてくれて、ありがとうございます。ボクを救ってくれて、ありがとうございます」


 吐血を堪え淀みなく、怨念を昇華した感謝を捧げる異形の子供。その瞳には昏い澱みと、深い信仰の光があった。


「ドリス。回収を。医療ポッドに」

「えー、間に合うかなこいつ」


 滝夜叉とドリスは少年を連れハシタメに引き返し、ドック車両内の一室へ急いだ。


 再生医療用のポッドは、縦に大型の円筒形の容器が付属しており、その中へ患者を安置するようになっている。


「もう虫の息だけど、まだ死んでねえからたぶん蘇生すんだろ」


 容器の中に回復に必要な細胞と、栄養素が含まれた再生用水が満たされ、少年の体が少しだけ浮く。


「一応記憶の解析もしておきましょう」

「お嬢、悪趣味っすよ」


「記憶野の破損状況の確認ですわ」

「あーやりたくねえなー」


 滝夜叉が操作用パネルを弄ると、少年の再生状況が%で手元のモニターに表示され、上部に備え付けられたディスプレイに、映像が映し出される。


「立体映像じゃないんすね」

「破損したらこっちのが安いし直すのも楽ですから」

「ついでに距離も空けられますし」


 筒内の機器により解析された少年の記憶は、陰惨と言う他無かった。


 他の星から連れ出された囚人たち、その複製、或いはその両方の中に混ぜ込まれ、本物であることを奪われた者たちへ、暴力と凌辱の数々が振るわれた。


「そういや畜舎とか抜かしてましたね」


 何時から始まっているかも分からない思い出は、血と死に彩られていた。


 同じ顔をした無機質なクローンが、苦しめる側と虐げられる側に分かれている。


 醜悪なごっこ遊び。

 遺伝子を組み替えるお人形遊び。


 予め用意され、脳に入力されていた知識が、悲痛に色彩を添える。


 遠く本星から離れたこのウバステでは、幼稚な狂気が横行していた。


「生まれつきの手足、ではありませんわよね。あれはやっぱり」


 画面の中では当たり前のように暴力を振るわれて、折れた手足が手当もされず、傷に雑菌が入ったのか化膿し、壊死し始めていた。


 それを誰かが面白がって連れ出し、医療用ポッドを想定しない、違法な使い方をした。


 歪なバランスになった体を一頻り笑うと、人間たちは彼を先ほどのシェルターに捨てに来た。


 ――神様、ボクに救世主様をください。


 少年の呪詛に、世界が赤く染まった。


「で、ここに駆け込んだ連中が、揉めてた拍子に銃を奪って、こうなったと」


 殺傷力を持った光と実弾が飛び交う、このアリの巣の中、彼は自分一人になるまで引鉄を引き続けた。


「お嬢。これからどうすんです」


「本星が私たちを放っておかないなら、戦力を整えつつ、様子見にちょっかいをかけて来るはずですわ。こちらも準備をしないと」


「そうじゃなくて……!」


 ドリスは僅かに苛立ちを表に出すと、自分の主人を見た。


「決めさせますわ、本人に。そしてもし、あの子が望むのであれば」


 銀色の機械少女が、目上の従者を見る。その目は翠玉のようであった。


「取り上げてあげますわ。あの子の何もかも。お前の人生のように」


 そして彼女は、静かに目を閉じた。

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